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七話 「 選ばれし少女 」

 天月天たちが地中からの復帰を試みていた頃。 

 地上では戦闘が再開されていた。


 色取り取りの、しかし心奪われるような美しさなど微塵もない破裂、爆発、発火が、気炎を吐く能力者の暴力によって巻き起こされ、周囲一帯を無残さすら酷い戦場へと変える。


 能力者に年齢、国籍、性の別など構わない。

 うさぎのぬいぐるみを抱いている方が似合う女の子であっても、縁側で緑茶を啜っている方が似合う老人であっても、殴り、蹴りつけ、踏み潰す。自身に備わる能力で。元は人間であった『土を食む者(エレシュキガル)』を、今も見た目は人間の女を、排除する。殺害する。殺しつくす。


 そして。

 戦闘が再開されているという事は、無貌の存在が出した問題にも答えが出たという事を意味していた。

 つまりは。


〝死ね〟。


 だって、そうだ。

 無貌の存在は『赤錆(ラスト)』の力でこの世界を沈めると言ったんだ。

 階段型ピラミッドの一段一段に配置された『土を食む者』は、天辺に居る『赤錆』を守る様に戦闘を続け、戦闘の余波や大規模な能力に『赤錆』が巻き込まれそうになると、身を挺してまで庇っているじゃあないか。

 

 これでどうして〝殺さない〟という判断が正しいと言える!


 それに、『赤錆』さえいなければ『赤錆』の力を利用されて世界が終わることだけは避けられるんだ。

 だったら、ピラミッドの天辺から救い出すより、『土を食む者』と一緒に殺してしまったほうが間違いはないだろう!?


 ――と。


 状況を見て、戦闘中の敵の動きを知って、『AA』能力者の全てはそう結論付けた。

 であれば、『土を食む者』と『AA(アーツ)』能力者の戦闘は激化の一途を辿る。


「ほらぁっ! みんな潰れちゃえよぉぉォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 叫びと共に十歳ほどの少年の周りに浮かぶ数十のクッションが鋼鉄へと変化し、

「時間がねぇンダ! 退きやがれっ!」

 特攻服を着た女の持つチェーンが何本も集まって大蛇のように動きまわり、

「あたくしからは逃げられませんよ! ぶらああああああああああああああああ!」

 体がぼろぼろと崩れそれぞれが三十センチほどのカマキリの様な物体になる中年男性は、次々と『土を食む者』に襲い掛かっていく。


 元素系スキルは言わずもがな。『燃焼』や『凍結』という現象が。『土塊から鋼鉄を生み出す』という変化変貌が。人間一人の肉体ないし使う道具や文言から出現し、世界を極端な派手さで彩っていく。

 特には。

 頭から足まで緑色の品で染めている非常識な男――『鹿角の男(ケルヌンノス)』の能力が、世の理を乱暴に引き裂いている。


「さあ、もっと暴れるんだ。『植殖童子(しょくしょくどうじ)』は〝成長〟の子よ!」


 真夜中の東京都新宿区に、全長十メートルに届く金色の幼児が、大木の様な若葉を片手に、危なげな足取りで暴れていた。


「ばあうううううううううううううううううううううううううううううううぅ!」


 振り回される若葉は『土を食む者』を数十メートル吹き飛ばし、おもむろに振り下ろされる足は徒に掘り起こされた様に荒れる大地を踏み固めていく。


 そんなあまりに大きな幼児をタクトを振るような気軽さで操る『鹿角の男』は、夜でも外さない緑色のサングラスの奥から階段状のピラミッドを、そしてその天辺の石造りの椅子に縛られる『赤錆』を見上げる。


 何かを知る一人としての言葉を、ぽつりと。

 静かに吐き出す。


「あるいはその予言めいた約束の刻限は三年前ではなく、三年後の今月上旬というのはひっそりと囁かれてはいたが、まさかまさか、それが本当だったなんて。しかも彼女の能力の危うさに気付くとは……いやはや、さすがは天地開闢の神代(じんだい)に両極端の約束事を(わか)った存在だ。あんなの、相手に出来るはずがない」


 ならばどうするという言葉にもう答えを出している『鹿角の男』は、今朝まで同じミッションをこなしていた相手に、巨大すぎる幼児(凶器)を進撃させる。


「正直な話、これが正しい答えなのかは自信なんてない。正答への道筋を置いたと言われたって、それを真面目に受け取ることも、かと言って初めから受け取らないことも出来ないのが人間なんだ。ならこんなもの、ルーレットでルージュかノワールかを選んでいるのと変わりなんてない。今までの一般常識を持ち出して神と対抗しようって方が間違っているのかもしれないけれど、それでも僕たち人間は神に対抗できない程度の常識でもって数千年間の繁栄を維持してきたんだ。ならぼく達は、ぼく達の常識のなかで『赤錆』を殺すことに全力を尽くすさっ!」


 ただ、申し訳ない気持ちがゼロという事では無い。

 ピラミッドの天辺に居る『赤錆』は同じ『AA』能力を持った仲間で、『土を食む者』の様に人間をやめた存在ではないのだ。生まれてすぐに国に引き取られて同じ空間で生活するのに情がわかないなんて事あるだろうか。今この戦場に『贈盗の杖』は見えないが、もし自分たちが『赤錆』を殺したと知ればさらに一人の少女を傷つける事にもなる。


 ――ただ、それでも。

 人類の選択として、生き残る為に、巨大な暴力を止める事は出来ない。


「ぼくたちは生きていく為の、種の存続の為の言い訳として〝必要悪〟を容認できる生き物でもある! 『赤錆』! 君が初めて『土を食む者』を撃ち殺したあの時の震えを、ぼくはこの眼で見ているんだ! だからもうあんな震えを感じる必要が無いように、今から君を殺しにいく! 殺しに行ってあげるからね!」


 欺瞞に満ちた言葉を『鹿角の男』は吐きながら笑う。

 にこにこと笑顔を顔面に張り付けたまま、殺人の予告を救いだとかたり、あまりに巨大な金色の幼児を暴れさせていく。


 色取り取りの爆炎が新宿の夜空を煌めかせ、『土を食む者』と一緒に咆哮する『AA』能力者たちは、互いに肉体の各所を切り落とされ、引き千切られ、吹き飛ばされながら、その足を止めずに互いの戦力を奪い合う。


 反転した眼球から血の涙を流して馬鹿げた破壊を生む『土を食む者』達。

 どこかの物語に出てくる超能力めいた力でカラフルに対抗する『AA』能力者たち。


 しかし。

 その戦闘範囲は徐々一転に収束していた。

 能力者の足が、ピラミッドへと掛かる距離にまで近づいていく。


 戦場のどこかでハンマーグローブをガチンッと鳴らす青年は、その背後に聖書に出てくる天使に似た何かを浮かばせながら叫びを上げる。


「よぉし、テメェら! あとはこのピラミッドを上るだけだ、気ぃ引き締めてけよ!」


 その言葉を聞いているのかいないのか、一気呵成に攻めていく『AA』能力者たちは自身に宿る神秘異様な能力を烈火怒涛のに世界へと撒き散らして、『土を食む者』を退けていく。炎を逆巻かせて屹立する桜が、濃霧が集まり形作る老婆が、水銀の鎧を纏う猿たちが、『世界を救う』という大義名分を巨大な盾に仕立てあげ、偶然選ばれた少女を殺す為に猛烈な勢いでピラミッドを駆けあがる。『正義』という鋭い刃を振り上げ、命を寄越せと牙を剥く。


 そして。

 たった一人の少女を殺す為だけの凶刃がピラミッドを半分駆けあがった時。


 ただ偶然に選ばれてしまった『赤錆(しょうじょ)』は、薄く眼を開いた――。


次回 『 嘆きの淵 』

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