五話 「 杖持つ少女の采配 」
ミニスカサンタ姿の女の子の内ももを弄って、巻き付けられたドライバーの先端付近から溢れるものを指先に感じる天月天。傷口らしい場所をそっとなぞってみれば、ぬるりと指が滑っていく。
「見なくちゃちゃんとは分からないけど……傷も大きくないみたいだし、ぬるぬるの量からも直ぐに死んじゃうようなものじゃないみたいだ」
天月天は、ぬるぬるが付着した指先を鼻先に持ってきて、臭いを嗅いだ。鼻の奥に残る鉄の臭いに似た生臭さが鼻孔を通る。どうやら『贈盗の杖』が足に巻いていたドライバーが自分の足を傷つけたのだろうと予測して、どうしたものかと考える。
(傷の手当も地上への避難もこのままじゃできそうにないし……ええ、と――)
四つん這いの状態で瓦礫や土砂に生き埋められていて、体の下には少女二人と猫一匹。自分一人なら自力で這い出ることも容易だが、下手に動いて瓦礫が下の誰かを押しつぶすかもと考えると動けない。
そう言えば――と、入省時に貰ったIDリングの通信機能で助けを呼ぶことも考えたが、自分が今どこに埋まっているのか、崩落の規模はどれ程なのか、そもそも瓦礫と土砂で腕の下以外が隙間なく埋もれている状況で、ズボンのポケットに入れておいた指輪は故障なく機能するのかも分からず、第一、助けてくれと誰かに連絡が付いたとして、地下百メートルの施設が埋没した状態ならそう簡単に助けが来るとも思えなかった。……といっても、ここまでつらつらと状況分析が出来た訳ではない。言ってみれば動物的感か、あるいは、これまで人付き合いがなかったからの臆病だったが。
「ああ、せめて『贈盗の杖』の意識が戻ってくれたら、やりようはあるんだけど」
天月天は呟いてから血で濡れた手を動かした。『贈盗の杖』の顔を探り当て、ほっぺたをペチペチ叩いて覚醒を促す。
「おーい、起きてくれ。このままじゃ『赤錆』を探しに行けない」
何度か試しても反応はなかった。怪我の有無を確かめたとき体は温かかったし心拍をを感じることができたから死んでるってことはないはずと考える天月天はさらにペチペチと頬を叩く。真っ暗な闇の中で少女達(+猫)に覆いかぶさる大男は根気よく覚醒を促し続ける。
「おーい、『贈盗の杖』。ちぇんじゃー?」
そして。
ようやく『贈盗の杖』が眼を開けたのは、あまりの気付かなさにどうしたものかと頭を働かせた天月天が少女の傷を親指でグリグリした後だった。
傷を広げる痛みにうめき声を上げて、眼を開けても何も見えない状況に気を失っていた事を察する『贈盗の杖』は、前後の記憶を統合する様な間を開ける。
(えっと、そっか。生き埋めに、なったみたいっすね……でもよく瓦礫の隙間に入れ――)
思いながら手を伸ばして、わずか驚く。
指先が触れるのは瓦礫という何かではなく、肉感を持つ誰か。
「これ、は……?」
さわさわと確かめる様に触ってみれば、それが男性であることに気が付く『贈盗の杖』。誰だ? と思いながら胸板だろう場所を触っていると声が降ってきた。
「やっと、気付いた。痛い所はないかな? ――ああ、足の傷以外で」
その瞬間、なっ……、と呻くような声が漏れる。寄りにもよってそれはない、と。聞こえてきた男の声は今日聞いた中で一番嫌な相手の物だったのだから仕方もない。『贈盗の杖』はまさかと思いながら周囲を素早く手探ってみれば、今がどんな状況で、どんな状態なのか把握することが出来た。
(そういう、事っすか……寄りによって大男に助けられたみたいすね、自分は)
暗闇のなかで、常よりつまらなそうな表情がさらにつまらないものに変わった。
ため息を吐いて天月天の言葉に反応を返す。
「ええ、おかげさまで。痛みは足の傷だけっすよ。……どうやってそれを知ったのかは考えたくないっすけど――一様、お礼は言っておくんで。助けてくれてありがとっす」
「あー、っと。どう、いたまして?」
「いたま?」
「あれ、違ったかな。お礼を言われたことがほとんどないから、どんな言葉を返せばいいか良く分からなくて。それにまだ助かったわけじゃないし、ここからは『贈盗の杖』の力が必要だと思うから――」
「――だから、自分に能力を使え、という訳で?」
現状の把握が出来ている『贈盗の杖』が言葉を引き継いだ。
「まあ、うん。お願いできるかな?」
「……はあ」
言われて、ごろん、と。『贈盗の杖』は頭を正面から右へと傾けて息を吐く。
(まったく、つまらないにも程というものがある訳で)
分かってはいる。いくら天月天の事を好きじゃないからと言って、このままではまずいと。気を失う前の記憶と目覚めてからの状況を鑑みるとか、このままでは命が危ないとか。そんな事十分に分かっているのだ。
だが。
そういう話も十分に大変なのだが――!
なにより大変なのは、今のこの態勢が非常にまずいことだ!
だって、腕力では絶対にかなわない能力を身に着けている男の腕の中で(正確には腕の間だが)、どうして安心できるというのか。下手をすれば自分のような小娘などヒトクチペロリという状況なのだ。しかも、相手の造形すら目に映らない暗い場所で男性の腕の間にいるのである。それでどうしてミニスカサンタ少女の貞操的危機感が一ミリも働かないと断言できる!? 今がどんな状態であろうと、男なんてオオカミに変身できるのだ(偏見)!
さて、とはいっても。
ゴロンと横を向くくらいしか自衛の方法がない狭い空間で、最大の解決方法はやはりここから早く抜け出すことだと理解する『贈盗の杖』は、それはそれとして考える。
(でも、まさかって感じすよね。今朝の様子じゃ『赤錆』先輩以外目に入ってないような態度だったのに、さっき触って確かめた感じじゃ隣にいるらしい『百獣疎通』や猫、演習場で攻撃した自分すらも守る為に体を張るなんて。しかも、地中に埋まっている巨漢の態勢……ほんと、米コミヒーローかっ! てな訳で)
つまらなそうな表情でため息を吐いて、肩を落とす様に体から力を抜く。当然、天月天は〝『赤錆』の友達の『贈盗の杖』〟を助けただけだが、それでも今朝と比べれば、驚くのも無理はない。
(まあ、仕方ないっすよね……)
『贈盗の杖』はピリピリと痛みを発している場所へ手を持っていくと、そこに巻かれたベルトからマイナスドライバーを二本抜き取った。
(確かにこの状況は如何にかしなければならない訳だし? それには自分の能力がこの場では最適解というのも、事実なんすよね)
「分かったっす。自分もこのままって言うのは勘弁なので。――でも」
言いながら、『贈盗の杖』は周囲の瓦礫に指を這わせてドライバーを刺し込める土砂の部分を探す。位置は上方。天月天の背中側。
「一つ、言っておくんで。よく聞くっすよ?」
「わかった。よく聞く」
「……。いいすか? 自分の能力は『怪盗の落とし穴』と『豪商の大放出』の二つを合わせて、『翼蛇の采配』というっす。現象として世界に現れるのは〝物質の増加と減少〟。簡単に言えば、ある程度の物を減らしたり増やしたりできるんす」
「減らしたり増やしたり……じゃあ演習場で急に地面に穴が開いたのは、その部分の土を〝減らした〟ってこと?」
「そうっす。ドライバーが刺さった場所ならどんな所でも増減できるっす。逆に言えば刺さらなければ増減できないという訳で。しかも、増減できる質量は今の自分だと演習場の時に見せた程度――三十メートルが限界なんす……だから、ここからが重要っす」
ミニスカサンタ少女の指先が瓦礫の隙間を探り当てた。そこに一本目のマイナスドライバーを根元まで埋め込み、隣で気を失っている『百獣疎通』の細い体を抱き寄せる。猫が少女二人の間で窮屈そうに鳴くが自由にさせることはできない。
そして。
「もし、自分の能力以上に土砂や瓦礫が積み重なっていたら、それより上の物が高さ三十メートルから落ちてくる事を意味しているっす。まあ、簡単に言えば『どうかその衝撃で潰れないよう頑張ってください』っす。あなたが潰れれば、あなたの体の下敷きになって自分や『百獣疎通』が潰れる事をお忘れなく」
直後だった。
言葉が終わり、天月天が「わかった」と返事するより早く、能力は発動され直径数メートルのトンネルが天月天の直上に口を開いた。
『――怪盗の落とし穴!』
次回 『 屋根に降る暴力 』




