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三話 「 存亡に至る命題 」

 上空高く立ち止まる無貌の存在。

 無貌故に目はないが、しかし視線というべきものが足元に浮かぶ『赤錆ラスト』をとらえる。


「ほう、これは驚きだ。まさかこのような能力者が――いいや、これ程のと評して過言ではない能力者が誕生しているとは」


 関心か驚嘆か。

 無貌の存在はそう言い置いて――しかし、と。


「能力者の育成機関は順当に作られたようだが、育成の方針があまりに杜撰(ずさん)だったが故の放置なのか……それとも気づいていて、己の地位が脅かされる事に怯えた結果か。これも鉄の子の特異性だというのか――その気になれば、新たな宇宙がこの者の手のひらから作られるものを……。ああ、勿体無いと言うべきか。それとも仕方がない事なのか。――――なあ、君はどう思うね、少女よ。この宇宙に存ずる総べての粒子を、その手から生み出せる存在よ」

 

 まるで、懇切丁寧に教えた事を、当人が勝手に曲解して誤った解答を自信たっぷりに見せつけられた教師の様な残念さが、言葉には表れていた。最後、足元に浮かぶ『赤錆ラスト』に向けて語り掛けるのは、遣る瀬無さの吐露だったのか。


 無貌の存在は改めて辺りを見回し、それからもう一度『赤錆』を見下ろして、考えるような間を開ける。一分ほどの時間を虚空に突っ立っていたその存在は、背の高い帽子をゆらりと揺らし、そっと全世界に囁いた。


「悪い所は多々とある。己の業に縛られて、果報を捨てるような文明の道なりもそう。個人と民族を結ぶことはあっても、言葉の壁に人種の別を受け入れられず、類としての発展ができなかった歴史もそう。故に、約束は約束で守られねばならない。守られるからこその約束事である――だが、しかし。幼子の失敗に際して、一家を取り潰す様な行為が是と考えられないのも、また事実。私は彼らじゃない。世界の新生など容易なれば、育む知性は得難い事を知っている――だから、鉄の子らよ」


 そして、白を基調とした服装の存在は、一つの提案を持ちかける。



「少女の扱いに命運をかけて、諦めの新生か、苦難の進歩かを選ぶのはどうだろう?」



 無貌の存在がそう囁いた途端、『土を食む者(エレシュキガル)』が、シャボンに包まれ宙に浮いた『赤錆』の下に集まってきた。数十数百と集まる『土を食む者』は、圧倒的な圧力で動けない『AA(アーツ)』能力者から『赤錆』を守る様に円を描き、陣形を敷く。


()()()()()()()()の目を通して見た限り、銃器の所持は別として、そちらの保有戦力は能力者が三千程度。今この場には二十に届くかどうかといったところしかいない。これでは無駄な提案をしただけになってしまうのは誰の目にも明らか……であれば」


 パチン、と。

 指を鳴らす様な音が鳴った次の瞬間、世界各地で同じ言葉を聞いていた『AA』能力者たちが千人ほど、それと同数の『土を食む者』が日本防衛相現災害地に現れた。


 一瞬で場所が日本の心臓部に移った各国の『AA』能力者たちは目の前の景色に一瞬混乱し、状況を把握するため視線を動かす。動かした先で無貌の存在とその言葉、「よし、これでいい」という一言を聞いて、顔を青ざめさせた。


 圧倒的、または破滅的な戦力差だった。


 指を鳴らしたような音が響いただけで見える空間に能力者たちが集められ、しかも話を聞いている限りでは世界中から、瞬間的に移動してきた。ならば考えようによれば。指を鳴らしたような音が響いただけで、火山の火口や10000メートルの深海、もっと言えば宇宙空間に放り出すことも出来るという事だ。

 

 その事実に。

 突然の襲撃に狼狽し、それでも懸命に闘ってきたはずの『AA』能力者らの全身から、力が抜けた。

 無貌の存在の言葉は続いていく。


「制限時間は、ふむ……おおよそ四半刻といったところか。――既に刻限は過ぎ、直に短気な彼らの眼がこちらを向く。そうなれば私も鉄の子らに時を与える事も出来なくなってしまう。故に時間の制限は三十分。試練の問題は『彼女の処遇』。正答に至る道筋は既に与えてある。現場を見、己を信じ、ただがむしゃらに世界を救え。この問題に正答したなら私は去ろう。だが、この設問自体を誤認したのなら――」



「――私は少女に宿りし力を使い、第五世界を沈めよう」



 言葉の終わりにパチン、ともう一度指が鳴らされる音が響いた。

 今度現れるのは頂点が数十メートルほどの高さを持ち、その頂に石造りの玉座の様な椅子を設えた階段型ピラミッド。頂点の椅子に位置を合わせる様に浮き上がっていた光の泡が移動し割れると、『赤錆』がそこに座らされる。直後、両手両足と首に、石造りの枷が填められた。


 次いで見上げる程高いピラミッドの一段一段に『土を食む者』が取り囲む様な格好で位置を変え、周囲を見下ろす様に整列する。さながら遥か太古の王妃を護る守衛の様に。


 それは、『AA(アーツ)』能力者に現状の危機感を肥大化させるには十分な演出だった。

 

 圧倒的な畏怖。

 圧倒的な脅威。

 

 無貌の存在が『其処に居る』だけで命を諦めたくなる程の戦力さだというのに、巨大なピラミッドの出現や物体の瞬時の移動に加え、千を超す『土を食む者』が軍隊のように整然と列を作る光景は、それだけで心臓が無理を悟って動くのやめるようなもの。


 ――だと、いうのに。 


「しかし……ふむ」

 無貌の存在は、ピラミッドの布陣と数を増した『AA』能力者を高みから俯瞰して、こんな事を言う。

「正答への道筋に助言を置きすぎたかもしれん、か……ならば、どれ」


 無貌故に見えない手が、椅子に拘束された『赤錆』の頭上へ翳された。同時に『赤錆』の体がカタカタと震えだす。数秒そのまま、何かを考えるような間を開けてから、無貌の存在は無謀う故に誰の目にも映らない首をかしげた。


「育成機関は何故、能力者にこの情報を隠していたのか……理由は分からんが、どれ、ならばこれはどうだ?」


 柏手を打つような音を響かせたのち、その場にいる全員、世界中に居る『AA』能力者へとプレゼントを贈る様に、こう告げた。


「制限の刻限から半ばが経過したとき、隠された真実を白日の下に晒そう」


 さらに指を鳴らす様な音が響くと、まるで王妃を守る衛兵の様に居並ぶ『土を食む者』達の顔ぶれが、世界中に散らばる他の個体と一瞬にして入れ替わった。


「ああ、二百八十日間の幸福なる記憶を見つめ、あの瞬間、彼女らがどのような想いを抱いていたのかを感じ取るがいい。鉄の子よ、お前たちにはそれが出来るはずだ」


 そう言うと無貌の存在は一度眼下を見下ろして、それから踵を返した。かつこつと踵を鳴らして階段を上がっていくように、その場からまた一0000メートルの上空へと昇っていく。

 そして、その背中で開戦の号砲を鳴らす様に、けれどもそっと、無貌の存在は囁いた。


「辿り着け。お前達には滅びに抗うだけの力が備わっている」


 言葉が終わると同時に、ふっ、と体にかかる圧力と一緒に無貌の存在が消え、呆気に取られる『AA』能力者たち。互いの顔を見合い、けれど現状の把握に混乱する思考を無理やりにフル回転させていく。


 目の前には巨大なピラミッドと、大量の『土を食む者』。


 その巨大なピラミッドの頂点には、敵である大量の『土を食む者』に護られる形で、石造りの椅子に縛られた『赤錆』の姿。


 さらに、白を基調とした服装しか目に映らなかったにもかかわらず、圧倒的な存在感を叩き付けてきた無貌の存在の言葉。


 それらすべてを頭の中で精査し、何をすべきかを能力者たちは思考する。


 無貌の存在が言った事は何だったか。

 少女の――『赤錆』の扱いに命運を掛けろと言わなかったか。

 ならば敵である『土を食む者(エレシュキガル)』に護られた『赤錆(しょうじょ)』に対し、どんな『扱い(しょぐう)』を望めば良いのか。


 例え話として。

 世界征服を企む犯罪者集団に守られた人間に、『AA』能力という拳銃(ぶき)を持つ自分達は、何を望めば世界を救うことが出来るのか。


 そして――。

 能力者(かれら)は答えに行き着く。

 考えるまでも無い簡単な一つに。


 〝普通に考えれば()()しかないのだから〟――と。


次回 『 生き埋めの変態野郎 』

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