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三話 「 やるかたない 」

 立ち上がり、元の場所まで戻ってはさみをリュックの中へ仕舞う天月天は、封の開いていない割り箸を『赤錆(ラスト)』の前に置いた。


「食べなよ。腹が減ってないならしょうがないけど、朝の食事は取った方が体に良いらしい」


 そして合わせた両手の親指に箸を挟んで、「頂きます」と食事を始める。

 眼は大きく開かれたまま『赤錆(ラスト)』の口が半分ほど開き、けれど言葉は続かなかった。目の前の人間をどう処理して良いか分からず、起き上がって自由になった手を訝しげに見やってしまう。


(意味が分からない……。目の前の男から見れば、私は殺人犯だ。しかも銃という、この国では一般的でない凶器で人を殺した犯罪者だぞ。本来ならば恐怖こそが男の抱く感情であって、手だけであっても拘束を解こうとは思はないはずだ)


 『赤錆(ラスト)』は眉間の皺を復活させて――なのに、と考える。


(目の前に置かれた弁当(これ)は何だ? まさか私を毒殺するつもりか? 馬鹿な。もし私を殺すのなら、わざわざ自分の部屋らしいこの場所で殺さずとも、高架下で殺しているはずだ。私を犯して悦に浸りたいなら拘束を解く意味が余計にない。最終的に殺されるにしても、今はおかしい。私は何の情報もこいつに与えていない。だとしたら、この状況に何の意味が……? 懐柔でもするつもりか? いいや、そもそも。こいつはこの弁当を私が食べると本気で思っているのか?)


 弁当を僅か眇めた調子の目で見てから天月天へと視線を戻した。


(殺しをした人間、それも自分に銃を突きつけた私を生かしたまま、一つの弁当を分け与える……正気の沙汰とは思えない。あるいは、こいつが『誘惑者(ネルガル)』の駒だとしたら……? いいや、それこそありえない。あいつらが、私たち『対を成す者(アウン)』を相手に拘束なんてするはずがない。相対(あいたい)したら殺し合う。それがあいつらと私達の関係だ。なら、この男はなぜ私を? 私をどうしたい? 何が目的で私を生かしている?)


 いくら考えても答えが導き出せない『赤錆(ラスト)』の表情が、険しさを増した。普通に考えて状況が常軌を逸しているのだから仕方ないが、『赤錆(ラスト)』の混乱は収まる様子がない。わざわざいう事ではないが、常識で言うなら、人は、顔面を拳銃で弾かれた死体を目にしたすぐ後にご飯を食べようとは思えないものだし、その人間を死体にしただろう人物を攫ってこようとは思わない。しかも〝自分はプロだ〟という事を臭わせた相手に、馬鹿にしているような選択肢を迫るなど、常識ある人間のする事ではない。


 だからこそ。

 ふと、頭を過る。


『――この(Your)異常者が(Deviant)


 高架橋下で目の前の男に掛けた自分の言葉が、正鵠を射る。


(こいつ、まさか『AA(アーツ)』能力者か……?)


赤錆(ラスト)』の、大きな目から比べたら、ずいぶん小さく見える口が動いた。


「おい、おまえ」

「……ん?」


 ウォッカを水の様に飲む天月天の手が止まり、右の眉が持ち上がる。手付かずのままの弁当を見やって、鼻から息を抜いて見せる様子からは落胆の色が窺えた。


「腹、減ってなかった? それとも違う物が良かったとか」


 途端、その気遣いに『赤錆(ラスト)』の苛立ちが大きくなる。


「そうじゃない!」

 バンッ、と叩かれるコタツ。乗っていた弁当が少しこぼれた。

「いい加減に目的を言えッ! お前が何のために、どんな理由があって私をここまで連れてきたのか。余計な問答は省いていい。我々『対を成す者(アウン)』に用があるならはっきり言ったらどうだ!」


 天月天と『赤錆』の視線が絡んだ。


 本来なら、捕まっているという状況で攻撃的な態度に出るべきではない。コタツを叩くのはもちろん、高圧的とも取られかねない言葉を選ぶのも失策だ。これがもし金銭ないし何らかの要求を目的とした誘拐なら早々に殺されることは無いだろうが、そうでない場合、愉快的個人的突発的な行為なら、この場合の犯人である天月天を刺激するのは自分の死期を早める以外に行為の正答がないからだ。しかも今回は、殺人の目撃とその死体を目の当たりにした上での拉致、生殺与奪の権利を握った上での選択の強制を何の恐れもなくやってのける相手。どんなきっかけから『もういいや』と蝋燭の火を吹き消す様に殺されるか分からない。


 だが、『赤錆(ラスト)』の態度は変わらない。

 いいや、覚悟を決めた視線が力強さと共に鋭さを増していた。

赤錆(ラスト)』は天月天を睨みながら頭を切り替える。常識が通じないなら非常識を常識に、相手の舌の根を覗き見るのではなく、こちらの言葉を見せつけるべきだと。


(理解なんてしなくていい。こいつは銃を突き付けてきた相手を拉致できるような奴だ。常識が通じる相手じゃない。第一こいつが『AA(アーツ)』能力者なら、()()()()を知っているはずだ……!)


 だから、変える。

 進む道を。

 生き残る為に。


 そうして、『赤錆』が天月天の一挙手一投足に目を光らせようとした。

 直後だった。


 天月天が残ったジャガイモコロッケを口に含んだ、その瞬間。

 

 ドガシャァァァァァァァアァァンッ! と。

 

 それは背後、窓ガラスが建てつけてあった壁諸共が、大音響と共に砕け散り、そのまま天月天を巻き込む形でアパートに大穴が開いたのだった――。


次回 『 平和に飽く 』

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