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八話 「 準備期間《プロローグ》から終末戦争《クライマックス》へ 」

 時間(それ)は刻々と迫っていました。


 五千年以上前の約束を果たす為。


 地中にその者の落とし児を引き連れて。


 1000メートル上空でかつこつと足音を響かせながら。


 その者は歩き続けます。


 人間達は、直ぐそこまで脅威が迫っていると気づけません。

 いいえ、正確には、もう約束の期限は過ぎていると思っているのです。


 期限を過ぎて、その者が現れなかったことに、

〝 ―― ああ、やっぱり文献に残っていた予言は嘘だったのか ―― 〟

〝 ―― 人が試され、その結果如何で世界が終わるなんてあるはずがない ―― 〟

 と、そう考えているのです。


 それは――三年前の12月21日でした。


 人間の文明が進み、科学が世界の仕組みを解き明かす様な時代です。


 世界は平面のような形を取っておらず、魔女の呪いも神の怒りも、病原菌の発見や大気の動きといった自然科学の発展で説明出来るまでに進歩して、数千年前の約束の日も、簡単な計算で割りだせるまでになっていました。


 だから人は、自分たちが発見してきた学問に信頼を置き、そして三年前の12月21日、各国首脳陣は国民に理由は明かしていませんでしたが、それでも万全の準備をして待っていたのです。莫大な国費を注ぎ込み、どんな異変が起きても直ぐに対処できるよう各方面に鉄壁の守りを敷き、その陰に敵対者の急所を突く鋭い槍を忍ばせて。


 けれど、その日に予想した被害は何一つ起こりませんでした。

 12月21日は平穏無事に過ぎて行ったのです。


 人は、だから思いました。


 騙された、と。

 故に人は、さらに思うのです。

 莫大な国費を使わせることが、文献に残っていた話の真実なのではないか? と。


 けれど、そうではありません。


 緊張している人間がやってしまう様な、単純な失敗なのです。

 自分たちの計算結果に間違いがあると気付けないのです。


 いいえ……一年前には『約束の日の計算が間違っていた』と再確認した人間もいたのですが、けれど学者は『自分の計算にミスなどあるはずがない』と言い張ったのでした。

 自分のプライドや権威の失墜を防ぐ為、あるいは自分の一言でもう一度莫大な国費を掛けさせておきながら「今度も何もありませんでした」という、あまりに大きすぎる責任から逃れる為に。


 けれど約束の日は、やはり約束通りにやって来ます。

 その当日が数時間後に迫っても、人は脅威に対する手立てを取ることはありません。


 皮肉な事に。

 その異常に初めに気付いたのは、人が今まで発展させてきた科学技術たちでした。


 防衛省本省庁舎D棟の地下にある施設。


 数千年前から敵対者と争い合ってきた組織の各種防衛機構が、一斉に真っ赤な回転灯を回してアラート音をけたたましく響かせたのです。


 創造者の意図したとおり――人類に向けた最大級のアラートを。


 10000メートル上空で、無貌の体を持つその者は呟きます。


「残りは約半刻と言ったところか……さて、準備は出来ているかな。鉄の子らよ?」

 

 その質問に答える者はありません。

 けれど、答える者があったなら、その者は一体何と答えるのでしょうか――。


 ♀+♂


 地下空間が、赤という色とアラートを知らせる轟音で、爆発した。


「何だ?」


 きょとんとした表情で通路に設置されている赤い回転灯を見上げる天月天は、突然騒がしくなった地下空間に首を傾げる。


 カフェから出て七十一回目の十字路。その中央。自分自身迷っているんじゃないかと不安になりそうなほど広大複雑な地下施設に、バタバタバタと慌てた足音が何重にも重なる。足早に慌てる誰も彼もが緊張の色が濃く、どこかと通信しているのかリングに備わった通信機器に向かって口々に現状報告やその他諸々の指示を出したり受けたりしていた。


『出現予測じゃ明日の深夜、北方のはずだったよな?』『いったい何が起きてるの?』『ええい、回線を回せ!』『地下? ここも地下だぞッ!』『言いから急げよ!』『目を覚ませ非常事態だぞ!?』


 こういう時、表の世界では何か良くない事が起きていたなと、前の職場での記憶をあさっていた天月天は「俺も誰かに連絡取った方が良いのかな?」と考える。が、誰に連絡を取っていいのかが分からない。今日渡されたIDリングの使い方は『百獣疎通』に聞いて大方把握しているものの、新人の天月天は自分から気軽に連絡を取って良いのかと考えてしまう。


「うーん、どうすれば……」


 右往左往する『対を成す者』のメンバーたちを巨体で見下ろして、ポケットからIDリングを取り出す天月天。誰かに連絡を取るべきなのだろうと思っていても、『IDリングを摘まんで見詰める』から先に進めない。


 だが。

 状況が天月天の状態を考えることはない。

 特に今の様な危機的状況であれば、人の感情など簡単に踏みつぶして発展する。 

 

 そしてそれは、始まった。


 ズッ――ドゴゥンッ……!!!!!!! と。


 突き上げる様な強烈な揺れ。

 地下施設全体を襲う、地震の様な何か。


「地震……?」


 だが違う。

 大きな揺れはその一度きり。

 後には震度四程度の揺れが延々と続く。

 まるで大きな手が地下施設丸ごと常に揺らすような不気味さ。


 そしてそれは、どこからかメキメキ……ゴシャーッと重たい何かが崩落する音を含ませていく。

 そしてその音は、ついさっきまでとろみがつくような甘さのコーヒーを飲んでいたカフェの方向からも聞こえてきた。常人では把握できない音、匂い。それらを天月天の肉体は聞き分け、嗅ぎ分けていく。ピシッ! と鉄筋コンクリートに罅が入る様な、メキョ……クウゥゥゥウウウゥ……と何か硬い物が引き伸ばされて断裂する前に上げる悲鳴の様な、聞いているだけで平常心に爪を立てられる音が、天月天の所まで届いてようやく――――意識が変化した。


(これは、動かなくちゃだめだよなあ)


 見上げれば、施設の天井部分の白い塗装がぱりぱりと剥がれていく。耳を澄ませば地下空間のどこからともなく人の悲鳴が聞こえてきた。崩落や退避といった言葉が荒れたラジオの様に断続した音になって届いているから、予想通りの事が起きているのだろうと天月天は思う。


 そしてふと、『対を成す者』のメンバーがバタバタと駆けまわる空間で大男は考えた。


 この状況はきっと、とても大変な事なんだ。

 でも。

 自分ならこのまま生き埋めになっても生き残れるだろう。

 けれど。

 この崩落にさっきの猫が巻き込まれたならどうなるだろうか?

 あるいは。

『赤錆』という女の子なら――どうなるだろう?


 天月天に事前活動家の様な『この場の全員を助けよう』なんて言う思考はない。

 だからこそ、なのか。

 答えは直ぐに出た。


「まあ、死んじゃうだろうな」


 天月天は体の向きを出てきたカフェに向けた。


 ――嫌だと思えるから。

 ――助けたいと思えたから。

 

「守ろう。初めてを――教えてくれた人たちを」


 次の瞬間。

 天月天は、空気という壁を文字通りぶち壊して走り出した。


 ♀+♂


 残り時間 ――、――――。

 その者は10000メートル上空から、世界中に囁くように宣います。

準備期間(プロローグ)は終わったぞ。さあ、終末戦争(クライマックス)を始めよう」



次回 幕間

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