七話 「 カミナリ と しっぽ 」
しれっと明かされた、情報を隠蔽する犯人。
当たり前のことだが、当人しか知らない情報を隠せるのは当人しかいない。それも、難解な暗号や間違った答えに誘導するようなやり方ではなく、情報の空白としての巨大な壁が立ちはだかるとなれば、どう考えたって情報を隠した人間がいる疑いようのない証拠で、目的情報の秘匿性を考えれば自ずと答えは導き出される奇妙なブラックボックスの出来上がりだ。
だが、ここは天月天。「ふうん」と鼻を鳴らすと首を捻って言えてしまう。
「なら、直接上官に聞いてみればいいんじゃないか?」
裏表のない小学生の様な感想を、なに憚ることもなく。
だから猫の小さな口から溜息が漏れるのだ。
「お前は馬鹿だと……いや、そういう奴だったにゃ」
はっきり言って、この話は上官に聞いて教えてもらえるような話ではない。或は、その上官だって知らない可能性が非常に高いことだろう。そもそも組織の上層部が身内にも隠している情報を、簡単に漏らす様な人間が上官に選ばれるはずがない。
だが、そんな事を説明したとして、天月天を納得させるまでに幾つの「なんで」や「どうして」を越えなきゃならないかもわかったものじゃない。ならどうするか。
猫はスプーンを持ち直してスープを掬いながら、天月天に向ける言葉を選んだ。
「……ニャーも聞いたことはあるのにゃ。情報を意図的に隠すのはどうしてか、とにゃ。そしたら『自分で調べたらどうだ』――にゃんて」
「でも調べても分からなかったんだろう?」
「まあ、にゃあ」
スープを飲み、最後の芽キャベツを食べたブチ猫は「まあ、からかわれたんだろうにゃあ」とナフキンで口元をぬぐった。
その姿を眺めた天月天は、カップの底にわずか残るコーヒーの偽物の様な甘ったるい液体を飲み干して「なんだそうなのか……」と残念そうな息を漏らす。
「分からないんじゃ、仕方ない。でも――俺は困ってるよ、『百獣疎通』」
「どうしてにゃ?」
「これじゃあ、『赤錆』の力になれないだろう」
「まあ、そうだろうにゃあ」
目的が遂げられないのだから困って当然。天月天はなにも戦闘効率の為に『土を食む者』の情報を集めていたわけじゃない。『赤錆』との距離を縮める切っ掛けとして、猫の話に耳を傾けていたのだ。
天月天は、気を抜く様に椅子の背もたれに大きな体を預けて顔を撫でると、一度動きを止めた。膝に手を置いて椅子を軋ませながら姿勢を戻し、猫の大きく丸い瞳を覗き込む様に身を乗り出す。
「けど、まあ。いろいろ教えてくれてありがとう『百獣疎通』。こんなに長く誰かと話したのは初めてかもしれない」
「そ、そうなのにゃ?」
「ああ。しかもその相手が可愛い猫の姿をしてるなんて初めて続きだ。きっと、いま俺は嬉しいって思ってるんだと思う」
「か、かわ――とか……。けど、喜んでもらえたのならニャーも嬉しい……にゃ」
ブチ猫は身を乗り出してくる天月天の顔に身を引きながら「にゃふー……」と耳をへにょらせて、それから、目の前の大きな顔を肉球でグイと押し返した。
「だ、だから、そんなに顔を近づけるでにゃい。ニャーはこれでも乙女にゃんだ……」
「ああ、ごめん。忘れてた」
顔を引っ込め、「うにゃうにゃ」と慌てた様に顔を洗うブチ猫に首を傾げて、それから席から立ち上がる天月天は、長く椅子に座っていた所為で強張った体を軽く捻った。
高い位置から自分を見下ろす巨漢を、テーブルの上にちょこんと座るブチ猫は見上げる。
「それで、もう聞きたいことはにゃいのかにゃ?」
天月天は「うーん、今のところは」と言い置いて「でも」と繋げた。
「また『百獣疎通』とは話がしたい。まだまだ色んな事を知っていそうだし、今日教えてもらったことも頭に馴染むまではきっとすぐに忘れちゃう。俺みたいな馬鹿の話に付き合ってくれるのは『百獣疎通』くらいだろうから、先生になってくれると助かる。それに――」
「それに?」
「――今日俺は、猫が可愛い事と、肉球が気持ちいい事に初めて気が付いた。またこうして、こんなお店で、同じ時間を二人で過せたらいいなって思ってる」
ゴロゴロビッカー、と。見えないカミナリに撃たれて膨らむ尻尾を真っ直ぐに立てて、まんまるな目を更に見開く『百獣疎通』。そんな彼女に天月天は人差し指を差し出した。どうやら握手のつもりらしい。
「じゃあ、今日は本当にありがとう」
やたらとゴツゴツしている人差し指と天月天の顔に目線を数度往復させて、少し俯き加減に前足を置く『百獣疎通』。そっと摘まむ様に握られて二度ほど上下に前足が揺れた。
「にゃに、お礼を言われることはしてにゃーよ。ニャーはお前が欲しがった情報を渡せてにゃいんだから」
「それでも、色々教えてもらえたからね。それに、俺は楽しかったんだ」
「そ、そうか。にゃら、よかった」
そんなやりとりを最後に天月天は『百獣疎通』に背を向けた。
大きな背中がカフェの区画から出て見えなくなる目を離さなかった『百獣疎通』は、夕焼けよりずいぶん藍色がかった店内照明の中でテーブルに座りながら「にゃはぁあ」と溜息に似た息を吐きだして、皿に残ったスープに映る自分を妙な気分で見下ろすのだった。
「にゃふぅ……ニャーって奴は、単純過ぎやしにゃいか?」
次回 『 準備期間から終末戦争へ 』




