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二話 「 透明に悶える 」

 独り言の様な問いかけに、苛立ちと一緒に情けなく沈んだ声が返った。


「……、あなたには関係ない事だ」

「そうか、負けたか」

「……っ!」、と『赤錆ラスト』の奥歯が擦れた。


顔無し(フェイス)』が吐き出した煙が人工の海風に散って、しばらく。言葉が続く。


「なあ、『赤錆(お嬢ちゃん)』、分かっているのか。今日だけでも朝の独断専行に始まって、それに付随するように起きた民間への被害と、被害に対する情報の操作隠蔽に加えて、各種方面への補償と、規則を破っての『AA』能力使用による私闘……本来なら監査が入ってもおかしくない、いいや、禁固刑になってもおかしくないことをやったんだぞ」


 言われた『赤錆』は、けれど。

 少しの沈黙を挟んだ後に、「……分かるはずがない」、と。

 膝を抱えたままぽつりと吐きだした。

 目を合わせるどころか上官への敬礼も無く、ささくれ立った声が作り物の海面に揺れる。


「あなたの様な使い勝手の良い力を授かった人間には、絶対に」


「ほう?」

「……、一佐が知っている通り、ここは外の世界じゃない。仲良し子良しで手を繋いで、孤高を気取って斜に構えていても周囲の誰かが眼を掛けてくれることはない。蛇のようにしつこく、獅子以上に強力な化け物をぶち殺して生きて行くには、強くなるしかないんだ。出なければ死ぬ。見る影もないぐちゃぐちゃの死体になって死ぬんだ! ……そうだろう、一佐。私は何か間違っているか?」


 体に比例して小さい拳がぎゅっと握られた。『顔無し』は視界の端でそれを見る。

 紫煙に飾られたため息が人口の海風を濁せた。


「間違いじゃない……ああ、この世界で求める物としては間違っちゃないさ。社会の裏側に溜まる黒い汚泥は深く暗く、そして重い。その中を生きるには圧倒的な力が不可欠だからな――ただ」


 もっと周りを見ろ、と『顔無し』は言う。


「いいか、ここに所属している連中は国の畜生なんだ。お偉方に『いらない』と思わせる行動をとれば簡単に首が飛ぶ。お前は、何もなさずに死にたいのか?」


「そんなこと――」

「――分かっていて、今回の行動なら間違いなく厳罰ものだが?」


 本来なら理解云々など関係なく厳罰ものだ。先の独断専行は天月天という土産があったから見逃す理由もあったが、演習場での『AA』使用による私闘は規則を破った物で、それらしい理由づけも難しい。

顔無し(フェイス)』は余計に片膝を強く抱える『赤錆ラスト』を横目に煙草を吸った。

 潮騒が幾度か繰り返すなか、息をつく。


「はあ……まあいい。お前を脅してニヤニヤする為でも、新入りに負けてほっぺた膨らますお嬢ちゃんを笑いに来た訳でもない」

「なら、何しに来た?」

「任務だよ。明日には飛んでもらう」

「はんっ! 独断専行する私を使い潰す気か?」


 その反応に『顔無し』の左の眉と口角が呆れた様に動く。


「何を聞いていたんだ、お嬢ちゃん? まあ殺されかけて直ぐにというのは同情するが、我々は畜生なんだ。牝牛が生き残るには飼い主が満足するだけの乳を出さなきゃならん。千切れるほど強く握られても気持ちよさそうに喘ぐのがお仕事なんだよ」

「気分の悪くなる例えだな」

「だが事実だ。誰の上でも踊ることが出来なきゃ生き残れん。奴らにとっての必要性が無くなったら最後、『土を食む者』に殺されるより悲惨な終わりが待っている。生きて目的を叶えたければ、相手の気が逸れ無いように踊って見せるしかないんだ。……まあ、お前の乳じゃあ出るもんも出ないだろうがな」


 と息を切るように笑う『顔無し』。

 舌打ちをして、その苛立ちを体から追い出す様に『赤錆』は頭を振った。


「……詳細は?」

「今度は北。場所は森の中。パーティーはツーマンセルだ」

「組む相手は?」

「今朝お前が見つけた新人君だよ」


 瞬間。

 膝を抱えていた『赤錆』の頭が跳ね上がった。よりにもよってその判断はない。


「どういうつもりだッ」

「――知らんよ。上からの命令だからな。大方、アレの性能テストのつもりだろう」


 まあ、二人を組ませるよう上に進言はしたがね、と『顔無し(フェイス)』は表情の裏で知らぬふりをしながら煙草の火種を揉み消して、外套のポケットへ雑に突っ込んだ。敵意を剥きだしにする『赤錆』の視線には無視を決め込んで、踵を返した。


「命令は伝えたぞ。私が直接お前の所へ足を運んだ理由を考えろよ」

「待てよ、一佐! 子守りでもさせるつもりかッ」

「私は、私がここに出向いた理由を考えろ、と言ったはずだが?」

「――ッ!」


『顔無し』はそのまま出口へと足を進め、出て行く間際に言い残す。


「一つ言っておく。『AA』能力とは、製作者によって形を変える立体パズルの様なものだ。お前の能力だって十分に役立つことを忘れるな」


 言われた瞬間、『赤錆』の頭にカッと血が上った。勢いよく立ち上がって振り返る。


「どこが! 『自分が握り込める程度の物体の複製』だぞッ?」


 しかし――。

 その時にはすでに『顔無し』の姿は出入り口の向こうへと消えていた。

次回 『 手中より生まれるものグラースプ・ザ・ワールド 』

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