三章 【 絶対敗者 ―― 勉学平穏 】 一話 「 後悔に似た 」
複数の高機能3Dプロジェクターで映像と、それに対応する音。部屋にある空気に潮の香りと一定の動きを与えることによって『防波堤に居る様に錯覚させる空間』というこの場所で、『赤錆』はダボっとしたビッグTシャツとショートパンツ姿で片膝を抱えていた。
(私は何がしたかったんだ……)
二時間前、天月天に銃を乱射していた時の自分を思い返し、
(今考えれば、天月天に落ち度らしい落ち度など、無いも同然じゃないか)
それから、今朝方に天月天と出会った時を改めて考えた。
(くそっ、私は、どうして……!)
この場に来てから幾度と数えることすら億劫になるほど吐き出した溜息を漏らす。
さて、伏せなければいけない事を伏せた上で今朝の出来事を一般人に説明したとして、「どちらに非がありますか?」と問いを投げ掛ければ、まず間違いなく、〝『赤錆』が『悪だ』〟という答えが返ってくるのは当然だろう。それも、圧倒的な差によって。
何故なら、一般的に銃での殺傷を目的とした行動を取るのは『悪』だ。
そして、その銃を他人に突き付けてしまう事も『悪』でしかない。
もし、天月天も拉致したじゃないかという声があったとしても、法廷の場なら、殺されない為の不可抗力だと訴えれば大方受け入れられるはずだ。
しかも今回の場合、自分の独断専行が元で一般人を巻き込むというイレギュラー付き。
天月天にとっての平穏な日常をぶち壊したのは、どうしようもなく『赤錆』自身で、例え奇妙な二択を迫られ下着に剥かれた上で拘束されたとしても、初めに独断専行さえしていなければそんな事にはなかった。三人一組での行動を命じられているのだって、単純に三人いなければ『土を食む者』と対峙できないからではなく、あらゆる状況を考慮した上での三人一組という命令なのだ。
どう考えても『赤錆』の行動が今日の失敗を引き起こしたのだという結論にしかならない。
だが、そんな事は分かっているのだ。
彼女は、今日の作戦が如何して三人一組での行動なのか分からないような、新米ではない。
ただそれでも、『赤錆』の思考は揺れてしまう。
強さを求めて努力を重ねた結果が『一般人に命を助けられる』では、自分を宥めることなどそう簡単に出来ない。
(ああ、私はいつになっても弱いままだ……強く、もっと強くならなければいけないのにっ)
『赤錆』は強く握った拳を床に叩き付けた。
しかし。
ここで、疑問が浮かぶ。
ならば何故、『赤錆』はそれほどに強さを求めているのか。
強さが何に必要なのか。
簡単だ。
〝強くなりたい〟
その一言に『赤錆』の目的が全て集約されているからだ。
それは、国の裏側とでもいう、生活の基盤を支える様な大きな闇の中で生き残る為。
生き残って、自分の両親を一目でいいから見る為に。
その為に、力を求めているのだ。
だが、大前提として。
その願いは奇妙だった。
何故なら、なにも『赤錆』だけが親を知らないわけではないからだ。
それどころか、『AA』能力者の誰も彼もが、自分の両親がどこの国の人間かすら分からないのが現状だ。
特異である『AA』という能力を持った人間は、その全てが孤児であり、生後三か月未満で施設に預けられるという共通点を持っている。彼らは、三歳時に受ける血液検査によって『AA』因子を持つか否かを確認され、陽性反応が出た子供は一つの例外なく国に強制接収されていくのだ。
だから、親の顔を一度会ってみたいと考える能力者は『赤錆』だけではない。
能力者なら幼い頃に一度は考える麻疹の様なものだ。
それが、時間が経つにつれて「まあ、いいか」と風化していくのである。
けれど。
赤茶けた髪を人口の潮風に揺らす『赤錆』は、今もその想いを風化させずに持ち続けている。
そしてそれは、奇妙以上に、普通の事ではない。
親の顔を一目見るという願いは、例外的に『他人に銃を向けてまで追い求める理由』としては、弱い部類に入る。
それはそうだ。
この場合、物心がついた後に無理やり引き離された親子、ではないのだから。
血の繋がりは時として奇跡的な幻想を見せて語り継がれる希望を形作ることもあるが、物語にあるような〝数十年間も音信不通だった親族との再会〟では、第三者からの『あなた達は家族なのですよ』という説明と、DNA鑑定書といった物的証拠があったとしても、その当人同士は目の前の人物と血がつながっているなどとは到底信じることはできないからだ。例えば、突然道端で『私はあなたのお母さんよ』と見知らぬおばさんが言ってきたとして、それを信じる人など居るだろうか? 時間をかけてゆっくりと納得と信頼を築いていって、ようやく絆が出来はじめるというのに?
――ただ、それでも。
『赤錆』は強くなりたかった。強くなって自分の両親を一目見てみたかった。
甘ったるい感情を盾にしている訳でも、刺々しい怒りの矛を持っている訳でもない。
〝見てみたい〟
それだけだ。
そうすれば、自分の能力の脆弱性に答えが出るかもしれないと、そう考えているのだ。
(だというのに私は――何をしているんだ……)
『赤錆』は作り物の防波堤の先で片膝を抱え、砕ける波を見つめた。
と、そのとき。
プロジェクターが映し出す『防波堤』に僅かなノイズが奔った。
それは『赤錆』の後方にある扉が開いたことを意味していた。
かつこつと背後から足音が響き、誰かが近づいてくる。
その人物は防波堤の先で片膝を抱える『赤錆』の横まで移動すると、もわと紫煙を吐きだした。
「――勝ったのか?」
苔むしたような色の外套。鈍色の油分が足りない髪。ニットのワンピースとロングブーツ。その人物を語るポイントは色々あれども、彩るカラーは全体的に古いという言葉に集約され、中でも顔の右側三分の二を硫酸で溶かしたような傷は所属している組織が組織だからか、『歴戦』という、古さを余計に強調させる言葉を連想させる人物だった。
――『顔無し』
一佐という階級を肩書に持つ、『赤錆』の上官であった――。
次回 『 透明に悶える 』




