幕間
――いらっしゃい。
ああ…………少し待っててくれよ。
ん――外は暑いからなあ。これで汗でも拭いなよ。
お中元として送られてきたタオルだから、肌触りとか期待されると困るがね。
さて、今日はアイスでいいかい?
ああ、水出しだよ。
味はいつもとそう変わらないんじゃあないかな。
何せ、淹れてる人間がバリスタではないのでね。
はい、お待たせ。
――……。
うん、やっぱり映えるなぁ。
いやなに。
ふと思ってね。
暑い日に、グラスに氷が当たる音を聞きながら本に囲まれて物語に浸る。
自分でやっても格好がつかないけど、誰かにやってもらうとやはり絵になるものだ、とね。
ああ、ずいぶん昔に、あんたの様なもの好きが居たのさ。
――いや、あれは物好きというものではなかったとは思うがね。
店が……そう、ここがまだ本屋になってすぐのころだ。
もともとここは私塾でね。とにかく不思議な生徒さんばかりが顔を出す場所だった。どんな理由か知らないが、その私塾が閉じられて、私が本屋を開くようになったんだ。けど、それでも生徒さんたちは顔を出してくれてね。にぎわったものさ。
ん――生徒さんたちの何がどう不思議だったのかって?
それがなあ、見ているこっちが分からないんだから、それこそ不思議さ。
印象深い子達ばかりだったというのは覚えているんだがね、顔かたちも背格好も、はっきりと思い出せない。男の子もいた、女の子もいた。それは記憶にある。明るい子も、物静かな子も。
ただ、この店を見てもらえばわかる通り、私塾だった頃だって何十人といった大勢の生徒さんを通わせられるほど広くはない。だから、両手の指で数えられるくらいの人数だったはずなんだが……なのに、その子たちの顔がかすみがかるんだよ。一人として、はっきりと思いだすことができない。
それでも印象だけは残っているっていう……不思議な感覚さ。
さっきのあれもそう。あんたを見て昔を思い出すんだが、そこにあるのは蜃気楼の様な、ぼんやりした印象だけが空間に顔を出すだけ。なんだろうなあ、この、重さも色もない空気を確と握り込んでいるような感触は……。
――と、すまない。邪魔だったな。
まあ、今日もゆっくりしていきなよ。
珈琲のお替りならまだある。
いつでも言ってくれな。
三章 【 絶対敗者 ―― 勉学平穏 】 一話 『 後悔に似た 』




