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五話 「 表現年齢 」

 咳払いをして、手を差し出すように持ち上げるぶち猫。


「ニャーは『百獣疎通(コントローラー)』。この体は借り物で、本体は違うところにある人間にゃ。一様は三佐っていう肩書を持っているけど、階級にゃんてものにこだわる事はないから、気兼ねなく話してくれにゃ」

「そうか。俺は天月天。今日ここに来たばかりの新人だ。よろしく」


 差し出された猫の手を摘まむように握り、天月天も適当なあいさつを交わす。この時初めて肉球がプニプニしていてとても気持ち良い事を知る天月天だった。


「えっと、それで、『百獣疎通(コントローラー)』。『赤錆』は居るかな?」


 天月天がそう言った途端、猫の目がスウ……と細くなった。


「なんの用にゃ?」

「用はないけど、一緒に居たい。だから探しに来た」

「……拉致したって聞いたけど、あれは本当にゃ?」

「ああ、間違いじゃない」

「下心以外に理由があるなら、教えて欲しいんにゃけど」

「一緒に居たかったから。それが下心だっていうなら、それ以外はないよ」

「……馬鹿にゃ?」

「だから、よく言われるってさっき言ったじゃないか」

「……」


 今度こそ、猫は言葉を失った。


 どんな事情があろうと拉致した本人とされた当人だ。顔を合わせて良い結果になるとは思えない。『赤錆』が演習場に籠って返り血で真っ赤に染まっているのも、その事が理由の大きな部分だろうと猫は考える。だからこそ、思う。


(この感性は人の心を掻き乱すに余りあるにゃ)、と。


 それは、行き過ぎた好意がストーキングに行き着くようなものだ。

 いや。ストーキング行為の果てに拉致という結果があるとするなら、天月天の言動は一歩引いたものになっていると言えなくもない。


 しかし。どちらにせよ、天月天の行為に他人が受け入れられるような正当性はない。究極な自分勝手は犯罪となり、犯罪とは他人の心身に多少を問わずダメージを与える。幾らそこに好意という暖かな物が含まれていようと、一般的に見て歓迎される理由が無ければ、それはただの棘以上に好意を向けられた人間を追い詰める凶器にしかならないものだ。


 けれど、天月天にはそれが分からないのだろう。人は、知らない事が愚かなのではない。知ろうとしない事が愚かなのだ。だが、知らないという事が時に罪となってしまうのも、この世の中だ。極端な話、『人を殺すのが罪になるとは知らなかったんです』と言っても、殺人罪に変わりはない。

 なのに、猫の目には天月天の表情の中に一点の陰りが無い事も映りこんでいた。


 だから余計に混乱する。


(情報では二十一歳だったかにゃ? 二十を超えていると言えばそれなりに社会的な見識というものを学でいるはず。にゃのに……犯罪心理を持ち出す気はないけど、こいつには男性特有の幼さ以上に、他人との軋轢を避けるだけの意思というものが見受けられにゃい。――まるで、三歳児並みの欲求表現にゃ)


 ストレート。そう言って余りある直球加減にブチ猫は「にゃー」とため息を吐いた。

 そして猫にはあり得ない人間臭さの出た疲れた表情を作って天月天を見あげる。


「一つ忠告するにゃ」

「忠告?」

「そう、忠告にゃ」


 ゆっくりと一つずつ、教える様に猫は言う。


「一般的に、拉致被害者――『赤錆』の事にゃ――は、拉致をした人間――お前にゃよ?――に会いたくにゃいものにゃ。それは、拉致された人間は、拉致された時の記憶を、嫌なものだと思うからにゃ」

「……嫌な、もの?」

「そうにゃ。お前には少し難しいかもしれにゃいけど、普通はそう思うのが一般的にゃ。しかも今回は、拉致された側の人間である『赤錆』が、『対を成す者(アウン)』の人間だったという事も忘れたらいけない重要なことにゃ」


 猫は尻尾を()()()()と動かして、天月天を指さす様に前足を持ち上げた。


「はっきり言って『赤錆』は強い。肉体的強さ、頑健さはそのまま自信にも繋がる事にゃ。それが、『AA』能力者だったとしても、お前みたいな表の世界を生きてきた人間を相手にやりこめられてしまったとしたら、その自信は酷く傷つく。しかも、その後に襲ってきた『土を食む者』から実質的に守られたとすれば、考えるまでも……にゃあ?」


 頭を左右に振って見せる猫は、眉間に残念そうな皺を作って呆れた視線を作る。


「お前は直接言わにゃいとわからないタイプだろうから直接言うにゃよ。お前、『赤錆』に嫌われてるにゃ。それも、確実に。それこそ、顔を合わせれば眉間に銃弾を撃ち込まれる程に。だから、今はそっとしておくのが一番だとニャーは思うにゃ。アプローチの方法は他にもある。先ずはもっと他人と関わる方法を学んで、それからにゃとニャーは ―― 」


 このとき――いや、もっと前に。

 猫は気付くないし、しておかなければならない事があった。天月天を諭す前、妙な考えを脳裏に走らせる前、いやさ天月天が入り口をくぐった時にはもう、しておかなければならない事があったのだ。


 例えば、管制室と演習場を繋ぐ音声機器のスイッチをオフにする――とか。



『そこに居るのか、(あま)月天(つきそら)



『赤錆』の冷たい声が、管制室のスピーカーを震わせた。

次回 『 猫の溜息と絶対強者 』

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