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十話 『 超常の超 』

「超常の世界……アーツ……?」


「そう。表面上ではあるけれど命を尊く考える、この表の世界のことじゃない。虫も魚も畜生も全て等しく、人の命の重さや遵守する尊厳も何もない、世界がもともと内包している無秩序に従順に生きる様な血生臭い世界――それが、知ってはいけない裏側のリアル。我々や君の様な『AA(アーツ)』能力者の事であり、その敵である『土を食む者(エレシュキガル)』の事なのさ」


 人間を破裂させ、河原の一部の地形を変えてしまえる様な剛力を持つ天月天の異常。

 通常の人間にはない異常を抱えた連中を『AA(アーツ)』能力者といい、その敵対者を『土を食む者(エレシュキガル)』という。


 急にそう言われて、天月天は自分の手を見つめた。


「俺がその、『AA』能力者……世界の常から外れた存在?」


 そして、その拳をゆっくりと開閉する。

 ショックを受けた訳ではない。

 事実を飲み込めない程度の一般性に持ち合わせもない。

 納得していているのだ。


『ああ、やっぱり普通じゃないのか』、と。


 緑色のスーツの内側から複数枚の紙を取り出しながら『鹿角の男(ケルヌンノス)』は続ける。


「もちろん君自信の事だ、自分が普通じゃないってことには気が付いていたんだろう?」

「気付いていたかと言われれば、それは、まあ。自分の事ですから。実感として思い知ったのは今朝が初めてでしたけど」

「うん、あれはすごかったね。人間のパンチが地震を引き起こすなんて」

「でも、あなた達もあれくらいの事は出来るんでしょう? 聞けばその『AA(アーツ)』って力を二人も持っているみたいだし」

「ああ、確かに。言った通り我々も『AA』能力者だ。一般的な人たち――隷属的な生産を人間性と捉える社会。それを善良と信じ込んでいる側の人間ではない。けど、今朝君がやって見せた様な破壊力を発揮できるわけでもないんだ」


 カーテンが強めの吹き込みにバサと揺れて、病室内の陰影を動かした。

 その所為で『赤錆』の髪が乱れるが、『贈盗の杖(チェンジャ)』が優しい手つきで元に戻した。

 僅か羨ましそうにそれを眺めた天月天は視線を戻して首を捻る。


「あなた達も普通の人間ではないのに?」

「はは、そう言われればそうなんだけどね。ただ『普通の人間か?』と聞かれれば違うと答えるけど、我々『AA』能力者も、生物学的に見ればホモ・サピエンスに変わりはない。ご飯を食べなきゃお腹は空く。何百時間も起きてはいられない。心臓を撃ち抜かれれば死ぬしかない。まあ、それらを補える能力もあるにはあるけれど、そういう点で、ただの人間だという事に違いはないんだ。ただ、普通の人間にも個体差がある様に、我々にも能力の違いがあるってことさ」


 天月天は学校の体育の時間を思い出した。幾ら足が速くてもサッカーが苦手な奴もいれば、テニスは上手いけどバドミントンは下手な奴はいた。運動全般が駄目な奴でも、勉強は出来るというやつもいた。おそらくそんな違いなのだろうと考える。


「もっと分かり易くいうなら、そうだな、漫画やアニメで例えると、君は『肉体強化系の能力者』だ。パンチ一発で地震を起こせる凄い奴。そしてぼくは ―― 」


 パチン、と『鹿角の男(ケルヌンノス)』は指を鳴らした。


 すると『鹿角の男』が着る緑色のスーツの左の肩口に、金色に輝く十センチくらいの幼児が現れた。右手に植物の若葉を握りしめながら這い上がってくる。しかも、それは一体だけではなく、右の肩からも、胸ポケットからも、ボタンとボタンの間からも、そして緑色の腕時計の陰からも金色の幼児は這い出てくる。


 天月天の眉が僅か跳ね、十センチと小さい金色の幼児に視線を送った。

 その視線に口元を持ち上げる『鹿角の男』は続ける。


「この子たちは『植殖童子(しょくしょくどうじ)』と言って、若葉を植えるのが大好きな七人の子供達だ。彼らが手に持つ若葉にはそれぞれ――『発生』『成長』『結実』『収穫』『廃退』『忍耐』『流転』という意味があって、それはまあ、簡単に言えば〝いのち〟に当てはまる様になっている。どれがなにに当てはまるのか、どんな効力があるのかは勝手に考えてくれると助かるし、君の是非を問わず、いつか間近で見るとは思う。言ってみれば『金色の子供を出しちゃう系の能力者』だよ」


 ま、そんな系統今作ったけど、と呟いている緑色のレンズの向こうで目を細めて笑顔を作る『鹿角の男(ケルヌンノス)』は、もう一度指を鳴らして金色の幼児を消した。

 天月天は無味乾燥という言葉が当てはまるだろう視線でそれを見て、へえ、と息を漏らすと――、


「ごめんなさい。漫画とかアニメとか、そもそもテレビや本をほとんど見た記憶が無いので、よくわからないです」


 嘘偽りのない真顔でそういった。


「でも、『AA』能力というものが本当にあるってことは分かりました。見せてくれて、ありがとうございます」


 そんな天月天を見た『鹿角の男(ケルヌンノス)』と『贈盗の杖(チェンジャ)』の二人は何とも表現の難しい表情を作り、チラと視線を交わした。


「「……」」


 別に天月天がアニメや漫画を知らない事に驚いているのではない。

 金色の幼児という〝世界の異常〟を見ても平然としていられることに、不審がっているのだ。


 確かに、天月天の身体能力は異常だ。河原にクレーターを作りだせるパンチ力なんて人間が持てるはずがない。万が一に持てたとしても、それを繰り出した力の反動で肉体の方が無事では済まないのがこの世で解明されてきた物理法則だ。けれど、天月天の異常は肉体一つで完結している異常で、だからこそ、その特別性は『そういうもの』として矛盾や疑問を残したままでも自己解決できてしまえる。


 だが、金色の幼児はそうではない。


 指を鳴らして物体が自在に出没するのもそう。それが、生き物のように『鹿角の男』の体を這い出て動き回ったらどうだ。どう考えても人間一人が指を鳴らしただけで起こせる現象ではない。『AA(アーツ)』という多種多様な能力の発現だと理解できる人間なら、天月天の様な視線を向けることも出来るだろうが、世界に居る大多数の正しい判断が出来る人々は驚くないしその現象に恐怖を抱くはずなのだ。

 

 だからこそ二人は余計に思う。


((こいつ、まともじゃない))、と。


 しかし――。

 天月天は向けられ慣れた不審の視線に何を思う事もなく、口を開けてしまう。


「で、俺が危険っていうのは、どういうことですか? 警察に捕まるようなことじゃなくて、超常の世界……でのことだって言ってましたけど」

「……あ、ああ」


 引きつるような思いでどうにか反応する『鹿角の男(ケルヌンノス)』。調子が狂う。だが、調子を狂わせられるからと言って話を終わらせるわけにもいかない。本題に入る。


「一言で言うなら『知ってしまったこと』、それ自体が問題なんだよ」

「知ってしまったこと、自体?」

「『土を食む者(エレシュキガル)』という化け物が世界にいる事や、連中を人知の外にある『AA(アーツ)』という能力を使って滅ぼしているぼく達がいる事を、ね」


 一度の深呼吸で調子を戻す『鹿角の男』は、膝を組んでその上に取り出した用紙を持ったままの両手を重ねた。そして。


「そうだな、アニメも知らない君には一から聞いてもらった方が、良いかも知れないね」


 一呼吸置く様に間を開けて、長くなる話を頭の中で整理しながら言葉にしていった。


「まず、この世界には、『対を成す者(アウン)』っていう国家主導の秘密組織が、五千年以上の昔から存在している。『AA』能力者の育成と、『土を食む者(エレシュキガル)』の討滅が組織の存在理由で、最終目的としては、いつ起こるとも知れない終末戦争――世界最後の日を乗り切る事だ」

「世界最後の日……?」

「そう。本当は三年前、2012年の12月21日がその日だったはずなんだけどね。どうやら予言ってやつは外れたらしくて、何も起こらなかった。だから、いつ起こるとも知れない、と言わざるを得ないんだけど……」


 続けるよ? と『鹿角の男(ケルヌンノス)』は言ってから、


「さて、僕たちが所属している組織がどういったものか外枠を知ってもらって、次に話すのは『土を食む者』って化け物の存在の事だ。実際戦った君には分かってもらえているとは思うけど、連中は凄まじい怪力と、脳さえ破壊されなければ活動し続ける生命力を兼ね備えた人類の敵だ。奴らは殺さなくてはならない。社会に隠れて殺すことで、ぼくたちは社会の秩序を守っているのさ。だって恐ろしいだろう? あんな化け物がいるなんて。だから僕たちは、表の世界が怯えてガタガタと震えないよう、こっそりとハンティングをしているんだ」

「みんなに隠れて化け物を殺す――だからこそ、守れるものがあると?」

「ああ、その通りだね」


 頷く『鹿角の男』を見て、天月天は少し押し黙った。

 沈黙が挟まり、病室の外から子供が母親を呼んで駆けていく足音が過ぎる。

 そして、病室が静けさを取り戻したあと、天月天はゆっくりと口を開いた。


「言いたい事と、言っている事は大体。それ以上に、自分がどのくらい大変な状況なのかという事も大方は理解できた……と思います。でも、だから余計に分からない」

「何がだい?」


「だって変でしょう。何であんたは、いまも俺と会話を続けてるんですか?」



次回 「 当たり前のコト 」

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