5話 見てもらえなくなると悲しくなります
「結婚記念日でも仕事の話なのね」
上尾洋子は、上尾篤に悲しげに答えた。
「そうは言っても、重要な話だよ。地方に行かないと行けないのは会社の決定だ。今の仕事を辞めて同レベルの給与が入る保証もない」
上尾篤は現実をみて自分の妻に話しかけた。
「でも、どうするの? 子供の治療はしばらく続くのよ?少なくても小学校2年までは通院があることは説明したでしょう?」
彼らの子供は先天性の病気の治療で数回の手術が控えていた。だからといって、それまで何もすることがないわけではなく、手術の事後観察があり、奇形部が口周りに影響があったため、歯の治療も必要になっていた。子供の歯の治療は乳歯から永久歯への生え変わりにも影響があり、手術以外の治療の負担が増えていたのだ。
「単身赴任にする」
上尾篤は、低く重たい声で答えた。
「最初から決めていたのね。いつもそう。貴方は相談と言いながら結論を決めてる。でも、今回は貴方の言う事が正しいわ。この子の面倒を見れる時間を常に作れるのは私しかいないし、地方に行ったら何かあった時に移動が難しいよね」
上尾洋子は、結婚記念日で準備していた料理と近くで寝ている子供の姿を見ながら悲しそうに呟いた。
◇
「洋子さん。それじゃ、行ってくるよ」
上尾篤は妻の洋子に言った。
「次に会えるのは来月だね。篤さんは仕事に集中するとご飯も食べないから心配よ。体には気をつけてね」
上尾洋子は仕事以外の事になると器用ではなくなる夫の篤に心配して答えた。
会社は単身赴任ということで、月に一回帰れるように配慮していた。これは上尾篤にとって、とてもありがたいことであり、生活を充実させるのに必要なことだった。1ヶ月頑張れば家族に会えるという事が彼の支えになった。
上尾篤は社会人になるまで一人暮らしをしてなかったわけではなかったが、結婚生活に慣れていたため、生活に慣れるために苦労をした。いかに上尾洋子が夫を支えていたかを上尾篤は実感した。そして彼は、素直に帰省をしたときに、彼の妻に伝え感謝をした。
一方、上尾洋子は夫が不摂生しないかを帰ってくるたびに聞き、子供の様子などを伝えた。特に子供とのふれあいがなくなるのを彼女は心配し「私はいいから子供と触れ合ってあげて」といつもいっていた。
ただ、上尾篤にとっては、妻との新婚生活も短かったこともあり、妻ともできるだけ触れ合っていたかった。付き合っていた頃より一緒に生活をしたときよりも……だから、上尾篤は妻と子供のふれあいにムラがでないように1ヶ月の間隔になるように仕事の調整をして、帰省するようにしていった。
◇
「いや……やめて……今日は体調がよくないから……」
上尾洋子は夫が夫婦の営みを求めたときに言った。上尾篤は数少ない会える日なので残念に思ったが、その時は、そういう日もあるなかなと思った。
しかし、その1ヶ月後も……
「だめ……今日はしたくないの……」
それからというもの、毎月帰ってきて求めても上尾洋子は拒むことが多くなった。上尾篤は妻の気持ちがわからなくなった。愛している妻に求めてはいけないのかという疑問が沸いた。
上尾篤はとても寂しくなった。もう自分に妻は興味がなくなったのかという疑問も沸いた。子供のことがあったからそういう気分になれないのかとも考えた。帰ってきたときには妻は子供の世話を甲斐甲斐しくしている。もう、妻の目に自分が映っていないのではないかと寂しく感じるようになった。
上尾篤は寂しさをまぎらわせるように仕事に没頭した。妻に対してメールを送っていたが、仕事が忙しくなり、その頻度も次第に減っていった。またメールの文章もだんだん事務的になっていった。
こうして結婚記念日4年目は淡々と過ぎていった。結婚時に取り交わした約束の仲睦まじくという言葉とは正反対の方向へ……




