1話 見えているものは皆と同じですか?
「上尾さん、この画面デザインちょっと見てもらえません?」
上尾篤は、笑顔で話しかけてくる錦野悟の方を向いた。上尾篤も錦野悟もシステムソフトウェア開発会社に勤務しており、上尾篤はプロジェクトマネージメントチームに所属しており、錦野悟はデザインチームに所属している。
「お前な……違う部署の俺に頼むことないだろ。こっちも忙しいんだよ」
上尾篤は文句を言いつつも席を立ち、錦野悟の席に向かう。
「ユニバーサルデザインシミュレーターを使っていますが、貴重な人材がいるのに使わない手はないですよ。ビール奢りますんで。へへへ……」
「どれどれ。うーん、右の境界線の見分けがつかないが、ここは分けてるのか?それと、黒に赤枠はやめたほうがいいな。注意しないと認識できない。あと、ユースケース考えるとこのボタンの位置はだめだな……おっと、これは別料金だ」
「なるほど、本物の意見は違いますね。それとボタン位置ですか……なんで担当してないシステムの操作性が分かって修正できるんですかね?流石はスーパープロジェクトリーダーは違いますね!」
錦野悟は別料金の部分を華麗に躱し、上尾篤の意見を取り入れながらデザインを変更していった。
上尾篤は色覚異常を持っていた。しかし、彼はそれほど気にしていない。日本の男性の5%は色覚異常を持っているといわれているし、自動車免許もとれる。実際に上尾篤は自動車免許を持っているし、生活に大きな支障はない。
ただ、彼は疑問に感じていた。他人と同じようにものが見えていて、同じように感じれるのかと。仕事でプロジェクトを進めると意見や感じ方が異なり、ぶつかることも多い。別担当のトラブルが起こったプロジェクトをみた時に何できちんと見ていなかったのかと感じることも多い。大抵そのような場合は彼がフォローに回る。
上尾篤は仕事を終えると家路を急ぐ。帰る家は彼がローンを組んで購入したマイホームだ。そして、マイホームと呼ぶのに相応しい待ち人がいる。
彼が家のドアを開けると髪の長い彼女がゆっくり歩いてくる。彼の妻である上尾洋子だ。
「おかえり、篤。今日は仕事が早く終わったんだね。ご飯は出来てるよ」
「ただいま、洋子。そういっても夜の10時だよ。洋子が大変なときに早く帰れなくて、ごめんな」
「大丈夫だよ。もうそんなに辛い時期じゃないし。お仕事頑張ってくれてるの知ってるから。でも、この子が生まれてきたら、色々手伝ってもらいたいかな?」
上尾洋子のお腹には、子供が宿っていた。彼らは知人の紹介で知り合い、別々の会社であったがゆっくりとした恋愛でお互いの気持ちを確かめ合い結婚した。
ただ、結婚の時に彼らは一つの約束をしていた。それは10年後にお互いの気持ちを再度確かめ合おうといったものだった。本当に10年仲睦まじく過ごせていれば離婚とかないよねといった軽い冗談か混じったような約束だった。
1年目の結婚記念日では妊娠していることも判っていたので、お互いに子供は二人ぐらい欲しいねなどと話し合っていた。彼女は彼に出産後には社会復帰を果たしたいなどの彼に相談をすると、彼は自分の所得でもなんとかなるから好きなようにしていいよと彼女に話す。
離婚という文字が霞むほど、彼らは一般的な幸せの夫婦生活を築いていた。
◇
上尾篤はプロジェクトで忙しいという事がわかっていたので妊娠7ヶ月を迎える妻に対して、無理をしないこと、彼の生活リズムに合わす必要がないこと等をお願いしていた。事実、仕事の帰りが午前0時を過ぎることも多かった。
ある日、上尾篤は夜11時に帰宅した。しかし、部屋に明かりが点いている。不思議に感じて中に入ると上尾洋子がクローゼットの前にポツンと座っていた。
彼は驚いた。普通この時間は彼女は寝ているからだ。彼女は彼に気づくと、困惑を隠せない目を彼に向け、こう言った。
「ねえ、聞いて……生まれてくる子が、外表奇形かもしれないって……」
初めて小説というものを書いてみました。更新間隔もいつになるかはわかりません。小説の書き方の投稿をみて、プロットというものについては簡単にしています。