序章
ピピピビッ、ピピピピッ、ピピピピッ…
「…ん…んぁ……。」
朝6:30を知らせる目覚ましが鳴る。土曜日なのだからもっと寝たいのに、うちの親は何故か遅起きを許してくれない。
「アルー、ご飯冷めるよー?」
一階から親の呼ぶ声が聞こえる。もう少し布団に潜っていたいんだが…
ピロン♪
…ん?朝からLANEか。誰から…
『ご飯』
何故既読を付ける前に通知で内容を確認しなかったのか、数秒前の僕をめちゃくちゃ叱りたい。
既読を付けてしまった僕は、仕方なく布団から出て一階に降りた。
「今日は昨日の残り物しか無いけど、アルの好きな物だから。」
「母さん、残り物で料理するのほんと得意だよね。」
「あら、残り物料理は母の味方よ?」
「…はぁ…朝からテンション高いなぁ…」
「アルのテンションが低いだけよ。ほら、シャキッとしなさい?」
「土曜日なんだからもう少し寝させてくれよ…」
毎日思うが、ほんとこの親のテンションにはついていけないなぁと思う。
おっと、自己紹介が遅れた。
僕の名前は榊原或斗。高校二年生。部活は軽音部に入っていてドラムをやっている。ガキの頃からピアノやらギターやらボイパやら色々と音楽を親にやらせてもらったおかげで絶対音感というもんがついているらしく(僕自身はあんまりよく分かってない)、将来は音大にでも行きたいなと思っている。
母が言う「アル」というのは、「或斗」の略称みたいなものだ。
とまぁそんなことはさておき、今日はとりあえずやる事も無いので、適当にピアノでも引きながらぐだぐだしようと思っていたんだが…
「あ、そう言えばさっきアル宛に手紙が届いてたわよ。なんか、仰々しい封筒だったけど、あれ何?」
と、昨日のカレーを食べている時に親が聞いてきた。
「え?知らないけど。誰から来たとか書いてないの?」
「うーん、パッと見書いてなさそうだけどねぇ…。この封筒なんだけど…」
と言うと、母は固定電話の横の引き出しから薄い茶色の封筒を取り出した。
「これなんだけど、見覚えある?」
封筒のサイズは普通ぐらいか?留め具にオシャレなバラのシールが貼ってある。
差出人は書いてない…か。そして、確かに「榊原或斗様」って書いてある。何でピンポイントで僕宛てなんだろ…
「んー、全く見覚えないけど開けてみるわ。」
「そうしなさい。」
母から封筒を受け取りシールを取って中身を出してみると、中には一枚の小切手と四つ折りの紙が入ってあった。
知人のものかもしれないので、僕は先にご飯を済ませ、自室で手紙を見ることにした。
「は…?なんだこれ…。」
自室に戻った僕は手紙を見るなり、手紙の内容に困惑していた。
『拝啓 榊原或斗様
突然のお手紙、誠に申し訳ございません。
今回、×××地区の○○○森の奥にある△△△館にてパーティーを開催する予定でございます。つきましては、榊原様には是非とも御参加をしていただきたいと存じます。
御忙しいとは思いますが、何卒宜しく御願い致します。』
…はぁ?いきなり何の勧誘だ?
長々と書いてある分の下には日時や詳細な場所、参加料等が記載されている。随分凝った勧誘だ。
それにしても、何故僕の名前が書いてあるのだろうか…
「アルー!メアリ(犬の名前)の散歩行ってあげてー!」
「あ、はーい。」
まぁ、どうでもいいかぁ…ほんと、勧誘業者って大変だな。
僕は謎の手紙を机に置き、犬の散歩の準備に向かった。
「おい、アル!」
月曜早朝。学校に来るなり、友達の翔太が僕に駆け寄ってきた。
「なぁなぁ、アルん所になんか来なかったか?」
「ん?何の話だよ。」
「茶色の封筒なんだけ…」
「え?茶色の封筒?」
いきなりその話が出てきて反射で僕は立ち上がってしまった。
どう考えてもあれの事だ。なんで翔太が知ってるんだ?
「…ん?なんか心当たりある系男子?」
「うん、バリバリある系男子だわ。え、もしかして翔太がやったの?」
「やった?どういう事?」
「だから、翔太が入れたのって。」
「いや、そうじゃないよ?俺も入ってたんだよ。これが。」
そう言うと、翔太は制服のポケットから四つ折りの手紙と小切手を取り出した。
「他の奴らは皆知らねぇって言うから俺だけなのかなって思ったけど、まさかアルが知ってるとはなぁ…」
「僕、ただの勧誘かと思って放置してたけど、これ本物なんだね…。」
「あ、それでさぁ。これについてなんだけど…」
キーンコーンカーンコーン
「…あ、もうホームルームかよ。アル、また後でな。」
「あ、うん。また後でね。」
まさか、翔太まで貰ってるとは…これ、只事じゃなさそうだな…。
「んで、話ってのはな…」
帰りのSHRが終わるなり、翔太が俺の席にやってきた。心無しかワクワクしているように見える。
「これ、行ってみないか?」
「え?翔太それマジで言ってる?」
「だってさぁ、複数人に配ってるってことは多分パーティーはあるだろ。ここからそう距離も遠くないし、行くだけ行ってみれば良くないか?」
「いや、そうだけどさ…」
流石にこれは怖すぎる。そもそも森の中ってのが既に怖いのに、知らない人とパーティーとか、引きこもりバンザイな俺には合わなすぎる。
「ったく、緊張すんなって。可愛い女の子居るかもしれないだろ〜?」
「そ、そういう問題じゃないだろっ」
「まぁまぁ、そう動揺すんなって。俺はこういうの少し慣れてるからさ、何かあったら俺が何とかするし、一緒に行ってみようぜ?」
そう言うと、翔太は俳優にも負けないぐらい爽やかな笑顔を見せた。
「…はぁ、分かったよ。行けばいいんだろ?」
「お、流石アル〜。分かってくれるやん。」
「僕こういう所苦手なんだよ…」
「知ってる知ってる。慣れろっての〜。」
こいつは何を言ってるんだ。あと10000年生きてもパーティーなんて慣れねぇよ。
「ったく、嫌そうな顔すんなって。とりあえずじゃあ、□□駅で待ち合わせでいいか?」
「ん?□□駅なんて聞いたことないけど…。」
「俺もあんまり知らないけど。見てみ?この招待状みたいなやつに□□駅から徒歩30分って書いてあるだろ?」
「あ、ほんとだ…行き方とか分かる?」
「いや、俺も分かんねぇけど…まぁ調べたら分かるだろ。」
「今調べればいいじゃん。スマホあるんでしょ?」
「すまん、俺充電切れ。」
翔太はポケットからスマホを取り出し、電源ボタンを押して見せた。充電切れの表示がある。
「アルこそ持ってんじゃねぇの?アルも充電切れか?」
「いや、僕今日持ってくるの忘れちゃった。」
「おっふ…そりゃあ災難だな。まぁ行き方は家かえって調べることにしようぜ。」
「うん、そうだね。」
「…あ、やっべ、俺もう家帰んないと!塾だわ!」
と言うと、慌てて僕の机の横に置いてあった翔太の鞄を持って
「じゃあなアル!また明日!」
と言ってそそくさと帰ってしまった。
「…あ、じゃあね…。」
…ほんと、あいつはマイペースすぎるんだよなぁ…。
時計を見ると、もう16:00を過ぎている。教室に居るのは僕と女子数人だけのようだ。
あまりクラスの女子と関わりのない僕は、机の中から宿題と教科書を取り出し、さっさと帰ることにした。
『アル!』
お風呂の中で人狼ゲームをしていると、いきなり翔太からLANEが来た。
『何?』
『待ち合わせ決めてなかった!現地集合でおけ?』
『あ、うん。いいよ。』
『あざっす!じゃあ、土曜17:00に□□駅の改札前で!』
『はーい。』
僕のはーいの前に、もう既読は付かなくなってしまった。
あいつ、時間的に塾の真っ最中なんだよなぁ…。
「あれぇ…改札前に居ないんだけど…。」
当日、俺は集合の10分前に到着した。
5分前に『もう着いた!改札で待ってるわ〜』と来たのに、改札に何処にも居ない。
はぁ…あいつ何やって…
ポンッ
「うわぁぁっ!」
いきなり方を叩かれたので振り返ると、目の前にはまるでやってやったぜとでも言うような笑顔をした翔太が立っていた。
高そうな黒いスキニーに革ジャン、ブランド物であろうブーツにキラキラ光るネックレス…
翔太はとにかくイケメンなのだ。毎回一緒に出かける時にそう思う。
「…ん?おいおい、何見てんだよアル。もしかして、俺に惚れちまったか?」
「黙れホモ。」
「ちげぇよバカ!ったく、冗談が通じない時はとことん通じねぇなぁ…。」
「はいはい、行きますよー。」
「あーもー、置いてくなってぇ!」
アホは置いて先に行こう…。
「んで、この♢♢通りってのを抜ければ森の入口があるのか?」
「うん。多分だけど、この先は普通のT字路の交差点なんだけど、そこを真っ直ぐ行くとお寺に行けるらしいの。んでお寺に行く道の途中に横に抜ける道があるっぽくて、そこ真っ直ぐ行くと着くっぽい。」
「は〜、よく覚えてんなぁアル。」
「この♢♢通りは結構有名な所らしくて、ここの市の観光名所らしいよ。なんか買ってく?」
「あ〜、どっかにアイス売ってるかな。冷たいもん食いたい。」
右を見ればお店、左を見てもお店…どこを見ても飽きない。ネットで調べた情報によると、食べ物からキーホルダーやら骨董品やら色々売ってるらしい。
「あ、あそこアイス売ってるんじゃね?俺ちょっと行ってくるわ。」
「あ、僕も食べる!」
「おけ、行こうぜ!」
まだ時間はある。ゆっくり♢♢通りを満喫してから会場に行こう。
日も沈みかけ、薄暗くなってきた森を抜けた僕らの前に立ちはだかったのは、焦げ茶色の木で出来た大きな家だ。見た感じかなり新しく、所謂高級なホテルみたいな感じだろうか。
「…アル。これか…?」
「うん、そうみたい。」
「なんかやばそうだな…。」
「んー…でも、料金要らないんだよね。どういう事なんだろ。」
「やっぱり詐欺なんじゃ…」
「いや、詐欺なら多分お金要らないとか言わないでしょ。」
「あ、そっか…」
「よし、行こっか。」
「ん、おけ!」
どうやら入口は、館の左側らしい。館の入口に長髪で身長の高い執事のような人が立っている。
「アル、あの人に話しかければいいんじゃない?」
「翔太、交渉役はお前に任せる。」
「え、おま、ちょ、まじかよ…」
「引き籠もり拗らせてる僕には無理です。」
「いや、断言すんなよ…」
いくらクラスのムードメーカーとはいえ、初対面の人と話すのは多少抵抗があるか。
「ったく、分かったよ。」
「ありがと。」
「アル、後でジュース一本な。」
「はぁ、分かったよ。いいから話してきて。」
「あいあい。」
翔太は仕方なさそうに適当な返事をすると、その人の所に歩いていった。
「あ、あのー」
「いらっしゃいませ。今回の宴会の参加者の方ですか?」
「あ、そうです。自分が翔太で、後ろに居るのが或斗です。」
「翔太様と或斗様ですね。ようこそいらっしゃいました。」
男性はコホン、と咳払いをし、
「まだ宴会までの時間は長いです。参加者の皆様にはそれぞれ部屋を用意致しておりますので、その部屋をお使いください。翔太様は206、或斗様は207号室になります。こちらが鍵になります。オートロック式なのでご注意ください。」
「ありがとうございます。」
と言うと、翔太は僕の分と翔太の分の鍵を貰って先に中に入ってしまった。
僕は何だか落ち着かない様子で後を追った。
僕はまだ何も知らなかった。
この先、この館で何が起こるのかを…。