第八章 撲滅の賦(3)
変なことをするなと思った。だが、由良が矢川をハグした時のことをなぜか思い出したのだ。
そして、その通りにした。
女の子に対して、そりゃ、ちょっと遠慮はしたけど、こんな場合だ。自然に身体が動いた。
「うっ、ひぐうっ、うっ、うううっ、うわあああああああああああっ!」
何と、突然三島が大粒の涙を流しながら泣きじゃくり始めたのだ。顔を真っ赤にさせて、だだっ子のようだった。
「り、りゅうちゃんがわるいのっ! なんでぼくのことおもいだしてくれないのっ! ううっ、うええええええええええええええええんっ!」
「「「「「りゅうちゃん!」」」」」」他の五人も一斉に声を上げていた。それほど皆驚き呆れていた。
僕の肩の上に頭を預け、三島は泣き続けた。これまで我慢してきた量を、一気に押し流すように。肩が湿ってくるほどだった。
「ぼくが、悪かったんだ」
泣き疲れると、三島は気怠く言った。
「ぼくは幻想を共有すべからず、と言う決まりを作った。にも関わらず、ぼくは幻想を使って君と幻想を共有した。龍ちゃんの夢に入り込み、操作を行った」
「ああ、だからか」
今まで抱いてきた疑問は全て氷解した。
三島は僕に幾度も夢を見せた。そして、過去の出来事を思い出させようとしていたのだ。にも関わらず僕は思い出さなかった。それとともに三島は僕の知ったことを知ることもできた。三島の苛立ちはそれによって一層増していっただろう。
「僕、三島のことはだんだん思い出したいと思う。昔の記憶は取り戻したいと思う。でも、今の僕を否定することは止めてくれ。僕は妹と暮らしているし、大事な仲間もいるんだ。だから、なあ、由綺」
と思わず口を漏らした。下の名前で呼び捨てにしようなんて、そんな気持ちはなかったのに。
「昔の呼び名で、呼んでくれるんだね」
三島は微笑んだ。涙の痕を頬に残して。
「ちょっとおおおおっ! 由綺って何よ、なんで名前でえっ! 由綺って、ソンナの聞いてないわっ!」由良が叫んだ。
今までの有様をずっと悔しそうな顔で睨んでいたのだ。
「龍くん、わたくしのことは喜んで十一子と呼んで下さっても構いませんことよっ!」
「種村、何時でもOK」
「妹のことなら、何時でも下の名前で呼べるよねっ! お兄ちゃん♪」
いつもの連中が大騒ぎだ。
「それにしても、僕の幻想は何なんだ」思わず知らず呟いた。
「龍の幻想はずばり<<ファウスト>>よ。五代元素を全て召喚する必要があるけれど、その後では『最善のコト』を行う事が出来ると言う幻想なの。何が起こるかはその場合によるから私でも判断がつかないのよ。ファウストが最後の時に『時よ止まれ、お前は一番美しい』と願ったように、至高の選択をする事が出来る幻想よ」由良は自慢そうに解説した。
「君は、まったく見事に『重症者の兇器』を振るったな。ぼくは絶対に口が裂けても言えるものかと思っていたことを言わせられた。それほど君の幻想は完璧だった、ね、りゅっ、りゅっ、澁澤!」
由良と篠田が三島を担いだ。力を使い果たして、自分一人では起ち上がることが出来なかったのだ。
「龍とずっと接近できるなんて狡いわっ!」
と由良は詰る。
「お、重いですわっ、これ刀の重みですわねっ」と自分は棚に上げて篠田は言う。
「おい、話があるんだが」僕は三島に言った。
「なんだい?」と聞き返してくる。
「伊木先輩はもう解放してやらないか」
「どうしてだ?」
「お前は幻想を僕と共有したんだろ」
「そうだ」
「なら、違反してるじゃないか。伊木先輩のことは責められない」
「たしかに、そうだ」三島は神妙な顔になって頷いた。「後でそうしておくよ」
「三島さん」
そこに現れたのは花田清美だった。眼鏡の縁に光を反射させている。
「なんで、先生が」
「澁澤君、大人にはね。休日出勤というものがあるのよ」
僕らは身構えたが、その手に握られていたのは武器ではなくハンディカムだった。
「由綺ちゃんの泣いてるところ、しっかり撮っちゃった!」
「きっ、清姉さん、止めて、止めてくれっ!」三島は手をあたふたと前後に動かした。
花田清美はひょいひょいとふざけるようにカメラを三島の前で振ってみせる。
「これ、学校の皆にばらまいたら、どうなるかしらっ!」
「だめっ! だめっ!」三島はかなり取り乱して両手を伸ばした。
「えーとね」まだ三島をからかいながら花田先生は言う。「そうだ。由綺ちゃんが週に一度私に奢ってくれるならいいよ、お金はあるでしょ」
「奢る、奢る! だからっ!」
ところが、花田先生はカメラを鞄の中に滑り込ませた。
「まだだめ、奢ってからねー」
と花田先生はすたすたと軽い足どりで鼻歌を歌いながら、校庭を抜けていった。
そういえば、もう桜も殆ど散った。花弁は土に校庭に散り敷かれているものの。
春は過ぎ去ろうとしている。
偶然由良に目が行った。
マフラーをしていない。季節は変わるんだなあ。
「実はね。今度、父さんが一緒に遊園地に行こうって、誘ってくれたの!」
夏が訪れようとしていた。




