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シブサワくん家で午後五時にお茶を  作者: 浦出卓郎
第一章 See no evil, hear no evil, speak no evil.
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第一章 See no evil, hear no evil, speak no evil.(3)


 放課後、会議机のそれぞれの辺に椅子を置いて、我々は読書に耽った。

 って、これでは家にいるのと変わりないではないか。

 「何か部活らしい事をしよう」自分らしくもなく最初に提案した。

 「太公望」由良が答える。

 「待ちの姿勢ではいけない」

 「そうだ」種村が唱和してくれるのだが、いかにも機械的で気のない口調だった。

 「あれ、何だか知ってる?」由良が突然指を得体の知れぬ方角に向けた。最初はよく分からなかったが、入り口のドアの上枠とすれすれに、一本の長い釘のようなものが突き出ていた。

 いや、それは釘と言えるような小さいものではない。とても長く、確りと奥まで埋め込まれており、容易に抜けそうにない代物であった。丁度、罪人の額に打ち付けられるもののように。

 「なんなんだ」僕は始めて気付いた。

 「あれ、どの教室にもあるの。鋼鉄製よ。しかも打ち付けられる側もちゃんと突き抜けないような厚みに作られてあるし。知らなかった?」また由良の口元に僅かな笑みが浮かんでいる。

 「何に使うんだよ」

 「首を吊るため」

 種村がぽつんと言った。

 途端にその場が水を打ったように静かになった。

 種村は落ち着いた口調で更に続ける。

 「いつでも死ねるために」

 「え。高校生の自殺が取り沙汰されている昨今、推進するようなものを学校側が設けてどうしようって言うんだ」僕は慌てて説明的に口走った。

 「龍は何も知らないんだ」余裕綽々と由良は笑った。

 種村は無表情でこちらを見詰めてくる。

 ――何か、僕の知らないことを、この二人は知っている。

 少し悔しいような気がしたけれど、そこには何かアンタッチャブルな臭いがした。余り近付き過ぎるとろくでもないようなことになりそうな予感がビンビンにくる。



 翌日、我々は本を閲して過ごした。ここで僕はクリスティーの『葬儀を終えて』を読み始めた。

 翌々日、我々は本を閲して過ごした。

 翌々々日、我々は本を閲して過ごした。

 翌々々々日、我々は本を閲して過ごしたが、突然由良が口を開いた。ここで流れは冒頭に戻る。

 いきなり南方熊楠の名前を出されても僕はそれほどはびっくりしなかった。多少のペダントリーには煙に巻かれないぐらいに本は読んでいるつもりだった。

 「南方熊楠によれば、庚申信仰の青面金剛像の三猿は元々ハヌマーン起源であるものとするのです」幾らか勿体付けて由良が言う。

 「なんだそれは」

 「まず庚申というのは干支のこと。ご存知の十二支と、甲乙丙丁……といったような十干を組み合わせ、古代中国や日本では時間、日、月、年、方角など全てに当てはめられた」由良の目にだんだんギラギラと野心的な光が宿り始めた。

 「それぐらいは常識だろ」実際はよく分かっていなかったが、取り敢えず話を合わせる。

 「十干の庚と十二支の申を組み合わせたのが庚申となります。古来この日には平安貴族は眠らずに夜っぴて過ごした。それが後代になって、渡来してきた仏教と結びつき、土着した後に庚申信仰になった。その際に祀られたのが青面金剛像だった。そして、その下には必ず三匹の猿が従えられるようになった。こう言う風に」

 と由良は制服のポケットから一枚の写真を会議机の上に滑らせた。

 石碑が映っている。そこには像が彫り込まれていた。厳めしい顔で四本の腕を持ち、その各々の手には槍やら楯のようなものを握った人が何かを踏んづけていた。その下で三匹の猿がそれぞれ目を、口を、耳を塞いでいた。

 「この踏ん付けられているのは?」由良は訊いた。

 「邪悪」と種村、押さえるべきところはちゃんと押さえる奴らしい。

 「イグザクトリー(そのとおりでございます)、邪悪。邪悪なものは見ない言わない聞かない、そういう所信表明的な物が、この猿たちには示されてる。龍、これぐらいは答えてくれなくちゃ」

 ん、何か一瞬由良の顔にゲスい笑いが浮かんだような気がするぞ。

 あからさまに見下されてるようで頭にくるな。

 「ところが、ここからが神仏習合の面白いところ。仏教の起源は?」

 「インドだろ」すかさず答えてやった。

 「当然。ところがインドには他にも宗教があった。ヒンドゥー教ね。これが一緒に伝来してきた。創造神ヴィシュヌこそが青面金剛の前身であり、ヴィシュヌを本体とする叙事詩『ラーマヤーナ』の主人公、ラーマに仕えるハヌマーンこそが三猿の前身である、こう熊楠は言う訳。お猿さんが西から東へ渡来してきた」

 なんだかようやく文芸部らしくなってきたな。正確には『幻想文学部』だけど。

 由良は何を考えているのだろう。ファンタジー小説のネタ探しか。幼馴染みだからといって、考えが読める訳ではない。その意味では由良にはいつも驚かされ通しだ。

 「今日は偶然に庚申の日でね」由良はぽつりといった。

 「そうだね」と言って種村はスマホの画面を見せる。カレンダーで表示された本日のところに『庚申』の文字があった。

 よほど高性能なカレンダーだな。そんなのなかなかないぞ、そう思いながらも僕の背筋に何かが走った。

 それは冷たい予感だった。

 何かが起ころうとしている。今日が「庚申」にあたるという事は単なる偶然ではない。この二人はそれを既に知っている。僕一人だけが今この瞬間まで『それ』を感じ取る事が出来なかったのだ。

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