第八章 撲滅の賦(2)
「させないっ!」
「ワンッ! ワンッ!」
驚いた。四方犬が体育館の中に駆け込んできた。続いて由良も、篠田も、種村も、矢川も全員一緒だ。
「四方犬ったら、龍くんのにおいを嗅ぎつけてここまでやってきたんですのっ。流石頭が良い子ですわっ」と篠田は四方犬の頭を撫でていた。
「龍、三島の幻想は複合よ。<<剣>>は幻想を強化する幻想なの。<<音楽>>で作り出された影を実体化させた。そんな程度の幻想なんて、龍が負ける訳がない! 龍は最強の幻想を持っているだもん!」由良は叫び続けた。
「そ、そんなこと言われても!」僕はしどろもどろになって答えた。
「わたくしっ、龍くんに命を救われましたわっ。でもその代わり、龍くんが好きになりましたのっ、でも、そうじゃないですわっ。わたくしはその後も、もっともっともっともっともっと、龍くんのことが好きになりましたのっ、これは龍くんによって生かされたことと関係ないですわっ! 格好いい龍くんの姿を見て、どんどん好きになったんですわ! ですから龍くんが三島さんなんかに負ける可能性は全くないですわっ! わたくしは今まで言いたかったのですわっ!」篠田も負けじと大声を張り上げた。
「種村の好きな澁澤は負けない」と、種村は一言だけだが、応援の言葉を投げてくれた。
「ほんとだったら皆を殺そうとした私が大口を叩けるはずもないけど」矢川が言った。「お兄ちゃんは私に居場所を与えてくれた。大好きだよ、お兄ちゃん」
突然皆が告白し始めてビックリした。
先手を取られた由良が前に進み出る。その足下に四方犬が付かず離れず寄り添っている。
「龍、そんな奴やっつけちゃって、皆でお茶を飲みましょっ! ……ボソッ(好きよ)」
最後の言葉が聞き取れなかったが、変な勇気が湧いてきた。
「おい、三島っ、いくら何でも横暴だぞ! いい加減に止めろっ」
「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!」三島は子供のように頭を振って、それを拒んだ。
「いつまで経っても目が覚めないんだよっ!。大人になれっ、君の妹は死んだぁ! いい加減に認めろっ! このネオテニーがっ、インファントがっ! 成熟を拒否するのかっ!」
「そうだっ、僕は断乎と成熟を拒否するっ! 僕には妹がいる。それは変えられない! 僕には守りたい仲間がいるっ! 誰もそれも変えられないっ!」僕の念頭には先程聞いたゴンブローヴィッチの話があった。
「それならっ、死ええっ! 澁澤ッ!」
鋏が前に滑り出した。
そうだ。
僕には仲間がいる。
決して失いたくない仲間たちが。
そのために戦う。
もう決めたんだ。
「龍!」
意を決したかのように息を呑んで、由良がこちらへと駆け出した。
そして、僕の側によると手をギュッと握りしめる。
「もしかしたら、わたしの<<破幻>>と龍の力を合わせれば、三島を倒すことが出来るかも知れない、出来るか分からないけど、やってみよっ!」
僕は頷いた。途端に由良の瞳が僅かに光始めたのが分かった。
二人で声を合わせて、叫ぶ。
「幻想展開!」
やっと、少しの澱みなく言い切ることが出来た。
途端にそこに舞い落ちてきたものは。
薔薇の花弁。
一枚、一枚と天井から降り注いで、床を覆い尽くし、巨大な鋏をもまた覆い尽くす。
そうして、三島の身体をも覆い尽くす。
三島はビックリしていた。身体を左右に動かし、身をもぎ離そうとする。しかし、止むことなく花弁は降り注ぎ続けていた。
鋏は花弁に覆われ、音を立てて、力なく床に落ちる。
メフィストフェレスは雪のように降りしきる薔薇の花弁に胸を頬を掌を焼きこがされて往生したと書かれてある。
何か本の一節だったか、この言葉が思い返された。
確か、出口に読まされたんだっけな。
メフィストーフェレスに自分を擬した三島はその通り、胸を頬を掌を全て花弁で覆い尽くされていた。
焼き尽くされ、とまではいかなかったが。
だが、僕は見た。
三島の目に涙が浮かんでいるのを。
今まで三島が泣くなどとは、ましてや泣くところを見るなどとは思ってもいなかったのだ。
「し、澁澤……」
何を思ったか。僕は前に進み出ていた。
そして、三島を抱き締めてやったのだ。




