第八章 撲滅の賦(1)
朝の光が部屋を満たしてきていた。
起きて早々、何故か嫌な予感がして、僕は妹を隠していた筺を開けた。
居ない。
居るはずの妹がそこにはいないのだ。
信じられる訳がない。
僕は不安になってあたりを見回した。しかし、ベッドの下も、机の上にも、どこにも妹の影もかたちも見えなかった。
「龍、どうしたの! 声が聞こえたけど」
由良がドアを叩く音がした。僕は急いで鍵を開けた。
「妹が、いない」
「妹って?」由良の顔に驚愕の色が浮かんでいた。
「妹って、ミサさ?」僕の方が驚き呆れていた。
「ミサって誰? それに、龍の妹さんは……」由良は暗い顔になって黙り込んだ。
「あの人形」と脇から顔を出した種村が言った。
後ろで控える矢川は別段動じていないらしく、少し薄笑いにも見えるような表情をしていた。
「人形じゃないっ! 僕の妹だっ」声も限りに叫ぶ。
僕は二人を外に出して素早く着替えを終え、階段を下りた。
途中で篠田の部屋を通り過ぎたがまだイビキが聞こえる。それには目もくれず駆け抜ける。
「龍! どこ行くの。今日は日曜よ」と由良は必死に叫んだ。
「学校だよ、こんなことするやつは一人しか思い付かない。三島だ。やつに会って何としてもとっちめて、妹を返して貰うっ!」
由良は何度も後ろで呼び止めるが、我慢ならない僕はそれを無視して走り抜けた。
朝食も取らずに家を飛び出した。
学校への道程を普段の倍ほどの速度で歩き始めた。休日だからか人通りは少ない。
学校の校庭はがらんとしていた。
今日も練習があるだろう運動部はまだ来ていないらしい。
僕はすぐに生徒会長室に向かう。
三島は学校で寝泊まりしているらしい。ということはそこにいる可能性が高い。
ドアは開いていた。僕はズンズン中に入っていく。
机の上にはまだ吸いさしのピースが残っていて、灰皿の中で薄く煙を立てている。
その横には紙切れがあった。
体育館に来られたし
と達筆で一行だけ書かれている。これが僕に宛てたものであることは間違いないだろう。
急いで廊下に出て、体育館を目指した。靴のままだったことに気付いたが、この際そんなことはどうでもいい。
体育館はがらんとしていた。
先日の狂躁が嘘のようである。
「澁澤ッ!」
高らかな声が響いた。
僕は振り向く。
三島だった。軍服を着用し、両足を揃えている。右手を後ろ側に隠していた。
眼光が赫奕と光輝き、こちらを睨み据えている。
「君は、『五箇条』違反した! だからぼくがこの手で粛清してやるッ!」
何時もなら保っているはずの冷静さを完全に無くし、叫んでいた。それに当てられたのか、僕の怒りは反対に萎んでいった。
「何を言ってるんだ? 僕はそんなことなにもしていないぞっ! 三島、お前の方がどうかしてる。僕の妹をどこへやったんだ? 返してくれっ!」
「これか、これが、君の妹だと。笑わせるんじゃないよっ!」
と、三島は隠していた方の手を前に出した。その先には妹の脚が握られていた。
ミサは宙にだらんとぶら下げられている。
<<オ兄チャン……>>
「やっぱりか、なんでこんなことやったんだ!」また怒りの感情が蘇ってくる。
「こんな人形が妹だとまだ信じ込んでいるのか。そんな妄想は捨てろっ! 君の妹は死んだんだッ!」
「いや、僕の妹は生きているっ!」
「これでもかッ!」
三島はミサを床に投げつけた。そして、関孫六を抜き放った。しかし、力なく若干蹌踉めいて、いつものような覇気がない。顔色も悪いようだ。
「止めてくれっ」
刀はミサに突き立てられた。
しかし、悲鳴も何も聞こえてこない。
「幾ら刺しても血もでないだろっ、それもそのはず、これは人形だ! 血も涙もない人形なんだっ! 何故君はそれが分からないんだっ! 何故君はそれを認めようとしないんだ!」
僕は頭を抑え、床にくずおれた。
「あ、ああああっ!!!!!!!」
訳が分からなくなり大声を上げる。何なんだ。ミサは一体何なんだ。ぼくは、三島は、いったいどうだと言うんだ。
「君は、『五箇条』を破った。君は幻想を共有した。幻想文学部の部員達とっ! 君は彼女たちを支配し、彼女たちの恋愛感情を煽っている。彼女たちと魂まで結び付き合おうとしているっ! それは僕の『五箇条』違反だっ!」
いささかヒステリックなまでに三島は喚き散らした。豊かな髪を振り乱して、何度もこちらを指さして論難している。
それで僕にはまた冷静さが戻ってきて、こう言うことが出来た。
「三島、お前は言ってただろ。『五箇条』は手前勝手なものもあると」
「そ、そんなの知らない。君は破った、だから粛清だっ」やや焦りの色が感じられ始めて来ていた。
関孫六を地面に突き立てる。
「さあ、ぼくの<<音楽>>を聞けっ!」
「幻想展開」
途端に件の大きな鋏の影が姿を現した。
「もう一つ使わせてもらうよ、<<剣>>を!」
そう言ったが早いか、軍刀は三島の手を離れ、影の中に吸い込まれていった。
それと共に影が床から立体的に起ち上がって、実際にこの空間に姿を現したのだ。巨大な鉄製の鋏が目の前にあった。
ユックリと鈍い音を立てて、鋭い刃を打ち合わせながら、鋏はこちらに迫ってくる。
何も分からないまま終わるのか。
「ハハハハハッ……」
僕は自嘲した。こんなところで。




