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シブサワくん家で午後五時にお茶を  作者: 浦出卓郎
第七章 『仮面』の告白

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第七章 『仮面』の告白(3)

 五人で帰ろうと靴箱に辿り付いたとき、黒のスーツで身を固めた髪の長い女の人がその前に現れた。

 何か物々しい雰囲気で、いささか殺気だったようにも感じられる。

 思わず僕らは身構えた。何かしてくるのだろうか?

 「澁澤龍臣さんですね」とその女の人。

 「そうですが、何か」

 「坊城と言う者です。三島梓様の家令になります」

 家令。

 とは、また随分と大時代がかった言葉だな。 

「三島梓様が是非、お話をしたいと仰っています。澁澤さんお一人と話されたいということですが、お時間宜しいでしょうか」

 「何よそれっ! いきなり一方的に! あの三島の母親でしょ。龍にするか知れたもんじゃないわ」と由良が口を挟む。

 「由良」僕は言った。

 「行かせてくれないか。何としても話したくて」

 「龍……」と押し黙る。

 「みんな、良いだろ?」

 「私は別に」と矢川。

 「んうううっ、龍くんがどうしてもというなら仕方ありませんわっ」

 「種村も異存ない」

 理事長三島梓と初めて対面する時が来たのだ。

 

 

 坊城さんは終始無口だった。同乗したキャデラックの中でも会話は殆どしなかった。

 ただ憂鬱そうな顔で車窓を眺めている。

 運転手はそれにも増して無口で、一切の発言も漏らさなかった。

到着まで二時間は掛かった。三島邸は都心の方にあった。手持ち無沙汰なので本を読んだ。とうとう『シルトの岸辺』を読了してしまう。

 それにしても何というか、和式の豪邸を想像していたのだが、現れ出たのは洋式の家だった。白堊の厳めしい壁が郊外の林の中に聳え立ち、鋭い切り妻屋根が張り出していた。

 鉄扉が開かれていた。僕の来るのを待ち兼ねていたらしい。玄関へと続く小径を辿り、家の中に入った。

 ヘラジカの首がそのまま左右の上方に飾られているような長い廊下を歩いて行くと、一つの部屋の扉が突き当たりにあった。

 案内してくれた坊城さんはそこまで行くと、

 「それでは失礼致します」と礼をして退席した。

 ドアをノックすると、自然に開かれた。自動式なのだろうか。

 大きな机に腰掛け、両指を合わせて肘をついていたのは、テレビなどでも見る三島梓その人だった。

 なるほど、三島は自分の母親からポーズを真似している部分はあるんだろうな。

 その金髪も母親譲りだ。

 「こんにちは。澁澤龍臣くん。わざわざ来て貰って、どうも。私の方から出向いた方がよかったんだろうけど、生憎多忙でね」ややハスキーな声を掛けられた。赤い色の襟の高いガウンを身に纏っている。

 「初めまして」僕は怖ず怖ずと言った。

 「いや、初めましてじゃないんだよ。私は君と何度か会ったことがある。まるで覚えてはいないだろうけれどね。因みに当時の私の姓はヒラオカだった」

 ヒラオカ。出口の言っていた事と寸分違わず一致した。

 「はあ、さいですか。三島……由綺さんと僕が昔知り合いだったと言うならば、確かにお目にかかったことはあるのでしょうね」

 『由綺さん』。自分で言って何だが、変な感じだ。

 「由綺のことは、君にも一度話して置きたかったんだ。由綺が何故あの学校を作ったのかをね」

 「やはり由綺さんが作ったんですか」

 「そうだ。由綺が本来作らなくていいものを自発的に作ったんだよ。あらかじめ言って置くが、由綺はこの家にいないよ。学校で寝泊まりしてるのさ。幻想のことは知ってるね?」

 「まあ、一応は。実見してきましたし」

 「本人の妄想を具現化する力のことだ。個々の力に強く依存するが、海外派兵の際に戦闘員に身に付けさせることで、飛躍的に能力を高めることになるからな。本来なら極秘裏に成人に対して調練を施す予定だったのだが、それを由綺は何故か未成年の生徒に対して行う事を提案した。そのために作られたのが柘榴国高校だ。妄想力の強い生徒を集めて、幻想を展開させる実験場とはこれはまた面白い提案だなと、笑わせて貰ったよ。それなら、その学校を運営できるだけの魂を期限以内に集めてこいと発破を掛けたら、ちゃんと集めてきた。きちんと時間を守ってね。これは君も知っての通り、花田清美君の協力あってのことだが。その後、七年間の間の卒業生の中から、戦地で活躍させることが出来た者を何割かは得られた」

 これは、普通の母子の間柄じゃないな。

 「それは確かに聞きました。でも、何でわざわざ、そんなことしようとしたのですか」

 「由綺は君に気付いて貰いたかったからだろう。君の妹を蘇らせたかったんだよ」

 押し黙ってしまった。何と答えて良いものか、僕は答えを探したが、とてもじゃないがみつからない。

 飽くまで落ち着いた声で三島梓は話を続ける。

 「由綺は君の妹を殺してしまったと言う罪悪感に苦しめられていたんだろう。特別に依頼して君の妹そっくりの人形を作らせたんだよ。でも馬鹿だね。そのようなことやっても失った命は戻ってくるはずはないのだから。実際幻想を展開する事で幾らでも不思議なことを起こすことは出来るが、死んだ者を蘇らせることは絶対に不可能なのだからね。学校の地下に君の妹そっくりの人形を幾つも置き、そこに魂を込めると言う奇策には全く、恐れ入ったものだ」と言って笑った。「しかし、いくら魂を備蓄してもそれによって君の妹が帰ってくることはない。由綺はそうすれば君が戻ってくると思っているのさ。君が忘れていた自分の記憶を全て取り戻し、彼女に微笑み掛けてくれるのをね」

 「そ、そんなことを言われても、第一、僕の妹は生きてるんです」

 「澁澤くん、君は人の話を聞かないね」

 ギクッ。少ししか会っていないのに、そのようなことを指摘されるとは。

 「それは本当に聞いていないのか。敢えて聞いていない振りをしているだけじゃないのか?」

 「というと?」

 「君は重大な事実を看過しているのではないかね。それは君自身の根本に関わる事だ」 

「な、何を言いたいんですか」

 「まあいい。それはいずれ分かるだろう。ともあれ由綺はどうなると思う?」 

 「どうなるって?」 

 「由綺は君を振り向かせるためならば何でもする。それこそ人を殺すことさえ厭わないだろう」

 「そんな……!」

 それにしても、この人はなんなんだろう。自分の娘なのに、まるで他人のように突き放した態度である。

 「君には仲良くしてる女生徒がいたね。もちろん由綺も生徒会長だ。克己心は持っているだろう。だが、君が彼女たちと仲良くすればするほど、由綺は孤立感を覚え、嫉妬に駆られるようになる。もう君だけしか見えていないのだからね。やがてはそれを我慢出来なくなるだろう」

 「確かに、最近の三島の言動はおかしかった……」

 「それをどうにか出来るかは君の去就に掛かっていやしないかね」とこちらの顔を見据えた。

 僕は黙ってしまった。

 「話はそれだけだ。君からは何かあるかね」 

「特には……。僕が聞きたかったことは全部言って頂きましたし」

 「帰りは坊城に送らせよう」

 坊城さんが入ってきて、右手を曲げて軽く一礼した。僕は一緒に外に出た。

 車は出発する。

 もう暗くなりつつあったが、学校まで無事に帰還できた。

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