第七章 『仮面』の告白(1)
それは、大船駅の近くのコンビニでガス代と光熱費を払い込んだ帰りだった。
僕は偶然ジムが新しく立てられたことに気付いたのだ。
壁がガラス張りで中の様子が透けて見えた。何人か内側で行き来している。
種村のことを真っ先に思い出した。あまりに縁の薄いところだが、一度ぐらい入ってみるのは悪くない。
入り口で会員登録を済ませる。係員のお姉さんが中へ優しく案内してくれる。
女性が多かった。ちょっとドキドキしてくる。
トレーニングウェアにみんな着換えてきていて、何も持ってきていない僕は内心拙いと思ったが、どうしようもなかった。
中を暫く巡った後、一人の金髪の女性と擦れ違ったのだ。手には清涼飲料水を持っている。
はじめは気付かなかった。それは三島だった。
驚愕の面持ちを浮かべてこちらを見ている。恐らく僕はその倍以上もそうだっただろう。
「りゅ、澁澤っ」三島は顔を伏せた。何で下の名前を。
「こんなところに来ていたなんて驚いたな。あの孤高の生徒会長様らしくもないじゃないか」
「か、身体は、鍛えなきゃならないと思って」えらく興奮気味に喋っていた。
「種村が鍛えたいって言うからさ、何か教えてくれないか」
「お、教えるよっ、でもまた今度ね」
「何か変だぞ。今日の三島」
「変じゃないよっ、こういうオフな場だから、ちょっと調子狂っちゃって」
「三島が言うようなセリフじゃないぞ」
「三島がって、なんなんだっ、ぼくが言っちゃいけないセリフがあるのかっ!」今度はえらく食ってかかられる。
「いや、そういう訳じゃないけど」
「ともかく」
「ともかくもないだろ。何か教えてくれても」
「人に物を聞こうっていうのか。それもこのぼくに」
暫く沈黙が続く。
「いいよ、分かったよ、付いてきな」早口に叫ぶと先に歩いていった。
並み居るランニングマシンやステップマシンは完全に無視をして、三島が辿り着いたのは重いバーベルが吊されてあるトレーニングマシンのある部屋だった。
台の上に三島は横になったかと思うと、バーベルを握り締め、腕を上下させ始める。
僕を完全に無視して、その作業に没頭し始めた。
「ちょっと三島さん、ダメじゃない。いつも上半身ばかり鍛えて! ステップやランニングもちゃんとやらないと。偏ることなく、満遍なくね」
「ああっ、ごめんなさい!」
少し年上のお姉さんらしい人が、声を掛けて来た。三島は全く狼狽えてしまって、何とか声を絞り出した後は、バーベルを握り締めたまま固まっていた。
「あれれっ、このお兄さんは? もしかして、三島さんの彼氏? 三島さん不器用だからそんなことできないと思ってたけど、ややっなかなかやりますなあ」
「そっ、そんなんじゃっ!」三島は顔を真っ赤にしていた。
その瞬間だ。バーベルが手から滑った。このままじゃ直撃だ。
僕は出来るだけ動いて、それを上から掴んだ。
ぐにょ。
バーベルを抑えたまま、僕の腕は三島の乳房に触っていた。
僕の背は三島より高いので、やや屈んだかたちになって、顔と顔が向き合う。眼を見詰め合っていた。
その空色の瞳が輝いていた。三島の顔色は真っ赤から蒼白に変わりつつある。
「うっ」喉首が動いて声が聞こえた。
僕はビックリしてバーベルを持ち上げる。クソ重たい。ビックリして二三歩後ずさり、床に投げ出した。
「ふーっ」
ぜいぜいと息をした。三島は完全に固まっていた。
なんと話して良いか、全くわからない。それよりも目眩がした。急に動いたので貧血でも起こしたのだろうか。
お姉さんが空かさず折りたたみ式の椅子を持ってきてくれた。それに坐って休む。
三島は半身を起こしていた。
「……出て、言ってくれ」
「三島」
「出て行ってくれ!」
三島は叫んだ。悲痛な叫び声だった。その場に居たたまれなくなるほどの。
僕は思わず走り出してしまった。
受付では直ぐ帰ってきたことを何度も謝ったが、入会費の振込はまた後日でいいと教えて貰ったので、助かった。出来るだけ遠くに行きたい。
速攻で家に帰った。
翌日、放課後になると僕は一人で保健室に行った。式場隆の言葉を思い出したからだった。
彼女は三島について何かを知っている。
「おんや、随分とお久しぶりだあね」くるっと椅子が回り、ボブの頭がこちらへと向いた。
「先生、僕は」
「わかっとるよ。三島由綺のことさね」
「その通りです」
「これを、見い」
と折りたたまれた紙を差し出す。僕はそれを受け取った。
ベッドに座ると紙を開いた。そこには文字がぎっしりと敷き詰められてみた。達筆である。読んでみる。最初にこうあった。
式場先生 三島由綺
「これはっ!」僕は驚いた。
「私信じゃないですかっ!」
「そうさね」
「こんなものっ。いくら三島とはいえ、見ちゃいけないでしょう」僕は紙を突き返そうとした。
「澁澤君のことが書いてあるんよ」
「ええっ」
気になる。僕は罪悪感を抑えながら続きを読み始めた。




