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シブサワくん家で午後五時にお茶を  作者: 浦出卓郎
第六章 ワイズ・チルドレン

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第六章 ワイズ・チルドレン(5)

 次の日、目覚めた途端、激しい筋肉痛が襲ってきた。うーん、やはり昨日のがきつかったか。

 「龍、どうしたの、顔色悪いよ? 今日試合なのに」と由良。

 「大丈夫大丈夫、いずれ治るだろ」と答えた。

 ――――――――――治らなかった。

 六時限目まで鈍痛が体中を走り、居ても断ってもいられない。ろくに授業すら聞いていられなかった。

 最悪のコンディションだ。  

 篠田と矢川に両側を抱え上げられて、体育館への道程を急いだ。

 「龍、救急車、呼ぼうか」由良はスッカリおろおろして、近くの薬局で買い占めた湿布薬の箱を詰め込んだ袋を両手に持ったまま、後から付いてくる。いくら何でも買いすぎだっての。

 体育館には人が溢れかえらんばかりだった。ビックリした。美食部の動員力は凄い。

 その中には松山や多田の姿も見分けられた。 

 「おいおい、えらくやばそうだな。そんなんでいけるのか」

 「棄権した方がいいんじゃない?」

 二人とも心配そうに声を掛けてくれるが、そう言う訳にもいかない。頼み込んだ丸谷の手前、そんなこと許されるはずがない。

 体育館の中央には巨大なリングが設けられていた。余り詳しくないが映画などで見るプロレスのリングに酷似していた。相当な金を持ってるな。

 待機所として、リング脇に設置されたパイプ椅子に坐り、僕は手当を受ける。

 ブレザーが脱がされ、カッターを剥ぎ取られた。

 シャツを脱がされた。これで上半身裸だ。恥ずかしい。女の子が五人僕の周りを取り囲んでいる。多田も輪に加わったのだ。

 皆ちょっと興奮しているらしく、息を呑んでいた。

 まな板の上の鯉とはこのことだろう。おのおのの手で肌の上を触られるのがよく分かった。おいおい、湿布薬を貼り付けるんだったろ! 何やってるんだ。

 「思ったより、龍の肌って綺麗ね」上擦った声が。

 「んもおっ、このおぉ、龍くんったら女の子より美肌ですわっ!」と言って肌をぱちんと弾かれ、痛みが響いた。いてえ。

 「種村が湿布全部貼る」小さい種村は人一倍身を乗り出していた。

 「お兄ちゃんには絶対女装させるから」矢川、半笑いの顔が怖い。

 「……」多田は無言で僕の肌を触っている。どうしちゃったんだ、みんな。

 結局体中触られまくった後、湿布でぺたぺたにされてしまった。薬がじんじんと滲んで効いてくるのが分かる。 

 あまり喋る気力もない。すっかり黙ったまま顔を伏せてパイプ椅子に腰掛けていた。

 由良がことある事に声を掛けてくれるが、一言二言答えるのが精一杯である。

 「これはこれは、澁澤くん~」誰かと顔を上げると柴田宵の陰気な顔が現れた。

 「えっ、先生も来てたんですか?」思わず声を出した。

 「そりゃこれだけの大騒ぎ、立ち寄らない訳がありませんよー」と手を振って言う。  

 「にしてもなかなか大変そうですねー」  

 「筋肉痛で……」

 「なんか運動でもしたんですかねー」

 「いえ、ちょっと、身体をぶつけちゃって」あまり詳しく話さない方がいいだろう。

 「見に来たわよー」と花田先生がその横にいることに気付いた。うわあ、あまり近寄りたくない。

 「引かれてるみたいねえ、先生悲しい」と言いながらもその顔は笑っている。

 「そりゃ、そうですよ、あんなことされて」 

 「もうあんたなんて先生じゃないわ、花田よ花田、呼び捨てでいくわ」由良は叫んだ。本気で怒っているらしい。

 「んほほほほっ、由良さんは怒りっぽいですわねっ、その程度のことでぷんぷんしてたら血管ブチ切れますわよっ!」

 由良が向き直ったその瞬間、丸谷がリングへと上がり、マイクを手に取った。

 「紳士淑女の皆さん、挨拶はたいへんだと申します。わたしもこういう場合に際して、皆様に何と御挨拶すればいいか暫し迷いました。そもそもスピーチ等というものは、長々と続けるものじゃなく、簡潔に終わらせればいいのです。言いたいことを即、皆様に伝える、それがわたしがこの場に於いて行うべきことと思います。今からわたしが部長を務めます美食部から選ばれた三名が、幻想文学部の三名、プラス補助二名と闘います。試合は各自三十分、相手を戦闘不能に追いやった方が勝ちという実にシンプルなルールです。組み手は幻文部副部長種村季菜さんと川村二葉、篠田十一子と百目鬼元恭、そしてわたし丸谷三才と、澁澤龍臣くんで行いたいと思います。種村さんの補助には矢川さんが、澁澤くんの補助には由良さんが付きます」

 ……種村と篠田は唖然としていた。そりゃそうだろう。

 由良と矢川にはもう伝えてある。お互い牽制し合っているので、情報が漏れる心配は皆無だった。

 実は由良は当初、篠田の補佐に回って貰うつもりだったのだが、急遽僕の補佐になって貰った。理由は筋肉痛である。

 体育館に行く直前に丸谷へメールを送ったのだが、もう素早く見て反映させたらしい。

 「それでは、種村さんと二葉、前に出て」と丸谷は言い、リングを下りた。

 川村二葉は躊躇いなくすたすたと上っていく。その長い髪を靡かせながら。容姿を目にした観客から深い溜息が漏れた。

 種村は矢川から距離を置いて、不安そうに辺りを見回していた。

 「さっ、早く行けよ」僕は言った。

 「澁澤何かしたのか」と種村は無表情ながら、ちょっと暗い顔付きになって答える。

 「い、いや、何も」

 「澁澤何かした」

 「……ああ、したさ! お前と矢川の仲が悪いのが気になったんだ。二人で闘えばチームワークも得られるだろうって」

 「逆に負ける」と、吐き捨てるように言って、種村は鞄とは別に持ってきた手提げ袋からミサ――いや、人形を取り出し、リングへと向かい始めた。矢川はといえば、なんと種村より先に上っていた。

 こんな二人で大丈夫なのか。

 種村は人形を床に置いた。その後ろに矢川が控える。

 川村は両手を前に構えた。

 「季菜とこういう形の勝負は初めてだけど」と川村。

 「種村は負けない」

 ゴングが鳴った。

 「幻想展開ファンタスマゴリア・ディプロイメント」 

 先手を打ったのは種村だ。人形がムックリと身を起こした。周囲の空気が振動し始める。リングが音を立てて動いているのだ。

 いや、それだけじゃない。

 辺りにある金属類が音を立てて震えていた。ゴング自体もだ。それらが振動しながら、僅かずつ表面を削られていっているのだ。

 全く暴力的なやり方だ。

 削られた金属の破片は、人形の周りに集約し、体中を覆い尽くす。いきなり人形は宙に浮き上がり、姿を変えた。

 長方形の箱が現れたのだ。その両脇からは八つの手脚が生えていた。何れも鋭い爪を持ち、人を容易に傷付けうる能力を兼ね備えているのが分かった。

 「『フランク・ブラウン』、この子は棺」と、種村は言って指を鳴らした。

 すると棺の蓋がバンッと音を立てて開いた。

 そして、そこからギザギザと尖った鉛色の歯が幾本も突き出したのだ。手足で捕らえた相手を箱の中に入れて食い殺すのだろう。謂わば空中浮遊するミミックだった。

 おい、種村。旧友を殺す気か?

 「死ぬ気でやれってことね」川村は呟いた。 『フランク・ブラウン』は空の箱の部分を川村の方に向けて、カクカクとした動きで迫ってきた。

 リングは自由に逃げ回れるほど広くない。

 それでも川村は出来るだけ、端の方へ逃げた。 

 「幻想展開ファンタスマゴリア・ディプロイメント」と、川村もまた例の文句を口にした。そして前に屈み、四つん這いになって、一種犬のような姿勢を取ったのだ。

 「一体何をしようって言うんだ」僕はいった。

 「龍、こいつは強いわ」由良が答える。

 と、見ると川村は大きく跳躍して、棺の横を掠め去り、リングの向こう側に移った。

 ガチャン。

 見る間に箱から伸びた二本の腕が、見事に切断されていた。

 だが、切り離された腕はすぐさま宙に浮かび、元の部分に接合される。

 川村の手足を見ると、長く爪が伸びていた。 いや、それだけではない。

 その体中から灰色の剛毛が生えていたのだ。制服は破け飛んでいた。

 「アイツの幻想は<<人狼>>。瞬間的に狼に変身して、身体能力を向上させるの。ただし、変身後は若干理性のリミッターが聞かなくなるみたい。後は、説明は入らないわね」と由良が言った。

 川村はそのまま、『フランク・ブラウン』の腕と何度も打ち合いを続ける。こちらもまた、今まで以上に速さを増していっていた。激しい勢いで、腕が何度も切り離され、その度に元の場所へと戻り、再生されていくのである。

 そうこうする内に、規定の三十分はあっという間に過ぎ去っていき、残すところ一分となった。

 川村は少しずつ種村のいる方に向かって間合いを詰めてきていた。

 『フランク・ブラウン』は脚の回復が川村の爪の動きに追いつけなくなっていった。

 種村にも疲労を与えるらしい。額には冷や汗が流れ、顔色は蒼白くなっている。

 「今だっ」と川村は『フランク・ブラウン』に突進した。鋭い爪は見る間に箱を切り裂いた。

 その間に身を滑り込ませ、川村は反対側へ入り込んだ。両断された箱は力なくリング上へと落ちる。

 川村は明らかに種村を狙っていた。一撃で仕留めようと、全身全霊の力を込めて、長い爪を前に繰り出す。

 お互いを殺し合おうとしている。これが旧友同士なのか。

 丸谷は止めようともせず、それを微笑んでみている。『命の取り合いをする訳ではありません』なんて大嘘だ。

 伊木先輩の凶行以来、この高校が実は恐ろしいところだと認識しはじめてはいた。だが、にも関わらず、僕はのうのうと日々を送ってきたのだ。

 むしろ、それ以前よりも充実した日々だとさえ。

 でも、今、目の前でかつての友人同士が殺し合おうとしているのを傍らから眺めたとき、自分がその渦中にいる間よりもずっと生々しく、その事実を現実だと思い知った。

 これらの思考はほんの一瞬のことだった。

 種村は無防備だ。

 橋川戦の時と全く同じだ。抵抗の色は少しも見えない。黒い瞳で見据えていた。それを受け容れる覚悟は出来ているようだった。

 いやだ。そんなことはさせたくない。

 だが、僕は種村から余りにも離れた距離にいたのだ。

 その時だ。黒い影がだっと種村を抱き締めたまま、川村の反対側まで駆け抜けた。

 矢川だ。  

 全力を込めて種村を狙おうとした川村は、リングの網にその身体をぶち当て、転がった。 

 その瞬間、試合終了のゴングが鳴らされる。

 『フランク・ブラウン』に吸収されたのでベコベコになっていたが。

 第一試合は引き分けだ。

 種村は赤ちゃんのようになって、矢川に抱かれていた。

 「種村さん、なんでこんなことをしたか。私分からないよ。さっきまで死んじゃえって思ってた。でも、川村さんに殺されそうになった時、勝手に身体が動いていたんだ。一時でも並んで本を読んだからかな。変だよね。敵なはずなのに」

 「種村は」と言ったまま、答えられずに黙した。

 二人は並んで戻ってきたが、種村はすっかりしゅんとなっていた。

 橋川戦もそうだが、自分の防衛の薄さを突かれ、負けそうになったことが悔しいのだろう。覚悟は出来ていても、生き残れば同じ過ちを繰り返してしまったことに気付く。

 だが、時折ちらちらと矢川の方に目線を投げかけていた。

 「おおおおおおおおっー」観客の男どもの歓声が漏れる。

 川村の方は大の字でごろんと転がったまま全裸になっていた。

 体毛がすっかり消えて透き通った肌が見えた。見ているこっちまでが涼しくなってきそうである。

 その幻想の性質上、見られることには慣れているのか全く表情の色を変えず、静かに起ち上がった。 

 乳房の膨らみも、大きすぎず小さすぎず、素晴らしい均衡を保っている。

僕は思い立ってそこに掛けてあったタオルを掴み、リングに近付いて、川村の方に投げてやった。

 それは見事に空中でキャッチされる。

 「ありがと」とこの人にしては珍しく、ややぞんざいに答えた。

 タオルを纏った。

 「季菜」とリングの上から、声を掛ける。「強かったよ、とても楽しかった」

 「種村も身体鍛える」と呟くように答えた。「川村には絶対負けないようになる」

 篠田は最初のうちこそビックリして口をぱくぱくとさせていたが、試合が始まると固唾を呑んで、その進行を伺っていた。

 「二葉、よくやったよ」戻ってきた川村と丸谷は笑って握手していた。

 「さあっ、次はわたくしの番ですわっ」前の事はすっかり忘れたらしい。

 ある意味篠田のいいとこだ。ただし、次の僕の戦いを見てまた思い出すかも知れなかったが。

 リングはいくらか破損していたが、試合はすぐさま続けられることになった。

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