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シブサワくん家で午後五時にお茶を  作者: 浦出卓郎
第六章 ワイズ・チルドレン

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第六章 ワイズ・チルドレン(1)

 その夜、自室で僕はスマートフォンを見て、遠くの友人とメッセージの遣り取りをしていた。相手は北海道にいる。前に言った、つい会話がいつまでも続いてしまう相手の一人だった。

デグチ 23:03「へー、そりゃたいへんだな」

 シブサワ 23:03「いかにも他人事だな」

 デグチ 23:04「だって他人事じゃんw」 

 出口裕子。

 黒髪姫カットのいかにも日本人形のような美人である。古風な名前を持ち、玉川上水で情死した某作家のファンを称する正統派の『文学少女』だが、意外にマイナーどころも抑えているので由良とも僕とも話が合った。ただし、物事をはっきり言うので毒舌家としても知られている。

 実は保育園からの幼馴染みだ。由良よりも付き合いが長い。

 なので、僕のことは僕が知らないことすらもよく覚えていた。大変記憶力が良い。そんなこと言ってたっけと驚かされることが多々ある。

 それが何を思い立ったのか、一人札幌の高校を受験して進学した。柘榴国高校には入らなかったのだ。その理由はいくら訊いても教えてくれない。今ではこうやってメッセージをやりとりするのみで、年賀状すら寄越してこなかったが、顔が見えないので深夜まで長時間メッセージを交わす事は多くなった。

 文章では随分砕けた男口調である。忌憚なく話していたが、幻想のことは伏せた。部外者に情報が流出してしまっては大変だ。

 デグチ 23:05「変わった女の子ばっかりに囲まれて両手に花束な生活を送ってるって訳か」

 シブサワ 23:05「そうは言うけど、今まで部活動もしなかった、人とも関わりをもってこなかったとこに、いきなりだぞ。最近どれだけ叫んだか、数え切れないくらいだ」

 デグチ 23:06「シブサワは案外面倒見がいいからなー。昔も親しくしていた女の子がいたじゃん? 小学校に入る前のときんことだ。あの事故の前のことだったかな」

 あの事故? 何のことだろ。

 デグチ 23:06「あ、この話タブーだったっけw? 流石のシブサワもイヤだよな。妹が亡くなった時の話されるのは。口では話したことなかったし」

 シブサワ 23:06 「?」

 何を言っているんだろう。この時ばかりは僕は友人の頭を疑った。

 僕の妹はミサで、ちゃんと生きている。今もこの部屋に連れてきているのだ。何を言っているのだろうか。

 デグチ 23:07「確か何だっけな、あ、そうだ、ヒラオカって名前だったか。あの事故の後、すぐ転居しちゃって行方がわからなくなったんだった。今どうしてるのかなあ。西洋人形みたいな髪の毛で、うちのは真っ黒だからちょっと羨ましくなったんだった。あんまり付き合いなかったけど、シブサワは随分仲良くしてたよなあ」

 シブサワ 23:08「デグチ、お前何を言ってるんだ?」

 デグチ 23:08「何をって?」

 シブサワ 23:09「俺の妹は死んでいない、ちゃんと生きているし、今も側にいるんだ。それにヒラオカなんてやつ、聞いた事もない」

 僕も文章ではいつも『俺』を使う。

 既読にはなっているが、出口からの反応は暫くなかった。

 焦って反応を急かした。

 シブサワ 23:15「既読スルーかよ」

 デグチ 23:17「そっかー、おかしいなー。うちの記憶ではそうなんだけな、あ、この話はもう止めよ?」

 と、話の鉾先を変えようとしてきた。

 シブサワ 23:17「なんだよそれ」

 僕の発言を無視して出口は続ける。

 デグチ 23:18 「ところでさー、シブサワは言ったことないから札幌って、案外田舎だって思ってないか?……」

 その後、他愛もない話が一時間以上続いたが、もやもやが残った。

 会話が終わった後、僕はこの部屋に持ってきた筺の蓋を開き、ミサを膝の上に抱え上げた。

 「ミサ、お前はちゃんと、ここにいるよな?」

 <<ウン、ミサ、イツマデモオ兄チャントイッショダヨ>>

 安心した。妹はちゃんとここに居るんだ。僕は再び妹を筺の中にしまい込む。

 出口は確かに記憶力がいい。僕の知らなかったことまで覚えている。だが、今回のこれはいくら何でも信じがたい。

 しかし、信じられないと思ったその反面、あの夢の断片が思い返されて、とても出口の言ったことが嘘とは思えなくなるのだった。 あの少女は誰なんだろう。そんなことを思いながら僕はスマホの電源を切り、ベッドに横たわるとすぐに眠ってしまった。



 こんな夢を見た。

 僕とその少女は共に歩いていた。手を握り合っている。今なら恥ずかしいこともその時の年齢なら普通に出来たのだ。

 そこはちょっと郊外のようで、夏らしい。よく考えれば子供の頃に何度か行った覚えのある景色だった。

 蝉の声が乱れ打ちに聞こえて来た。

 「暑いね」僕は話し掛けた。

 その少女は答えない。強く握り返してきただけだ。

 「アイス買おうか?」

 「うん」

 僕らはコンビニに入った。冷蔵庫に向かい、ともにコーン付きのバニラアイスを選ぶ。

 会計を済ませると、外に出て二人でぺろぺろ舐めた。

 少女の鼻にクリームが付いている。

 それを手で拭いてやった。

 いきなりされたので、少女はビックリして僕の方を見ていた。

 そして、二人で笑い合った。

 「こんな時間がずっと続いて行けばいいのにな」不意にそんな言葉を漏れた。

 「うん、そうだね」と少女。


 ここで夢は終わった。窓から朝の光が顔を照らしてきていた。

 「龍くぅん(ハァト)」篠田が覗き込んできた。

 しまった。出口との会話に熱中し過ぎて、自室の鍵を閉め忘れていた。

 種村が続いて覗き込んでくる。ここまではまあいつも通りだ。

 あれ? 一人足りない。

 「由良は?」

 「由良さんは、矢川さんのところにいっておりますのっ、ねえ、龍くん、今更矢川さんのことなどどうでもいいですわっ! わたくしとだけで、わたくしとペアで登校するべきですわっ!」

 ずごっ。

 種村が素早くその太い腰に蹴りを入れた。しかし、びくともしていない。

 「でも何で矢川ん家に?」僕は驚いていた。

 「んー、そうですわねぇ」と顎に拇指と人差し指を当てて軽く捻る振りをする。「学校へ連れて行くんだとか言ってましたわっ、なんでそんなお節介を焼くのか、よく理解できませんけどっ!」

 「なんでもいきなり思い立ってするんだなあ」

 僕は驚いていた。あれほど矢川を嫌っていた由良がである。

 甲斐甲斐しいばかりに世話を焼き始めたのだ。あの写真を見てから由良の中で何か変化が起こったらしい。

 家を出ると二人の姿が見えた。駅からここまで歩いてきたらしい。左手で矢川の手を引き、右手をこっちに向かって振る。

 「全く、由良さんは困ったさんですわねっ! 何を考えてるんだかわかりゃしませんわっ! 矢川さんだって、一人で学校ぐらい行けますわっ」

 「お言葉ですどっ、私は澄香を早朝からやってる美容院に連れていってたのよ。だから電話して、あんたを叩き起こしたって訳」と相手の口調を真似てからかう。

 矢川の髪は以前と比べて遥かに短くなってはいたが、綺麗に整えられて、以前のように切られたままではなくなっていた。いきいきとまではいかないが、以前と変わりなく眼の光を取り戻していた。

 それにしても、矢川を下の名前で呼んだのには驚いた。

 由良は何でもあっさりしている。敵対していても相手を受け容れたらすぐにでも仲良くなれるところが由良にはあった。その反面仲良くなるまでが一苦労なのだが……。

 「さっ、とにかく、みんなで行きましょ」と由良が叫んだ。

 僕ら五人は並んで歩いた。まさかこのメンバーが再び揃うとは考えてもみなかった。矢川とはあれでお終いだとばかり思っていたのに。

 矢川は微笑んでいた。

 「私、楽しいな。今まで一人で通学しかしたことなかったんだもん」

 「矢川」

 「何?」

 やはり後を続けられない。まさかこんな場所で謝れよとも言えなかったし、矢川に謝罪を要求したい気持ちなど毛ほどもなかった。とはいえ、あんなことをしたんだから、と言うような躊躇いはいまだに残っていた。

 「話して見たら案外面白いやつでさ、『不思議の国のアリス』と『鏡を抜けて』の話で意気投合しちゃった。あれは普通の童話だと皆思ってるけど、実はそうじゃないのよ」と由良は気楽に喋り続ける。鋸で斬られた相手に対して随分な警戒のなさである。

 学校に着いて、それぞれのクラスに分かれると同じ教室に向かわなければならない矢川と僕が廊下を二人で歩くことになった。偶然、種村が二人だけになるのを一番未練がましく眺めていたことに気付き、驚いた。といっても、無表情のままの長い凝視なのだが……。

 「澁澤くん」

 「何?」

 「本当にごめんなさい」と深々と頭を下げた。

 「許してくれると言ってくれるまで頭、上げないから」

 僕はびっくりした。最近立て続けに人から謝られる機会が多かったが、ここまで言ってくる例は矢川が初めてだ。

 「そんな謝るもなにも、最初から怒ってないから! さ、頭を上げてくれっ」

 しばし躊躇って矢川は面を上げた。

「私、澁澤くんたちが、どうしても楽しそうで、嫉妬してた。考えれば考えるほど、澁澤くんたちのいるような風景の中にいたことが、私にはなかった。父さんもほとんど家に帰ってこないし、母さんは別居していた。友達も上辺だけで学校に来れば話すけど、皆自分の話だけしかしない。毎日が退屈で退屈で。高校から帰宅部になったから、満津とも時間が合わなくなっていった。澁澤くんたちだけが楽しくやっているって思っちゃった」 

 「そんな! 僕はむしろ毎日疲れてるんだ」 

 「それは充実してるってことじゃない」と矢川は微笑んだ。

 「そうかなあ」

 「美玖にも全部話して、謝ったんだ。そしたら許してくれた。自分も片親で寂しかったんだって」

 由良を下の名前で呼ぶ人は賢哲さんを覗いたら初めてだった。こんなに短時間で人は仲良くなれるものなんだろうか。

 ただ、二人の境遇は似ている。口で訊いた時には分からなかった由良も、写真を見た時にそれを瞬時に理解し、矢川を許したのだろうか。僕の推測が当たっていることを願いたい。

 「それでね。澁澤くん、私から一つお願いがあるんだけど」

 「なんだよ」ちょっと戦々兢々とする。

 「私にはお兄ちゃんがいた」

 「知ってるよ、多田から話を聞いた」

 「そのお兄ちゃんに澁澤くんが、ちょっと似ているんだ」

 「えっ?」 

 驚いた。矢川の家にあった写真はそこまで観察して見たわけではなかったので、そこまで顔が似ているとか覚えてはいなかった。

 「だから、ほんとに、しばらくの間でいい、澁澤くんのことお兄ちゃんって呼ばせてくれない? 今の私には、お兄ちゃんの代わりが必要だってこと、よく分かったんだ」

 「そ、そんな。僕と矢川は年齢離れてないはずじゃないか」

 誕生日は知らなかったが、それでも二人の身長差はさほどある訳じゃなかったし、種村の方がむしろ妹と呼べるぐらいだ。

 「満津の言うとおり、私、子供だよ。精神年齢は澁澤くんの方がずっと上だよ、だからいいでしょ? お兄ちゃん」

 もう呼んでるし。

 「じゃあいいよ、なんとでも呼んでくれ」

 話が長くなり過ぎた。もうホームルームの時間に突入している。

 僕らは教室のドアを引き開けた。

 「また遅刻か、こらっ澁澤! ……矢川」呉后一の怒号は竜頭蛇尾に終わった。矢川の顔を見た途端、勢いが大幅に削がれたのである。 

 矢川はそれを無視して笑顔のまま、自分の席に戻った。さっと、周りが椅子を引く音がする。

 確実に避けられていた。

 隣に座ると、僕まで避けられた。

 続いて数学の授業が始まったが、矢川はパタンと机の上に突っ伏して眠ってしまった。老齢の教師はそれを咎めることもなく淡々と授業を進める。

 休憩時間に入っても矢川は一人で本を読み始めた。今までのように人と話すこともしなかった。

 「矢川、変わったな……」

 休憩時間になって、僕は再び話し掛けた。矢川は一人で堂々とコンビニで買ったと見えるサンドウィッチを食べようとしていた。  

 「そう、私吹っ切れたんだ。お兄ちゃん」大きな声で答える。周りの生徒が皆びっくりしてこちらを振り返った。

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