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シブサワくん家で午後五時にお茶を  作者: 浦出卓郎
第四章 『惨虐性』と『偽計』

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第四章 『惨虐性』と『偽計』(7)

 大船駅に着くと、また僕らは走り出した。 空を見上げる。

 さっきの龍が四つの翼をはためかせて、こちらに首を向けていた。捕捉されたのだ。

 だが花を開いた蓮が、その隣で回転していて、龍の動きを妨害していた。

 「餓鬼、見付けたぞっ!」橘さんが叫んで、駅前の横断歩道に急降下してきた。

 物凄い勢いでコンクリートが抉られ、その破片が周囲に飛び散った。

 群衆は皆驚いて悲鳴を上げ、逃げ去っていく。破片が当たり、負傷して倒れ込む人々も幾らか見受けられた。

 竜の口が開かれ、そこから無数の骨が吐き出されて、こちらを狙ってくる。

 ヒューッ!

 地面に突き刺さったかと思うと、たちまち破裂した。骨を使って爆弾のようなものを生成できるようだ。また被弾する人々も出た。

 篠田と僕はびっくりして、飛び跳ねながら逃げて回った。 

 松山が幾らか細工をしたからだろうか、竜の動きは極端に鈍くなった。一足ごとに舗道に足形を付けていった。

 信号を無視して学校に向かう道を走り抜けながら、相手と距離はある程度引き離せている。

 隘路に入ったので、竜は通れなくなった。再び翼をはためかせて上空へと飛び立とうとする。

 それを追ってきた蓮の花が間に滑り込んできた。ひょっこりと花弁の中から松山が顔を出す。

 「松山ー!」

 「取り敢えず、大丈夫だぞ」

 「すげえなお前、そんなこともできるのか!」

 「能ある鷹は爪を隠すものだぜ」と得意げに言ってまた花弁の中へと隠れる。

 「クソガキどもがあ!」

 迫り来る竜に跨がったままの橘さんの顔には青筋が浮かんでおり、僕らに対してかなり切れているらしい様子が窺われた。

 その右手には竜の身体から分離された骨が集まり始めていた。非常に凄まじい速度でなされたので、瞬きをしている暇もない。たちまちの内にそれは形をなす。

 現れ出でたのは巨大な銃身だった。

 それも全てが骨によって構成されたもので、引き金まで何かの恐竜の喉仏が使われているようである。

 「さあ、これで皆殺しいっ」と、その先を僕らに向けてきた。

 ザシュッ!

 直ちに小型恐竜の頭を使用した弾頭が射出される。

 かなりの勢いと思われたのだが、僕の目はその動きがスローモーションであるかのように見え、逐一追う事ができていた。

 驚いて隣を見ると、篠田は眼をぱちくりさせている。どうやら僕だけらしい。

 松山はと言えば、すかさず曼荼羅を広げていた。

 しかし既に蓮の花も動かしているために、消耗は大きかったようだ。

 恐竜爆弾は曼荼羅で暫く動きを留められたが、やがてそれを通り抜け、やや動きを緩めながら蓮の花の片側で破裂した。

 爆風は物凄かった。竜の口から飛ばされたものの比じゃない。

 僕らは顔を覆った。

 蓮の花は片側を焼かれ、ちりちりと炎を上げていた。

 「松山、大丈夫か!」僕は声を掛けた。

 蓮はフラフラと宙に浮いたままだったが、再びそこから松山は顔を出した。

 「いいからお前等は早く学校に行け! そこでこいつと決着を付けろ!」

 その言を聞いて、僕と篠田は一散に学校までの道を駆け始めた。

 松山は橘さんを挑発しつつ、相手を巧みに誘導していっていた。


 

 さんざん走っても、なかなか校舎は近付いてこなかった。 

 普通はバス推奨の通学路なのだ。次第に樹木の影も見え始め、春の陽光がきらきらとその枝を通して地面へと舞う。追われていることを忘れれば、何とうららかな一日であることか。

 校門は開かれたままだった。朝ここに集まった時とはえらい違いだ。

 校庭に到着すると、篠田は再び門の方へと戻り、道路を越えて体育館の方に走っていき、そこから以前使った竹刀を数本持ち出してきた。

 「おい、鍵開いてるのか?」

 「そこは、まあ、こちょこちょとしたのですわっ」少し決まり悪げに言った。

 走ったせいだけなのだろうか? 額には汗が流れていた。

 「ここから反撃ですわっ!」空元気を振り絞って篠田が叫んだ。

 「幻想展開ファンタスマゴリア・ディプロイメントっ!」

 <<気化>>が発動された。

 以前と同じように篠田の身体はゆっくりと膨らんで透明になり、周りの空気に溶け込んだ。

 グラウンドには何人か日曜に登校してきた運動部がいたが、篠田は全く構う様子がなかった。戦闘に没頭すると、配慮も忘れてしまうらしい。 

 「みんな危ない、逃げろっ!」

 僕はらしくなく叫んだ。ここで叫ばないと、竜との戦闘で死傷者が出るかも知れないだろ。

 何か起こりそうな雰囲気を感じ取ったのか、他の生徒達は急いで校舎内に駆け込んだ。

 続いて爆風。骨爆弾が複数地面に突き刺さり、円形の穴を開けた。

 竜が、その上に舞い降りた。

 「さあああああっ、ここの生徒全員ブチ殺して参りましょうかねえっ!!」興奮した様子で橘さんは叫んだ。

 しかし、そう言った途端、橘さんの右腕の銃身が音を立てて爆発した。

 「な、ああああっ、な?」意味不明な声を上げて、橘さんは燃える自分の右手を見詰めていた。

 「んほほほほほっ! 幻想を展開しさえすれば、こっちのものですわっ! わたくしがどこにいるのかお分かりになりますことっ?」

 篠田は気化したまま容赦のない打撃を加え、骨組みの竜の外装を一つ一つ剥ぎ落としていった。橘さんは動き回って躱そうととするが、篠田は重圧を掛けて、それを押し留める。

 「こうなっては何もできませんわねっ、素直に敗北をお認めなさいましたらっ?」上機嫌になって篠田は言った。

 竜の身体が震えた。気化した篠田が骨組みの竜の隙間から内部に入り込んで、竹刀を振るって暴れ回り、破壊を繰り返しているようだ。全体が大きく傾ぎ、尻尾は胴体から分断されて弾け飛んだ。

 「ちくしょう。ちくしょしょおおおおおおっ! アタシが、こんなガキにいいいっ!」

 橘さんは喚いたが、突然何を思ったのか歯を剝き出して、不気味な笑いを浮かべた。

 「そうか。それなら、一人だけでも殺しちゃおうかあああ、そこの無防備なヤツッ! シブサワ、てめえだっ!」

 突然ティラノサウルスの頭部が胴体から分離され、激しい勢いで射出された。橘さんはそれに両手を預け、共に凄い勢いでこちらに向かってくる。

 顎を最大限に広げ、鋭く尖った歯を見せながら、恐竜の頭が迫ってきた。

 「龍くんっ!」気付いた篠田は叫んだが、もう遅かった。

 「死ねええっ!」

 しかし、僕はやはりそれをさっきと同じようなスローモーションの光景として眺めていた。

 考えろ、何か手はあるはずだ。

 「シルフェ、消えよ」

 口を突いて出て来たのはその言葉だった。

 不意にティラノサウルスの頭部が静止した。僕まであと、ほんの三十センチばかりの距離だった。

 風が凪いだのだ。しかし、それは偶然のものではなく、その空間が完全な無風状態に陥ったかのような不自然さを残していた。それは射出された頭部の勢いを削ぎ、力無く地面へと落としたのだった。

 橘さんは呆気にとられた顔のまま、大の字になり、地面に寝転んでしまった。

 パチパチパチパチ。

 聞き慣れた拍手が響いてきた。

 軍靴の音は聞こえない。ここはグラウンドだからだ。

 こちらに向かって歩いてくるのはおなじみの金髪の乙女。三島由綺その人である。

 「やあ、関心関心。まことに大した『重症者の兇器』じゃないか、ね、澁澤? まさか『シルフェよ、消えよ』などという使いにくい文句をこう言う風に活用できるとはね。これこそまさに、発想の顛倒だ」

 「何でお前が出てくるんだ?」僕はびっくりして尋ねた。

 「由綺様は幻想を展開できる人間が、この近くに潜んでいる事を存じておられたのであります」と口を添えるのはその脇に控えた橋川文だった。

 「前からそれらしい輩があの博物館には潜んでいると知っていたが、焙り出す必要があったんだ、ね、澁澤。君にはそこに行って貰うことにした。花田君の協力を仰いでね」

 「なんだって?」なおさら驚きだ。まさか花田先生が僕らを嵌めるなんて。

 「今日も、ちょっと顔を見せてはいたんだけどね。本人は流石に気が咎めたらしい。ごめんなさいと謝罪を言付けて帰ったよ」

 「んおおおっ、あなたは何という人なんですの! 龍くんはそれで死にかけたんですわっ。もしそんな事になったらわたくし、絶対に許しませんわっ!」元の姿に戻った篠田が叫んだ。花田先生より三島の方に難癖を付けたいようだ。

 「篠田君、君も澁澤を殺す気で狙っていたのではなかったのかい?」

 「うっ」篠田は言葉に詰まった。

 「しかも君は『重症者の兇器』によって澁澤に価値観を顛倒させられ、それで澁澤を好きになったんじゃないのか。それもごく最近のニワカだろ。自分から愛し始めた訳じゃない?」

 何故だろう。この一言は三島らしくない気がした。妙に余裕がないというか。

 「そんな顛倒とか、大したもんじゃないって。ただ助けたいから、助けただけだ」僕は口を挟んだ。

 「いや顛倒だ。君は『重症者の兇器』を振るった。今回もそうだ。君は普通なら橘に殺されているはずだった。その運命自体を顛倒させてみせたじゃないか、ね、澁澤」と三島は言った後、橋川に合図して、橘外女を連行させた。

 抵抗する意志をなくした橘さんはすっかり意気消沈して、橋川の誘導のままに外へ消えて行く。

 「どこへ連れて行くんだ?」

 「もちろん政府のお偉いさんのところだよ。つまり、ぼくの母親だ。幻想の事が世間に漏れたら一大事だよ。社会的に消えて貰うしかないだろうね」

 「そういうとこは意外と現実的なんだな。じゃあなんで誘き出して、町を破壊させるようなことをさせたんだ」

 「ぼくが見たかったからさ。ぼくは見たいのさ、ね、澁澤。君の綺麗な死を」

 微笑みを浮かべたまま三島は白手袋をした指をピンと伸ばして、僕の顎先を持ち上げた。されるがままにしてやった。

 「君が血に塗れて死ぬところを、ぼくは見たいんだよ。ぼくはメフィストーフェレスになりたいんだ。君をとことんまで堕落させてやりたい、ね、澁澤? なのに、君は律儀に『五箇条』を遵守して逆らう事も考えない」

 その眼は動じることなく僕の眼を見詰めている。

 「もちろん、政府は今回の件も上手に揉み消すさ。それよりも、ね、澁澤? 君は由良君を助けに行かなくてもいいのかい」

 はい? 何をいってるんだ。

 「どういうことだそれは」

 「水族館には由良君と矢川君と種村君が向かった。その中の一人が二人を殺そうとしているとすれば、どうだろうか」ニヤリと三島は笑った。

 嫌な予感が蘇ってきた。

 矢川だ。きっと間違いない。

 「でも、由良がそれを見抜けないはずがない、何故なら……」

 「それが通じない相手もいる、ということさ」

 「それは……」

 「さあ、こうしている間にも時間は過ぎていくよ?」と腕時計を見た。

 「第一、『五箇条』に違反……」

 「それでは、ぼくも時間通りに動かないとね」

 三島はそれには無視をして、後ろ姿を見せ、去って行った。

 すぐさま由良に電話を入れた。繋がらない。心配はますます募る。

 「花田先生、一体なぜ……」僕は思わず呟いた。

 なんで花田先生は僕らを窮地に誘い込むような事をしたのだろうか。顧問を務める部活の生徒たちを危険にさらすようなことを。

 『惨虐性』と『偽計』。

 二つの言葉が浮かんできた。いつかは思い出せないが、由良が好んで使っていたことがあった記憶がある。

 花田先生の知られざる部分がここ数日で明らかになった。

 それにしても何で。普通の先生だと思っていたのに。

 「キヨちゃんは昔からそんな人ですよー」バサッと目の前に髪が垂れてきた。

 ビクッとして僕は後ろに下がった。

 柴田宵である。

 「なんで、柴田先生がっ!」僕は怖気を震っていった。

 「偶然今日はいやないやな休日出勤でしてねー。キヨちゃんとは会えませんでしたが、連絡はとりましたよ」とスマホを指し示す。

 「こういう捻くれた愛情表現しかとれない人なんですよー。獅子は子を千尋の谷から突き落とすなんつって自分の生徒達を窮地に追い込んで、それでも憎まれないでいられると思ってるのがねー」

 「……」絶句するしかない。

 「まあ、そういう人なんで、勘弁してあげてくださいな」

 「あのな、僕たちは死にかけたんだぞ!」僕は流石に声を荒げた。

 「でも、君たちはもう、そういう魔道みちを歩いているんでしょー?」柴田先生はゆっくりと言った。

 返す言葉はなかった。

 「それよりも、まだ助かるかも知れないんですよ? 早く由良さんのところへ行きなさいな」

 僕はなお黙っていた。

 「由良さん、君がいれば絶対負けないと思いますよー」耳元で呟かれた。

 それで決心がついた。何がなんでも行く。行って由良を助け出す。矢川も、種村も。

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