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シブサワくん家で午後五時にお茶を  作者: 浦出卓郎
第四章 『惨虐性』と『偽計』

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第四章 『惨虐性』と『偽計』(2)

 ――で、なんでこいつらが付いてくる。ぞろぞろと金魚の糞みたいに、ドラクエの仲間みたいに、僕の後ろに三人が随伴してきた。

 「何か怪しいですわ」

 「龍一人ではいかせない!」

 「種村行きたい」

 揃って言ってるよ。

 柴田宵も最初は呆れ顔だったが、

 「まあ、人数が多い方が面白いかもしれませんねー、今日はキヨちゃんの月に一度のオシゴトの日ですから」とぼそっと言う。

 「花田先生が?」僕は訊いた。

 「面白いオシゴトですよ」何か柴田先生の口調には若干妖しげな雰囲気が漂っていた。

 何を見せる気なんだ。全くのらくらと定まらない鵺のような性格の先生である。

 花田先生は顧問とは言え、ただ本を読むだけの部活なので、部員が揃って、僕が鍵を預かる役目を引き受けた後はあまり関わりがないのが実情だった。面倒臭い役回りはすべて僕に回されるのだった。

 柴田宵の車はワゴンだったので、生徒四人は楽々と乗せられた。

 でかい篠田が僕の右横を占め、由良が牽制して左横に着座する。種村がちょこなんと僕の膝の上に飛び乗った。

 「こら、タネっ」由良が叫んだ。この間までさん付けだったはずだが、もう仇名で呼んでいる。

 「んほほほっ、種村さんったら。お子様みたいですわ」篠田は口元に手を当て余裕を見せる。

 その顔にべしっと蹴りがクリーンヒット。由良ではない。種村が無表情のまま黒靴下を穿いた右足を放ったのだ。一応靴を脱いでいるあたりに優しさが感じられる。

 「私、お酒だめなんっすよ。だから、宴会の送迎はいつもやらされるんですねー」たばこに火を付けながら柴田先生は言った。

 車が出発する。春のこととて、まだそれほどに暮れてはいない。暁の光が窓から入り込んで、眩しく感じる程だ。

 「それで、どこにいくんですの?」

 僕もそうだが、乗り込んでしまった後に行き先を聞くとは、恐れ知らずというか。

 「ちょっと都心にね」

 それだけ言って柴田先生はたばこをくゆらしながら運転に集中した。どうも怪しい。

 二時間弱は走っただろう。

 徐々に辺りは暗くなる。

 朝が早いので寝足りなかったのだろう、篠田がイビキをこいて眠りだしたのには参った。

 右側からでかい乳がこっちに接近してくる。篠田の頭は僕の肩に乗っていた。

 むにいっ。

 僕の腋の下を通って、たっぷりとある肉が入り込んできた。

 一心に『ボリバル侯爵』を読み進んでいる種村の背中と僕の膝の間で広がる。

 温もりが伝わってくる。

 ちょっとうとうととしていた由良が、突然そちらに気付いて目を剥いていた。

 「龍っ!」

 小突かれて僕は右側に傾いだ。だがそれぐらいで起きる篠田ではない。

 「むにゃむにゃ、もう食べられないですわ」寝言と共に涎がだらっと。

 種村の尻が膝の上で擦られたが、本人は一切動じていない。集中すると周りが見えなくなる性質らしい。

 「そろそろつきますよー」と柴田宵がぼそりと言った。

 ワゴンは静かに止まった。よほど車の扱いに慣れてるんだな、この先生は。

 由良と種村が外に出た。

 「おい篠田、起きろ」僕は何度も篠田を揺り動かした。

 十回ぐらいそれを繰り返しただろうか。

 「あ……龍くん!」

 驚いて居住まいを正すがもう遅い。涎をハンカチで拭いていた。

 「いくぞっ!」

 「駄肉ばっかり、ずるい」由良は心底不満そうに唇を突き出していた。

 「仕方がないだろ、一人じゃ起きれなかったんだから」

 言った後で少しきつすぎかなと思って後悔した。

 「んほほほほっ! 寝たもん勝ちですわねっ」

 ……幸い本人は傷付いてはいないようだ。

 看板のネオンサインが輝いている。 

 『BARドラゴミラ』?!

 見るからに妖しげな雰囲気の店である。周囲にも似たような感じの店が多い。ここは新宿歌舞伎町だろうか。

 あのー、教師が未成年をこんな場所に連れて行って宜しいのでしょうか。

 柴田宵は一向に構わず、車を隣の駐車場に移動させていった。

戻ってくると、バーの扉を開けて入った。顔パスらしく、ボーイが案内する。外で待っている訳にもいかないので、僕らも続いて入ることになった。

 しかし、いかがわしい内装である。エミール・ガレの贋物のようなランプが置かれてあったし、壁紙にはフランス革命期の凄惨な虐殺の有様が描き込まれており、天井際には不気味な仮面がずらずらと並べられていた。ジェイムズ・アンソールでもあるまいし。

 「ここ、SMのお店」種村がぽつりという。

 「なんだって?」

 「ドラゴミラってザッハー=マゾッホの小説の主人公」

 マゾッホ、聞いた名前だな。

 確かそれと対になる作家の名前がいたはずだぞ?

 あれっ、Mの反対はSだから……。

 なぜだろう。思い出せない。

 柴田先生はズンズンと進んでいった。

 ある扉の前で立ち止まる。開閉式ののぞき穴があり、中の様子が窺えるようになっていた。

 「先ず私がっ!」何事も一番が好きな由良が手を上げた。

 篠田はちょっと悔しそうな顔を見せはしたが、順番でごねるのも大人げないような気がしたのか、出来るだけ余裕の表情を浮かべるように努めていた。

 「おおお、ほほおおっ!!」

 よく訳の分からない奇声を上げて由良は振り返る。

 その顔は真っ赤だった。タタタッと小走りに移動して僕の隣にやってきた。

 「龍は、見ちゃダメ!」

 何だよ。そんなこと言われると余計に見たくなるじゃないか。

 続いて覗いたのは篠田である。

 「んほおおおおおっ、おおほいほい!」

 また理解不能な声が上がった。由良同様に顔を赤くして、ドタドタと僕の周りを走り始めた。

 三番目に覗いたのは種村だ。

 「種村これぐらいでは動じない」

 こちらは無表情である。

 だがよく見ていると、瞬きの回数が増えていることが判明した。

 少なくとも何かが、ある。

 「さあ、澁澤くんの番ですよー」柴田先生は授業の一環であるかの如く、恨めしい調子で囁いた。

 僕は覗き穴を見た。

 ほお、男女がいる。

 しかも女の方は鞭を持っているのではないか。これで男を虐げていることが分かった。 

 女は網タイツに黒皮のブーツを穿きボンテージを纏っている。

 典型的な女王様衣装である。しかも白貂の毛皮を巻いて、膝を曲げて相手の男の首元に高々とブーツを乗せているのだから。

 そして目だけを覆う仮面を被ってはいたが、それは花田清美本人で間違いがなかった。

 僕は混乱した。

仮にも学校の先生だぞ。それが何故こんな店にいるんだ?

 「キヨちゃんは魂をすなどっているのですよ」

それでピンときた。学校の地下の水槽に浮かべられた僕の妹の分身――人形たちの事を思い出したのだ。 

 種村によればその人形には魂が閉じ込められているという。

 花田先生が行っていることは、それと関係があるのだろうか。

 「まあ今はもう殆ど引退なんですけどねー」

柴田先生は続ける。

 結局この先生も何か知ってるんじゃねえか。 気にはなったが、他の連中も居る手前、口火を切ることが出来なかったが、

 「魂って、学校の地下に隠されているというアレのこと?」と我慢出来なくなったらしい由良が叫んだ。

 僕が知っていてはまずいことなので、口出しは出来ない。

 「あれってなんですの?」篠田が興味深げに訊いた。

「知らないんだー。情弱ね」由良は偉そうに鼻で笑う。

 篠田はムッとしたようだが、中途半端に空気が読める分、人前なので噛み付くことも出来ないらしい。

 「学校の地下には魂の貯水池プールがあって、それが妄想力の高い生徒たちに力を与え、幻想として発現させる。プールの管理者の生徒も存在している。この中で知ってるのは私とタネぐらいね。まあタネは当人だからだけど。龍は知らないでしょ?」

 知らない振りというのもなかなかめんどくさい。

 「初耳だなあー」

 「あれっ、あんまり驚いてないのね」流石に由良の勘は鋭い。

 だが突然何かを思い付いたのか、

 「魂を漁るって、つまり花田先生がお客さんを殺して回ってたって事?」と柴田先生に話し掛けた。

 「確かにマゾヒストにとって魂だけになって自分の死体を眺める事は最大の御褒美の一つでしょーけれど、そこまではやってないようですよー。『よう』と言うのは私の知っている限りではという意味ですけれどねー」

 「じゃあどういう風にしてるのよ」

 「お客さんの魂の一部をカットするような方式のようですねー」

 「魂をカットだって?」僕は驚いた。先ず人間に魂があるという前提で話が進んでいるのもなんだったが、それをカットするだなんて、常人のなせる技とは思えない。

 本気で殺人事件を起こした伊木先輩は置いておくとしても、おかしな幻想を展開する連中を目の当たりにした今でも信じられないほどだ。

 「七年前柘榴国が作られた時に、魂を一番蒐集した功労者がキヨちゃんだということは、知ってる人は知ってますからねー。まあちょっとどうやるのか見てれば分かりますよー」と柴田宵は言う。

 すぐに僕は覗き込んだ。誰にも先を越されないように。

 音は聞こえないが、おそらくは巧みに相手の自尊心を壊す言葉を投げかけているのだろう。激しい鞭の打擲が行われていた。とても痛そうだが、客は寧ろ喜んでいるように見える。元よりお金を払ってこういうお店に来ているのだ。

 こういう相手は下手な女王様だと激怒するという。ルイス・ブニュエルの「昼顔」で見たのだが。

 と、そのお客の口からうっすらとした白い煙が立ち上るのが見えた。

 なるほど、これが魂か。

 って、そう簡単に納得出来る訳がないだろ!

 「見せて見せて」

 「興味深いですわっ!」

 突然、由良と篠田が僕の両側に顔を寄せてきた。特に篠田の割合がでかいが、双方からの肉厚で押し競饅頭になった。

視界が揺れて残念ながら当然、観察は続行不可となった。

 ただ、何か物凄くエッチなやり方で魂は吸い上げられていたように思った。

 『五箇条』によれば幻想展開は本校内以外は禁ずとあったが、これは該当する事例ではないのだろうか。

 「こらっ! 龍、私が見れなかったじゃないの」

 「残念ですわ……」

 再び覗いた時にはもう客は床に倒れ込んで、花田先生は誇らかに立っていた。

 

 

 「あら、あなたたちも来てたの」カウンターに坐り、酒杯を傾けながら、いかにも気さくな感じで花田先生は言う。

 「私が連れてきたんでさ」と柴田宵が説明した。

 「せんせい、せいしょうねんのきょういくじょうあまりにもふきんしんすぎるとおもいます」僕は一応言って置いた。

 「確かに、ちょっとねえ」と花田先生は戸惑いの表情を浮かべた。「でも、あなたたちも『幻文部』と称するからには、幻想が展開される現場には居合わせたことはあるんでしょ」

 「何回かはあります。でも正直よく分からないことも……」

 「そりゃ分からないままに死んでいくかもかも知れないんですしねー」不気味な感じで柴田先生は言った。

 「ちょっとヨイちゃん!」花田先生は口を挟む。「生徒を脅かすようなことを言わないで頂戴」

 「でも、事実でそ?」花田先生相手だと柴田先生は更に砕けた敬語になるようだ。ため口ではないところがミソである。「由綺様的には生徒が死んでくれる方が好都合なわけですしおすし」

 「まあそれはそうだけど……。話によると澁澤くんは人の話を聞かないそうね」とまた杯を渇かした。

 おいおい直球だなあ。

 「そう、龍は人の話をろくに訊かないんです。昔ーっからそうでした。都合の悪いことになるとけろっとして、覚えてないんです」由良も言ってくれる。

 「由良さんみたいに、何て言うか、濃いい女の子と一緒にいて、それで知らなかったって言うのが不思議でならないというか」矢張り柴田宵から情報は伝わっているようだな。

 由良は気恥ずかしそうな表情を浮かべ、くしくしとアホ毛を弄っている。

 「でもあまりそんな身近で、事件なんか起こったことありませんですから」僕は慌てて手を振って弁解する。

 「ちがう! 龍は一年の時、目の前でクラスメイトのアレがもげても知らない振りをしていたもん」

 アレってなんだ? まあ、これは聞かなかったことにしよう。

 「龍くんが知ろうが知るまいが、そんなことはどうでもよろしいですわ。そもそも、そんなに龍くんと親しい『はずの』由良さんに、そこまで龍くんと共有した記憶がない、というのはどう考えてもおかしい話じゃありませんこと」と篠田はジト眼で冷笑する。

 ぴきっ。

 由良が切れたらしい、地団駄を踏んでる。白靴下着用である。

 「このっ、駄肉が!」腕をくるくる回している。本来だったら殴りたいのだろう。だが流石の由良も先生が二人も、さらに他の客もいる前で暴力を振るうことは難しいようだ。

「二人ともとても仲がいいようね」花田先生が言う。

 「「どこが(ですわ)!!」」」

 またも声を揃えてだ。

 種村は黙々と本を読み続けていた。『ボリバル侯爵』はもう終えたようで、ミュノーナ『スフィンクス・ステーキ』に移っていた。種村には事前に家から学校に持ってきた本のストックが相当量あるようだった。

 「まあまあ」花田先生は二人を抑えた。「でも部活動が室内ばかりっていうのもつまらないじゃない。今度の日曜日でも、課外活動やってみましょうよ、五人で」

 「それいいっ!」由良は言った。

 「外にも出たいですわ」と篠田。

 ちょっと待てよ。五人だと? 僕、由良、篠田、種村で四人だ。

 「それは先生も入れてですか?」僕は訊いた。

 「いいえ、生徒たちだけでよ。私は育児で忙しくってね。今日もダンナが早く帰るって言うから……」

 「五人目ってのは誰なんです」

 「矢川さんよ」

 あ、そうだった。途端に気が重くなる。

 いや、今までの僕としては本来はそれをうれしがらなくてはいけない立場なのだ。だがここ最近の矢川の豹変、更に由良との険悪さとを考えると、どうにも……。

 篠田とはいいのかって? あれは掛け合い漫才のようなもんだろう。しかも最近は安定してきている。

 由良と矢川はそうではない。

 「矢川……」由良は嫌そうな顔をしていた。 篠田は飽くまで落ち着いている。

 「旅は人数が多ければ多いほどいいものですわっ」

 「種村は異存ない」ここで始めて口が挟まれた。

 「それじゃあ決まりね、日曜日の九時校門前に集合で。ええと、最寄りの大船駅から二班に分かれていって貰います。今度逗子に自然史博物館が出来たの。そこへ二人と、江ノ島の水族館に三人で。でも五人だと割れないわね。部員じゃない人から一人来て貰ってもいいんだけど」と花田先生は勝手に話を決めてしまう。本人は行かないようなのに、どうしてこうも仕切るのだろう。

 ここには何かがあるなと一瞬思ったが、

 「龍くん、わたくしと二人だけでも構わないんですのよ」と篠田が身体を寄せてきた。

 「班決めについては私が当日澁澤君にメールするということにします。今決めると揉めるでしょ」と花田先生は屈託なく笑う。

 由良の頬が焼いた餅みたいにぷーっと膨らんでいた。自分が部長なのにとでも言いたげにこちらを見つめてくる。

 ただこちらとしては更なる重荷を背負わされた感じだ。曲者の女の子を四人も一人で相手にしていかなければならない訳だからな。

 そうだ、救援を頼むか……。

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