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シブサワくん家で午後五時にお茶を  作者: 浦出卓郎
第四章 『惨虐性』と『偽計』

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第四章 『惨虐性』と『偽計』(1)

 その日の放課後、僕は呉后一から呼び出された。

 「お前、最近余りにもぼおっとしすぎてるぞ」

 万事放任主義の高校教師が介入するという事はよっぽどなのだろう。

 「先生、すみません。でも僕は授業は一応聞いてるんです」

 「本当かいな?」

 「あと矢川が気になっちゃって」

 「それが本音だろう。高坊だっても女人は気になるもんだからなあ」

 「いえそういうことじゃなくて最近矢川の感じが変なんです」

 「ほお、どういうことだ」

 こいつ。矢川は優等生だから問題は起こさないと頭から決めてかかってるな。

 


 矢川は授業中いつも席を近付けてくるようになった。理由は教科書を忘れたからと言うことだが、これは明らかな嘘だ。矢川のような優等生が毎度忘れ物をするわけがない。  

 何か得体の知れない理由が感じられ、気重で仕方がなかった。

 授業もおちおち聞いていられない。向こうは話し掛けてくるのだが、それを躱すので精一杯だった。

 周りの生徒も流石にびっくりしているらしく、

 「矢川さん」と心配そうに声を掛ける。

 矢川は笑顔をそちらに振り向けるのだが、まるで相手にしていない感じだ。

 休憩時間中も矢川は僕に話し掛けてきた。

 「あの、矢川さん、ちょっといい加減にしてくれないか。僕、もう机をくっつけたくないんだ」

 もう我慢しきれなくなり、はっきり言う事にした。

 「なんで?」

 「なんでって」後に続く言葉が繰り出せないのが悲しいところだ。

 「私から誘うと、今まで皆オーケーしてれたよ」

 変な感じがした。聞き上手の矢川なのに、相手にアピールするのは得意ではないのかと思った。

 まるで自分の言動が相手に受け容れられるのが当然といった感じで。

 「澁澤くん、なんで私の手を払ったの? 由良さんの方を私より取るの? 中学の時、私が入った部活の男の子たちはそうじゃなかった。皆私の手をとったよ。そんなことされたの澁澤君が初めてだよ。なんで? なんで私の手を払ったの?」

 飽くまで笑顔のまま言われるので怖くなった。

 謝りかけたが、僕は何も悪くないことに気付いた。

 「もういいよ。とにかく今後関わらないでくれ」

 「部活は続ける?」

 「続けるよ、それがなんだ」ついぞんざいな口調になっていった。

 「そう」矢川は顔を伏せた。

 話はそれきりだ。


 

 「おい澁澤!」呉の怒鳴り声で回想が断ち切られた。

 「やはりお前がぼおーっとしてるんだろ。人のせいにすんじゃねえ!」

 「いや……」

 と、反論しようとしたその時だ。 

 「おにいたん~」

 可愛らしい声が聞こえる。

 幼女が職員室のドアからヨチヨチと歩いてくる。五歳ぐらいだろうか。小学校に入る直前ぐらいに見えた。

 「智恵!」呉が慌てて叫んでそちらに駆け寄る。「学校にきちゃいけないって何度もいっただろ!」

 「おにいたんっ!」とその膝に幼女は縋り付いた。

 「先生、その幼女は誰なんですか」できるだけシラけた感じでいってやったつもりである。

 「俺の姪の智恵だ。なぜか俺の事を『おにいたん』って呼んでくる。両親がこの近くに住んでるもんでたまにコッソリ学校に入り込んでくるんだよ。来るなと言ってるのに、なんども来るんだ」

 「おにいたん、じゃま?」智恵の瞳がうるうるとし始めた。ショックだったらしい。「ちえ、もじよめるよ。まんがもいっぱいよんでるんだよ。ことばにもくわしいよ」

 「智恵は漫画を一般漫画はすべからく読んでるんだ」

 途端に智恵はぶーと音を鳴らして怒り始めた。

 「おにいたん、なんどいったらわかるの。しゅべからくはしゅべてのいみじゃないの」 確かにそうだ。『すべからく』は漢文起源の言葉で『須く』と書き、『全て』とは別の意味を持つ。『当然~』と言う意味で、文末は『べし』で締めくくるのがベターだ。ただ『ならない』と言うような命令形で終わらせると通用する場合もある。

 はあ、何で僕がこんな国語教師見たいな事を語らなきゃならないんだか。目の前に当人が居るのにもかかわらずだ。

 「おにいたん、おしおき」知恵が言った。 

 「はいはい」と答えて、呉后一は幼女に向かって頭を差し出す。

 少女はそれをなでなでした。

 「ばかにちゅけるくすりね」

 やれやれ、流石の呉も姪の前では形なしだなあ。

 呉は一言、

 「澁澤、もういっていいぞ」といった。そして智恵を膝に乗せてあやし始めた。

職員室を出ようとしたところ、柴田宵先生が影のように後ろに回り込んできた。

 「部活終了後でいいけど、きてくれません?」

 すげえびびったよ。


 

 部室に入るといつもの三人がそれぞれ座って読書に耽っている。

 由良はケネス・バーク『動機の文法』の原書。これは前何度も読んでるのを見たから再読だろう。篠田はカリンティ・フェレンツ『エペペ』、種村はレオ・ペルッツ『ボリバル侯爵』これは最近出た本らしい。

 うん、全く訳が分からない。

 「読書に励んでおられますようで、皆さん」

小声で言ったのに、皆が一斉にこちらを振り返ってきた。

 「なんでしたら、わたくしの膝の上で本を読んでも構いませんことよ。そんなことが許されるのは龍くんだけですわ」

 空かさず由良はそれに肘鉄を入れた。篠田は『エペペ』が落ちそうになったのを危うく膝と乳の間で挟んだ。

 「由良さん、何なさるんですの、読書中に邪魔を入れるのはマナー違反ですわ」

 「エロ禁止のルールを最初に破ったのはそっちよ、駄肉」

 「何ですって、わたくしがいつエロを言いましたの」

 「あんたは存在自体がエロなのよ」

 「澁澤は種村と読む」

 この調子も板に付いてきたな。

 ……そうこうして十八時になった。

 「さて、帰るとするか。僕は柴田先生にようがあるんで」と言った。

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