第三章 鉛の夜(4)
こんな夢を見た。
崖から飛び降り自殺をする人の映像を逆回しにすると、急激に後ろ向きに跳躍して崖の上に飛び乗って生き返るように、それはある事故の瞬間から巻き戻されていた。
まず少女の身体に当たった車体が後退していく。
そして平常通り道に戻り、来たルートを逆走していった。
少女が道に飛び出していた。
その横で、もう一人の少女が手をぱっと前に出していた。
突き飛ばしたと言うことだろうか。
少年が呆然とそれを眺めていたが、やがてその表情を止め、二人の少女と何か話し合っているようだった。
暫くして少年ともう一人の少女が後ろ向きに歩いていった。この二人が兄妹であることは直感的に分かったのだが。
楽しそうな笑顔を浮かべ合っていた。
どうやら目覚めたらしい。
何か耳障りな声が聞こえる。
「メスブタ、メスブタ」だと。
物騒だな。誰がだ。
「破廉恥な、メスブタですわっ」おわっ、篠田だ。
「この泥棒猫!」ほわっ、由良。
何でお前らが? ああなるほど。迎えに来た訳だ。
AM六時。アラームも起動していない。まだ起きる時間じゃない。
「龍くん!」
「龍!」
「「これはどういうこと(なんですの)?」」
「んへ?」何とか吐き出せたセリフがこれだ。
「その泥棒猫はどうやって忍び込んだの? で、どうなの? 事後なの? だったらコロス!」
「何を言ってるかいまいち……」
「言ってるも言ってないもないですわ。ああわたくし、四時に起きて始発に乗って、ここまで来たんですのに、由良さんとも遭遇してしまい、さらにこんな光景を見させられてもう、恨み骨髄ですわっ」
ああ、篠田も電車通学だったか。
やや目が覚めてきた。
「伏兵だった。コイツ、関心がないような振りして、実は最初から狙ってたのよ!」由良が叫ぶ。
そういえば側に何か柔らかいものを感じる。
首を振り向けるとなんと種村だった。破れたゴスロリ服のまま、僕に身を寄せてぐっすりと眠り込んでいる。
「あ、いやこれは……」
事情を説明しても聞き入れるような二人ではないが……。
しかし、虐待の事実を明かすと予想外に二人は神妙にしていた。昨夜の一件に関しては完全に伏せておいた。
「ええっ、おほん。そういう理由なら、まあ仕方がないですわ」
「ま、まあしょうがないわね。よんどころなき事情があるんなら」
矢張り根は単純なやつらなのだ。
だが、それで完全に納得するわけでもないようだ。
「でも龍くんの家に寝泊まりするなら貞操帯の着用は必須ですわ」
「そうよ、貞操帯! 貞操帯!」
二人で揃って手を叩きながら「貞操帯」の連呼が始まった。言いながらも二人の頬はちゃんと染まっていた。
種村は一向に構わず、眠り続けている。
それで結局落ち着いた答えがこれだった。僕と種村と監視人が家に帰る。監視人は就寝時間まで僕らと一緒に暮らし、専用の鍵で種村を部屋に閉じ込める。その後、鍵を持って監視人は帰宅する。種村は就寝時間中は移動できないのだ。この監視人は一日おきで由良と篠田が交代で務める。
「篠田は大丈夫なのか? 終電間に合わないかも知れないぞ」
「駅は近いですし間に合いますわっ。と言うか間に合わせますわっ」
「親はどうなんだ?」
「わたくしは下宿暮らしですわっ。どうせなら龍くんの家に引っ越しても構わないんですの」
「それはダメっ!」由良が×印のジェスチャーをして阻んだ。アホ毛も一緒に動いている。
決まりはやがてはなおざりになり、コイツらが僕の家に入り浸る事になるのは目に見えていた。
早速篠田が鍵屋に電話する。あっさりと本日午後十七時からの工事の依頼を取り付けた。
ちょっと待った。ここは僕の家だぞ。
――そうこうしてるうちに一時間は瞬く間に過ぎた。
種村が目覚める。
「澁澤……」
途端に由良と篠田がそれを睨んだ。
しかし、この程度で種村は動じない。むくりと身体を起こして、着換え始めた。
突然の露出に、二人とも大騒ぎだ。
急いでその回りを固め、僕の目の前に立ちはだかる。二人並んで仁王立ちするとえらい威圧感だ。
「龍は見ちゃダメ!」
昨日の家でのことも伝えなくてよかった。
僕らは四人揃って当校した。そして、幸いなことに、それから幾日経っても種村のクズ親が行動を起こすことはなかった。




