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シブサワくん家で午後五時にお茶を  作者: 浦出卓郎
第三章 鉛の夜

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第三章 鉛の夜(2)

 ふう。家に戻れた。

 お姫様抱っこでは流石に怪しまれる。学校を出た辺りで普通におぶることにした。

 歩いていける距離に家があって本当に助かったよ。案外珍しいのだ、種村も含めて、皆電車通学(バス込み)なので。

 二人で電車に乗って他の生徒に見られたりして噂になったら、それこそ一大事だ。

 そもそもなんで僕は種村を家に連れてきたのだろう。

 それしかやり方がなかったからだ。短い言葉ではあったが、種村は僕に親から虐待を受けていることを明かした。にも関わらず僕は彼女を家に帰すのだろうか。

 それはとても出来ないことだ。

 虐待の事実から見て種村の親は娘が帰ってこないことに対して電話するような人種とは思われなかった。

 却って騒いだりすればその事実が露見する。だから娘が消えたとしてもどこにも連絡しないだろう。種村はいつも通り学校に通うわけだから、学校側から特別に電話が行くこともない。

 面談などの際は別だが、それにも来るような輩かどうか。呉后一も細かいことにはこだわらないやつだしな。

 当分は僕の家にいてもいいだろう。

 そう結論付けた。

 「種村、家に帰りたいか」

 「帰りたくない」

 「ここにいたいか」

 「いたい」という短い同意の言葉を受け取ったのもあるけど。

 リビングで僕が付けたテレビを見ながら、太腿から小さな足をずらして床にぺったりと正座しているその姿を見て、まるでこうしていると妹が二人いるみたいだなと思った。

 だが種村は三月の遅生まれとは言え、僕と同学年の学生なのだ。

 今は筺の中に隠れている僕の妹とは大違いである。

 「風呂、いつでも使っていいぞ」

 「種村入る」

 突然立ち上がり、いとも簡単にブラウスのボタンを外して放り投げた時は驚いた。

 続いて、普通にブラジャーを脱いでパンツだけになる。

 細い手でそれもずり下ろそうとする。

 見ちゃ駄目だ。

 僕は素早く目を塞いだ。これこそ見ざるである。

 たたたっと足音が聞こえる。裸のまま風呂場に向かって走り出したのだ。

 まるで子供みたいだな。

 とても種村が同級生だとは思えないのだった。

 僕は急いでパンツとブラとブレザーを回収した。まだ生温かく、持つ手が酷く震える。単に女の子が穿いたという布にしか過ぎないのに、ここまでの興奮がくるということが理解出来ないでいた。

 シャワーの水の落ちる音が聞こえてくる。流石に使い方は心得ているらしい。ちょっとほっとしたよ。

 やがて湯船に浸かる音がし始めた。 

 洗面所まで移動した。バスタオルを出していなかった事に気付いたのだ。

 戸棚に畳んでおいたタオルを引き出して、浴室の隣の脱衣所に置こうとしたその途端だ。 

 ばんっ。

 扉が開いて全裸の少女が僕の胸に飛び込んできた。

 びっくりして僕は若干退いたが、少女は微塵も気にしている様子がなかった。

 平然とした顔付きでそのつるんとした剥き立ての卵のような肌を見せている。

 ちゃんと生えてる。

 ただ、そこにはやっぱり幾つもの生々しい傷が刻されていた。

 こんな何も感じていないような顔を、虐待を受けている間もずっとしていたのだろうか。

 何か極端に痛ましい感情が僕の胸を突いたが、それを表現する事は難しかった。

 僕はタオルをただ投げかけてやった。

  

 

 十九時頃、僕は街のしまむらから家に帰ってきた。女の子向けの服を買うのに店員の目線が気になったが、普通に事務的な対応をされた。

 種村は僕用の長袖シャツを羽織って、ただひたすらテレビを見続けていた。

 生憎妹の服は数着きりだ。それも特殊なものなので種村には着せることは出来ない。

 「服買ってきたぞ、これからいるだろ」

 『これから』とは。このセリフを口にした時、気恥ずかしさを感じた。

 『これから』この少女と僕は同棲するのか? 本当に?

 「ハンス・ベルメール、とは大分違うけど」

 種村の声は僕の思考を破った。

 「えっ?」

 「あの球体関節人形は何?」

 自分から種村が声を掛けてくるのは珍しい。少し驚いた。

 「人形って?」

 「あの筺の中の人形」

 指を差した先に、ミサを隠した筺が置かれていた。

 えっ? 僕は呆然としまむらの袋を取り落とした。見られてしまったのだ。

 置いたままにしておくんじゃなかった。

 「あれは人形じゃない。僕の妹だ」どうしてか知らず怒鳴った。

 「そう」種村はぽつねんと黙ってしまった。

 気まずい。

 「僕の妹でずっとこの家にいるんだ」

 「そう」間を置いて、「種村も自分のことは人形だって思ってた」と言った。

 種村の言葉数は少ないが時々ピンポイントに突き刺してくる。三猿の時もそうだった。人殺しが起こらないかといって、本当に起こったのだ。

 自分を人形と思い込むことで虐待に耐えている姿が浮かんできた。

 種村の幻想はなんだろう。由良のように見破る力とは思われなかったが、何らかの力を持っていることは間違いないだろう。好きこのんで『幻文部』に入学してくるのだから。 黒い瞳がこっちを見つめてくる。下手すると考えを読み取られるのではないかと思った。

 「それで種村は……」とだけ言って僕は黙った。

 「まあ良いから服着ろ」しまむらの包みを拾い上げて種村の手に握らせた。

 「僕は二階に行くから」

 そして階段を上がった。


 

 三十分後、僕が下に行くと種村はちゃんと服を着ていた。

 何でこんな服選んだのだろう。黒い布地に白いレースが織り込まれた典型的ゴスロリ服だった。黒一色のタイツがぴしっと腿を押さえている。

 僕は人の話を聞かないだけじゃなく何をしたかもよく分からない事があるらしい。

 その姿のまま種村がじりじりと近付いて来たので驚いた。

 「来て」と僕の手を握り、外へと走り出す。由良のように強引なものじゃなく、とてもフラジャイルな感じだったので、僕も自主的について行かざるを得なかった。

 玄関を抜けて、外に出る。

 どうもあまり良い印象を受けない夜だった。しまむらに向かう途中でも思ったが、闇が鉛の色のように濃い。人もあまり出歩いていない。都会だというのに街の灯も疎らに見える。

すぐに分かった。これは学校へと向かう道だ。種村は僕に何を見せようというのだろうか。もう二十時近い。

 考えても見て欲しい。こんな夜中に全身ゴスロリ少女と手を取り合って夜道を歩くのである。どこのライトノベルの一シーンだろうか。

 「何を見せたいんだ」我慢出来なくなって訊いた。

 「幻想」

 この返事は重かった。種村もまた自分の幻想を展開できる訳か。そうだとすると種村と対決することになるかもしれない。『仕掛けて』こられる可能性は充分にあるのだ。

 もちろん『五箇条』には幻想を展開した際に必ず闘えとは書いていない。だが、特殊能力を持つ物同士が出会った場合「死合」になるのは目に見えている。僕も『甲賀忍法帖』は読んでいたし、『バジリスク』も再放送で観てはいたので、つくづくそう思った。

 少なくとも種村とそんな事になるのは御免蒙りたいものだ。

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