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シブサワくん家で午後五時にお茶を  作者: 浦出卓郎
第三章 鉛の夜

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第三章 鉛の夜(1)

 「で、退部届を提出したいと」丸谷三才は言った。

 ここは三階西棟の美食部室である。どこにでもありそうな内装のうちの部室とは大違いで、豪奢な壁紙が張られ、空調設備は整い、低い温度の温風が流れていたし、綺麗に整頓された本棚(洋書含む)が置かれてあった。

 丸谷三才はブレザーの下にチョッキを着込んだ気取った女だった。ベリショなのでいくらかボーイッシュな感じがした。どこぞの大会社の社長が使いそうな広いデスクに腰掛けている。

 実際部室に飾られている額縁にも「ちよつと気取つて言へ」などと書かれていた。

 「十一子の意志というのだから、わたしが何を言っても仕方ない。受理するよ。顧問にはわたしから伝えておく」

 「三才、ありがとう。ごめんなさい。わたくし、どうしても好きな人が出来たのですわっ」篠田が答えた。

 「それが彼かしら。ふうん」と丸谷は興味深げな目で僕を眺め回す。丸谷の『かしら』は女の子が使う感じではなく、老獪な紳士が使う時の発音だった。「わたしからは凡庸な生徒にしか見えないけど」

 篠田の頬が赤くなった。

 「澁澤だっけ、あの例の生徒会長さんのお気に入りって聞いてる。あのような不合理性の塊のような人物については正直余り語りたくないんだ。この学校のレベルを下げる人物だと思ってる。そもそも、推理小説の面白みを分からないと言うのが理解出来ないけどね」丸谷は非常に広い人脈を持っているからな。

 「そこまで話題なのか、僕」

「本当に一部だけではね。最近では三島会長は君の話ばかりしてるらしい」と丸谷は鼻で笑った。

 何か苛つくな。しかしそこまで三島が僕の名前を出していたとは驚いた。

 「丸谷さんは由綺様のこと嫌いですからねー」育児で忙しい顧問の代理として付いてきた柴田宵先生が、口を挟んだ。「それも校内ではよく知られていますよね」

 「嫌いというか、彼女とわたしではまるっきり方向性が違うというか、とにかくまあ関わりたくはないんだ」その割には三島の行動をしっかり押さえているようだな。

 「『幻文部』という部活が何をするのかわたしは全く見当も付かないがね。まあ健闘を祈る」と少し言葉遊びを入れて丸谷はいった。ユーモアが通じない輩ではなさそうだ。

 だが――何をする部なのかは僕が訊きたいぐらいだよ。

 「ケッケッケッ」変な声が聞こえた。

 見るとデスクの横には贅沢な細工を施された鳥籠が吊されており、中にはえらく個性的な顔の鳥が止まり木に乗っていた。

 「なんなんだこの生き物は」僕は丸谷に訊いた。

 「ヨシケンっていう我々の飼い鳥だ。種名は分からないんだ」丸谷は言う。

 「ヨシケンとはなればなれになるのはほんとに辛いですわっ」とオーバーリアクションで言う。

 「所謂怪鳥というやつか」

 「そういうことになるかしら」と丸谷は楽しそうに笑った。

 部室を出ると篠田の眼に涙が溢れていることに気付いた。

 どうしたのだと聞くと。

 「龍くん、よくぞ聞いて下さいましたわ。わたくしが龍くん相手に手痛い敗北を喫したという事を三才が知らない訳はないのですわっ、にも関わらず、そのことに一切触れなかったことに親友の心遣いを感じているんですの」

 なるほど、丸谷は決して単純なピープル(由良&篠田)ではないのだな。まああっさりと副部長の退部を認める辺り、相当の度量がなければ出来ない。

 「丸谷さんどころか、この私の耳にも普通に入ってきてますけどねー」と柴田先生が陰気に笑った。「それにしても澁澤くんは本当に苦労人ですね」

 「どういうことです?」と僕は訊いた。

 「君は平部員でしょー、こういう仕事は本来は部長である由良さんがするのが決まりですよ。ところが、今回由良さんは来てませんねー」生徒を睨む時の目付きを一瞬見せた。

 「仕方ないですよ。由良と篠田は犬猿の仲なんですから。篠田が部活に加わると言うことに猛反対して、放課後の一時間説き伏せてやっと形だけ頷いて貰ったというようなもんで。僕の責任で何とかするからって全部引き受けることになっちゃったんです」

 「そこが苦労性なんですよー。何か悪いモノ憑いてません?」その顔で言われると怖いよ。

 「まだ見ぬもう一人の部員さんが楽しみですわ~、どんな人なんでしょう」のー天気に篠田は跳ね回っていた。

 もう一人の新入部員は誰か。僕は当然知っていた。

 矢川澄香だ。昨日突然メールが来て、どうしても入りたいと言ってきたのだ。僕のメアドを教えていないのに知っているとは驚いた。 多田が前言っていたことは気になったが、篠田という大物の美食部退部幻文部入部の方がこちらの考えの中心を占めていたし、由良に矢川も入部したいらしいけど問題ないかと訊いても、篠田の件で疲れていたこともあってか、

 「うん」と答えただけだった。先日その手を弾いたことはもう忘れているようだった。

 柴田先生とは別れ、篠田と帰ってくると既に部室には由良と種村と矢川が座って待っていた。

 由良は不安そうな顔付きをしていた。

 僕が部室を案内する約束だったのだが、矢川は自分一人で来たのだ。携帯の画面に記される時刻は約束より三十分は早い。

 こちらを見ると微笑んだ。

 「澁澤くん、待ちくたびれたよ。私自分できちゃった」

 「そんなに待たせたかな……」僕はちょっと焦臭いモノを感じ始めた。

 「澁澤くんが部長になったんでしょ。いないと始まらないよー」非常に朗らかな感じで言う。

 「あの、私が部長なんだけ……」

 矢川は笑顔のまま、それをスルーした。

 「部活始めようよ。ずっと室内に籠もっていても仕方ないよ。フィールドワーク、フィールドワーク。今度、博物館とか見に行かない? きっと楽しいよ」

 「あんたね……」由良は完全に切れたらしい。自分のペースを奪われてしまったのだ。 矢川は笑顔を崩さず、片目だけを動かして由良を見た。物凄く冷たい視線だった。普段の矢川とは別人だ。

 だが、このようにあしらわれて黙っている由良ではない。

 「さっきから何なのあんた? こっちに喧嘩売ってるの?」

 矢川はそれを無視して起ち上がると、こちらに近付いて手を握りしめて、大胆に腕を絡めてきた。良い匂いが鼻を打つ。

 「澁澤くん、さっさといこ? 部員なんて後から幾らでも整理できるよね」

 「龍!」

 由良はこっちを睨んでくる。

 矢川の豹変に驚いたが、ここ数日の経験で異常なことには慣れ始めていた。

 あーもうめんどくさいな。

 僕は矢川の手を振り払った。

 信じられないとでも言いたげに矢川の笑顔が固まっていた。

 「龍ー!」由良は喜びの声を上げた。

 だが僕はそれを怒鳴り付けた。

 「いい加減にしろよ。お前ら帰って頭を冷やせ。こんな状態じゃ、部活は続けられない、御開きだ御開きだ」

 「龍!」由良は叫んだ。

 「帰れ!」

 「龍」

 「いいから帰れ」

 由良は不満そうに黙って、

 「私が部長なのにっ!」と叫ぶと、鞄を提げたまま両手を振って外へ駆け出して行った。

 矢川もいつの間にか姿を消している。

 篠田は呆然と立ち尽くしていた。

 「あの? わたくしは? わたくしのかんがえたせかいじゅうだいしょうせつは?」とすっかり狼狽している。最後のやつ、意味が分からん。

 「残念だがこんな状態だ。帰ってくれ。あ、入部届なら預かるぞ」と僕はその手から紙切れをひったくった。

 ショボーンてな感じの後ろ姿で篠田は去っていった。

 さて、皆行ったし……。

 あ、種村を忘れていた。

 「種村!」

 僕が声を掛けても返事がない。

 会議机の上に種村は小さな頭をぐったりと凭れさせていた。

 眠っているのか?

 「おい、返事をしろ」

 こくりと首が動くが、かなり弱っているように見えた。

 「大丈夫か?」

 額を触ってみたが、それほど熱くはない。

 「保健室に連れて行こうか?」

 「いや、行かないで」種村ははっきりといった。

 「どうすりゃいいんだよ」

 僕はブレザーを脱がせると、ブラウスとリボンだけにした種村を抱き上げて会議机に横たえさせた。

 前屈したままでは身体に負担が掛かり過ぎる。

 発育不全は伊達じゃない。まるで人形のように軽く持ち上げることが出来てしまった。

 ブラウスの襟から何か染みのようなものが見えていた。悪いと思いつつも、僕は開いた。

 それは疵痕だった。首元から肩先に掛けて横薙ぎに。瘡蓋が張っていたので、数日前のものだろう。ブラのぺったりした盛り上がりの側だと目立って異様に思えた。何かで叩かれた痕に見える。

 「おい、これはなんなんだっ!」

 「皆に見せたくない」と種村は弱々しい声でブラウスを掻き寄せた。

 「こんな傷、誰に付けられたんだ!」

 「親に」種村は答えた。

 「なんだって!」

 今さっきまでのごたごたが全て吹き飛んでしまった。

 大問題の出来である。

 これは幻想展開など関係ない問題だろうし、相談すべきところに相談すべきだ。だが種村は見せたくないという。どうするべきか。

 ぼくは義憤のような感情を覚えたが、かといってどうする訳にもいかない。

 「取り敢えず帰ろう、立てるか?」

 「種村立てる」とは言うが、声に力が入っていない。

 もう由良や篠田は下校しただろう。

 ええい、ままよ。僕は種村をお姫様抱きにして、部室から飛び出した。

 どこへ向かおうと言うのか。我ながら疑問だった。

 うん、何て軽さだ。このままで普通に走れるぐらいだぞ。

 「おー澁澤じゃん」

 まずい、松山だ。

 階段の踊り場で行き合った。

 「お、おう……、松山」

 「なんだ、澁澤も彼女出来たのか。それにしてはえらくちっこいけどな。やはりお前にはそんな趣味があったか」

 「いやあ、あの、これは、そういう訳じゃなくて……」

 「言わでものことよのお」

 「だ、だから勘違いだって、そういうのじゃ全然ない、ちょっと身体が悪いらしいんで」

 「そうかいそうかい。じゃあそういうことにしとくよ、春だなあ」

 「お前こそ、彼女に会わせてくれた例しがないじゃないか」

 「コロンボやジャップ警部の嫁さんみたいなものさ」

 松山は軽くいなして去って行った。あいつが他の人にチクるという事もないだろうし、とりあえずは大丈夫だろう。

新章開始です。また新しいキャラクターも出てきます。

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