第二章 きんしんぞうお(4)
ぺろろんぺろろん。
じゅるうっじゅるううっぽお。
なんだなんだ。犬か? 何かが僕の顔を舐め回していた。まさか四方犬が? しかし由良の家にいるはずだ。
僕は目覚まし時計のベルによって完全に覚醒した。
AM六時四十分。いつも起きる時間帯だ。何の変哲もない一日だ。ここは家のベッドの上で間違いない。
じゅるっれろれろお。
しかし、何だこの違和感は。
僕の隣りに何者かの黒い影が見えた。そいつが僕の顔を、いや僕の瞼に舌を入れて目玉を舐め回していたのだ。
篠田十一子だった。
「なんでお前がここにいるんだっ!!」
僕はびっくりして蒲団を蹴飛ばし、おびえながら壁際に擦り寄った。
篠田は真っ赤な舌を出したまま、こちらににじり寄ってくる。
必死に枕で防戦しようと振り回した。
「昨日の夜まるで眠れませんでしたのっ、龍くんのことを考えると、胸がきゅううんってなって苦しいんですわっ。龍くんの血がまた欲しくなったんですの。も、もちろん表向きは昨日借りたままのブレザーを返そうという目的ですわっ。でも、わたくし知ってるんですの。龍くんが血を分けてくれたから、生き返ることが出来たって。とにかくうううううっ、また龍くんの血が欲しいんですわっ。でもそれがダメなら涙を頂こうと思ったんですわっ。もちろん唾液もOKですわっ」
いつの間にか仇名の方で呼ばれてる。
言いたいことは分かる。涙の成分は血と同じだから、僕の眼球から一滴でも涙を絞り出そうというのだろう。文字通り涙ぐましい努力だな(笑)
「お前どうやって、この部屋に入ってきたんだよ。まさか……」
幻想展開は本校内以外禁ず。
「わたくし全然眠れないので、学校に行ったんですわっ。そこで<<気化>>してここまで流れてきたんですの。なんの違反もしてないですわ。決まりの範囲ですわっ」
いや、明らかにグレーゾーンでしょう……。
と、元気の良い足音が廊下を走ってくる。この家にはそんな音を立てる人はいないはずだが……。
ドアが開いた。由良美玖だった。
「やっぱ、来てたのね。去ね、この駄肉があっ!」と鞄を篠田に向かって投げつけた。篠田は案外身軽にそれを躱すと、
「野蛮ですわね~、これだから由良さんは。わたくしは龍くんの血液を頂いたのですわっ♥そして、眼球を舐めたんですわっ♥こんな人他にはいませんわっ♥」と言った。
そしてでかい乳を押さえ付けて腕組みをしてから、「ふっ」と笑って得意げに顎を持ち上げてドヤ顔をする。駄目だこいつ、早く何とかしないと……。
そしてその姿は由良そっくりなのである。近親憎悪とはこのことだよな。
「『龍くん』って……」由良も由良で、唇を突き出し、アホ毛をピンと立ててマジで悔しそうなのだ。おいおい、お前がツッコんでくれなかったら誰がするんだよ。しまいには顔を両手で掩い始めた。
とんでもないふいんきがこの場所を支配しているのが分かってきた。
「とにかく、龍」由良はいきなり手を除けて宣言した。「明日から私、朝はいつも龍を迎えにくることにする! こんな駄肉に好き勝手はさせないからね」
「大したもんですわー、わたくしはその二倍も早く起きて龍くんを学校にお迎えしますわ」
やれやれ、大変なことになったもんだ。
時計を見ると既に七時を回っている。
学校に遅れる。最低朝食は採らないと。
ミサには筺の中に隠れて貰っている。妹のことは由良も知らないのだ。
僕は二人が対峙する中をコッソリかいくぐり、廊下から階段まで歩いて行った。案の定二人もぞろぞろと付いてくる。
「お前ら飯は食ってるのか?」
「「食ってない(ですわっ)」」
二人併せて返事が返ってきた。パンだけだがこちらがご馳走する羽目になるのか。
「龍くんって□□□□□なんですの?」□の部分を僕は聞き忘れたのだ。
「そんなの見れば分かるでしょ、何言ってるのよ、アホ駄肉が。龍は□□□□よ。おじさんとおばさんは海外に行ってるの。でも、確か昔、龍には……」
ぼんやりとしながら僕は階段を降り、食卓に向かってトースターに食パンをセットしたのだった。
仕方がない、ミサには暫くあのままで居て貰おう。




