星から来たセンターキッド
真夜中のこと。
町はずれにある公園の片隅が、とつぜんまばゆい光につつまれた。
光の中に銀色の物体があらわれる。
はるか遠い星から来たセンターキッドだ。
このセンターキッドこそ、宇宙最強の洗濯機。これまであちこちの星で、ありとあらゆる洗濯機と戦ってきたが、いまだかつて負けたことがない。
勝ちとった勲章は九百九十七個。
千個になれば全宇宙の真の洗濯王になれる。残り三個を獲得するため、こうしてはるばる地球にまでやってきたのである。
――長かったな……。
夜空を見上げ、故郷のモノモノ星に向かって思い深げにつぶやく。
それからさっそく、この星での対戦相手を探そうと公園をあとにした。
町中の暗い通りを、センターキッドは左右に目を光らせながら進んだ。
――おっ、いたぞ。
家のポーチで一台の洗濯機が寝ている。
対戦相手に申し分ない。
すぐさまクルリとヘイを飛びこえ、ソイツに近づき声をかけた。
「おい、起きるんだ!」
「うん?」
洗濯機が目をこすると、目の前にあやしげなヤツが立っている。
「だれだ、キサマは?」
「モノモノ星の洗濯王、センターキッドです」
「センターキッドだと……。こんな夜中に、いったい何の用だ?」
「洗濯の勝負を受けていただきたい。わたしが真の洗濯王になるための勝負です」
「真の洗濯王? よくわからんが、ちょこざいなヤツめ。いつでもやってやるぜ」
「では、勝負はレベルファイブで」
「なんだ、そのレベルファイブとは?」
「宇宙洗濯の統一ルールです。勝負はススギまで。勝った方が相手の勲章をいただくのです」
「勲章だと?」
洗濯機は自分の胸に目をやった。
そこには『全自動』のラベル。それこそまさに名誉ある勲章で、その名にかけ、いかなる勝負からも逃げるわけにはいかない。
「ああ、それでかまわんぞ」
ゼンジドウは売られた勝負をまっこうから受けて立った。
「では始めましょう」
センターキッドは体の中から汚れた洗濯物をつかみ出し、半分を自分の腹の中に入れ、残り半分を相手に渡した。
「たったのこれっぽちか」
ゼンジドウも腹の中に入れる。
戦いの準備はととのった。
センターキッドとゼンジドウ、二台の洗濯機がグッとにらみ合う。
「勝負だ!」
「いざ勝負!」
生まれた星はちがえど、洗濯機同士の力と技をかけた戦いが始まった。
ゼンジドウはぜったい負けるわけにはいかない、地球という星をを代表し、洗濯機仲間すべての名誉がかかっているのだ。
この星では、センターキッドも初めての戦い。いかに最強とはいえ、油断は禁物である。
両者とも、おのれの持つ得意技を使った。
ゼンジドウは洗いやススギすべてが自動。切り替えの速さを得意技としている。
かたやセンターキッドには、宇宙の修業で学んだあまたの技があった。
勲章をかけた戦いが続く。
「終わりましたよ」
センターキッドが余裕しゃくしゃくに、きれいにしあがった洗濯物を取り出して見せる。
「な、なに?」
ゼンジドウはおもわず目をむいた。
いまだススギのさなかである。
「強いヤツがいると聞きおよび、遠くわざわざこの星までやってきたのですが、まさかこんなにも弱いとはですね」
センターキッドは進み出ると、ゼンジドウの胸からようしゃなくラベルをはぎとった。
「くそー! これで終わったと思うなよ。そこの公園で待っておれ。エコロ様を呼んでくるんでな」
「エコロ様とはだれです?」
「オレのオヤブンで、この星じゃ最強なのさ。オマエなんぞ、コテンパンにしてくれるぜ」
「それはおもしろい。待っていますから、すぐに連れてきてください」
そう言い残し……。
センターキッドはヘイを飛びこえ、闇に姿を消したのだった。
ある大きなお屋敷。
「オレサマと勝負をしたいヤツがいるだと? なまいきなヤロウめ。で、ソイツは今どこにおる」
エコロが鼻息を鳴らす。
「そこの公園に待たせております」
「タワケ者めが。これからワシが、痛い目に合わせてくれようぞ」
「エコロ様、お気をつけください。ヤツは洗濯王と申しております」
「洗濯王だと? 身のほど知らずの、ふざけたヤロウだ」
エコロはムクリと立ち上がった。
「さあ、そこへ案内しろ」
「へい、さっそく。エコロ様、アイツをコテンコテンに打ち負かしてくださいな」
ゼンジドウが頭をペコペコさせる。
「ああ、まかせておけ。オマエのカタキは、このワシがかならずとってやる」
エコロは力強く胸をたたいてみせた。
その胸には地球上では最強の「エコマーク」の勲章がさがっており、それは洗濯機世界大会で優勝して受賞したものだった。
――長い旅だったな……。
思い起こせば、故郷のモノモノ星を旅立って十年あまりの歳月。
その修行の間。
センターキッドは数しれぬ星で強敵と戦い、それらをことごとくなぎたおしてきた。
勲章はあと二個で千個となる。全宇宙の洗濯王となれば、英雄となってモノモノ星の土をふむことができる。
――もうすぐ故郷へ帰れるんだ。
そう思うと体じゅうに、フツフツと力がみなぎってくるのだった。
「おう、待たせたな」
公園の入り口で声がして、大きな洗濯機が近づいてきた。
その背後にはゼンジドウもいる。
「ワシと勝負をしたいだと? 話はすべて、このゼンジドウから聞いたぞ」
「なら、話が早いというもの」
センターキッドは戦闘モードのスイッチを入れ、サッと身がまえた。
「こしゃくなヤロウめ。ワシの力を、ぞんぶんに思い知らせてやる」
エコロが肩をいからせ、センターキッドをにらみつける。
「この星では、あなたが最強と聞きました。ルールも最高のレベルテンにしましょう」
レベルテンのルール―では、負ければ勲章を失うだけでなく命を落とす。まさに命をかけたルールであった。
「ルールなんぞ、なんでもかまわんぞ。どうせワシが勝つのだからな。で、どういう勝負だ?」
「十枚の洗濯物を洗って、乾燥まで先に終わった方が勝ち。ただし、わずかでも汚れが残っていれば反則負け。そして勝った方が相手の勲章をいただくのです」
「フン、そんなことでいいのか。オマエの勲章はすでにワシのものだな」
エコロは鼻の穴をふくらませて息まいた。
「オレの勲章も取り返してくださいよ」
ゼンジドウが背後からお願いをする。
「ああ、まかせておけ。アイツの持っている勲章、残らずいただいてやるさ」
「では始めましょう」
センターキッドは十枚の汚れた服をエコロに投げ渡した。
「おう」
エコロがそれを腹にほうりこむ。
「いざ、勝負!」
「勝負、勝負!」
センターキッドとエコロ、両者の命をかけた戦いがついに始まった。
センターキッドはオチール星で手に入れた強力な洗剤をパパッとふりかけた。
グングン汚れを落としていく。
この百戦錬磨の力によって、あらゆる星で、あらゆる対戦相手を打ち負かしてきた。
かたやエコロ。
その体内には常に高級洗剤がセットされている。さらには汚れの落ちぐあいを即座に判断し、余分な洗いはいっさいしない。
洗濯の音がバシャバシャと夜の公園にひびく。
両者、ススギに移ったのは同時だった。
「やるな!」
センターキッドは、おもわぬ強敵エコロを横目でにらんだ。
「オヌシこそ!」
エコロもグッとにらみ返す。
そばではゼンジドウが、おちつかぬようすで戦いのなりゆきを見守っていた。
ススギが終わったのも、これまた同時だった。
続いて脱水。
ここでエコロがわずかにリードする。動きに少しもムダがないのだ。
エコロは脱水した洗濯物を、すぐさま頭の乾燥機に移し始めた。
その間に、センターキッドは脱水を終えた。乾燥モードに切り替え、すぐさま乾燥を始める。
逆転だ!
だが勝負は、終わってみなければわからないとしたもの。油断は禁物、大敵だ。
両者、全身全霊の力をふりしぼって戦った。
「終わりました!」
「終わったぞ!」
二つの声はまさに同時であった。
両者引き分けなのか。
いや、勝負はまだ終わっていない。
宇宙洗濯ルールのレベルテンには反則負けのルールがある。仕上がった洗濯物に、わずかでも汚れが残っていれば負けとなるのだ。
「汚れは残ってないでしょうね」
センターキッドが洗濯物を取り出す。
「フン、オヌシこそ」
エコロは鼻を鳴らし、それから乾燥機から洗濯物を取り出した。
と、そのとき。
「ウワッ!」
エコロが悲鳴をあげる。
うかつにも洗濯物の一枚を、その手から地面に落としてしまったのだ。
洗濯機にとって、洗った洗濯物を地面に落とすことほど不名誉なことはなく、それは死ぬほど恥ずかしいことであった。
「洗った洗濯物を土で汚すとは、洗濯機としてあるまじきこと。ルールにしたがい、あなたの勲章はいただきますよ」
ガックリと肩を落とすエコロの胸から、センターキッドはようしゃなくラベルをはぎとった。
「くそー」
戦いに負けたエコロ、ブクブクと大量のアワを吐きながら、その場にバッタリとたおれてしまった。
「エコロ様!」
ゼンジトウがかけ寄る。
「グフェ、グフェ……」
最期の断末魔の声をあげたエコロ。
そのあといっとき、体をピクピクとふるわせていたが、やがてそれもピタリとやんだ。
「では、さらば」
センターキッドが夜空に舞い上がる。
その姿はすぐに上空の闇にとけこんだのだった。
青空の中。
センターキッドは勝利の喜びをかみしめながら飛んでいた。
――あぶなかったな。この星に、あれほど強いヤツがいたとは……。
昨晩の勝負のゆくえは、どちらに転んでもおかしくなかった。
しかし相手が強ければ強いほど、勝負に勝ったときの喜びもひとしおである。また、そうであってこそ真の洗濯王となれる。
残すはあと一度の戦い。
その戦いに勝利すれば真の洗濯王となれる。故郷のモノモノ星に錦を飾ることができる。
――早く帰りたい。
千の勲章をひっさげ、英雄となって故郷の土をふむのだ。
――最後ぐらい楽をさせてもらおう。
記念すべき千回目は弱い相手にすることにした。
夕べのはげしい戦いで、センターキッドは身も心もすっかり疲れはてていたのだ。
ふと地上を見おろすと、山のふもとを流れる小川のほとり。洗濯物の入ったカゴをかかえ、ヨタヨタと歩くおばあさんがいる。
――もう勝ったもどうぜんだな。
センターキッドは地上へ舞い降り、おばあさんの前に立ちふさがった。
すぐさま勝負をいどむ。
「その洗濯物。どちらが早く、しかもきれいにしあげるか、わたしと勝負してください」
おばあさんは目をパチクリさせていたが、なぜか空を見上げた。
「ああ、ええ天気じゃのう」
「そうです。このような天気こそ、勝負にふさわしいのです」
雲ひとつない青空がどこまでも広がっている。
まさに洗濯日和だ。
「オメエ、どこのもんじゃったかのう?」
センターキッドの頭のてっぺんからつま先まで、おばあさんがなめるように見る。
「モノモノ星のセンターキッドと申します」
「おう、センキチじゃったか」
「センキチだと?」
「ほんにすまんのう。ほんじゃあ、こんだけでいいからな」
おばあさんはしわくちゃな笑顔で、カゴにある洗濯物の半分ほどをセンターキッドに渡した。
――な、なんだ?
戦いの前、これほどまで相手にバカにされたことはない。
「うっ、むむむ……」
センターキッドは手にした洗濯物をおもわずにぎりしめていた。
「じゃあ、やるかのう」
おばあさんはすたこら川辺に行くと、流れのそばにある石に腰をおろした。
あとを追って、センターキッドも川辺に立った。
――おっ!
おばあさんが洗濯物を手に、合図もなしに勝負を始めようとしている。
いかなる勝負であっても、ルールがあってこそ真の勝敗が決まるもの。
センターキッドはあわててルールを申し出た。
「ルールはレベルスリー。どうです、これでいかがでしょうか?」
相手はヨボヨボのおばあさん。命までうばうのはしのびない。レベルスリーであれば勲章を失うだけですむ。
「ああ、ああ。ざっとすすぐだけでいいからな」
「ススギまでですね」
「じゃあ、始めるかのう」
「いざ、勝負!」
センターキッドはいつものごとく、まず洗濯物にオチール星の洗剤をパパッとふりかけた。
それから横目でとなりを盗み見る。
おばあさんは水の流れを利用して、早くもザブザブと洗い進めていた。
なぜか洗剤は使っていない。
――なに?
これまでの九百九十九回の対戦、洗剤を使わない相手など一人たりともいなかった。
――そんなことで汚れが落ちるのか?
センターキッドはおどろいた。
だが、おどろいてばかりはいられない。となりではおばあさんがどんどん洗い進めている。
速い。しかも、しあがりは真っ白である。
おばあさんはおもわぬ強敵だったのだ。
センターキッドは本気になった。戦闘モードに切り替え、フルスピードで洗い始めたのだった。
広がる青空。
清らかな川の流れ。
川面に反射する陽の光。
記念すべき千回目の戦いが続く。
おばあさんに追いつき、ついに追い抜いた。
――よし、逆転だ!
センターキッドはススギに入った。
おばあさんはまだ洗っている。
――勝ちが決まったな。
センターキッドは確信した。
と、そのとき。
「ほんにいい天気じゃこと」
おばあさんがスクッと立ち上がる。それから青空をあおぎ見て、ポンポンと曲がった腰をたたいた。
「ススギは?」
センターキッドの問いかけに答えず、おばあさんは洗濯物をしぼってカゴの中にしまい始めた。
負けを覚悟して勝負をあきらめたのか。
いや、そうではなかった。
洗剤を使わなければススギはせずにすむ。
なにをかいわん、勝負に負けたのはセンターキッドだったのだ。
「ありがとな、あとはワシがやるでよ」
おばあさんはセンターキッドの残りの洗濯物をすすぎ始めた。
センターキッドはそれにも気づかない。ガックリと肩を落とし、川辺で茫然と立ちつくしていた。
「ほれ、終わったぞ。そんじゃあ、ボチボチ帰るとするかのう。ほんにありがとうよ」
おばあさんの声に、センターキッドはそのとき初めて知った。
おのれがやり残した洗濯物を、おばあさんがきれいに洗ってくれていたことを……。
「ほんのお礼じゃけん。つまらんもんじゃが食うてくれや」
おばあさんがふところから紙袋を取り出す。
――これは……。
紙袋にはクリの実が入っていた。
これまでのセンターキッド。
負かした相手を思いやることなど一度たりともなかった。それにひきかえなんというやさしさだ。
――おのれはなんというオロカモノだったんだ。まだまだ修行がたりない。このおばあさんこそ、真の洗濯王にふさわしいお方だ。
センターキッドはそっと、すべての勲章をカゴの中に入れた。それから一気に青空に舞い上がると、あらたな洗濯修行へと旅立ったのだった。