食堂 ☆
第2章スタートです。 頑張ります!
警察庁西灯支部
第3ブロック部の本拠地
典巻が所属する公安局新興テロリスト対策課もある。
妻に先立たれ独り身の典巻は、支部内の安い食堂に足を運ぶ。
山菜うどんが、彼の好物だ。
「また、それですか。警部」
食券販売機の前で、雄ニシローランドゴリラが声をかけてきた。
墨色の毛並みが頭頂部で盛り上がっている。
彫りの深い目元と、上がった口角が好印象だ。
広い肩幅でワイシャツをパツパツに伸ばしていた。
「日によって味が違うんだ。
今日の調理員の出汁が一番好みだ」
典巻は穏やかな口調で返す。
「では、俺も試してみます」
ニシローランドゴリラはボタンを押し、食券を購入した。
気を利かせた彼は、自分と典巻のうどんを一緒に運ぶ。
拳を床につきながら歩く典巻は礼を言った。
適当な席に向かい合って座り、典巻はおしぼりで丁寧に手を拭いた。
「ダイダイと繋がりがありそうな企業が出てきましたよ」
ニシローランドゴリラはうどんを啜りながら言った。
「よくやったな。シンバル」
「ほめるなら、俺の部下に言ってください。
あいつら、ここ何日も家に帰ってないんすから」
シンバルは、典巻の部下で、テロリスト集団ダイダイ対策係の警部補だ。
典巻が最も信頼している部下でもある。
「それはお前もだろう。
主任が歩き回るから、お前の班は休むことができん」
典巻はチクリと言った。
「すみません。
俺の場合、嫁さんが差し入れに来るから、つい帰るの忘れちまうんですよ。
見てください、娘が握ったおにぎりですよ。
一ついかがですか?」
シンバルはラップに包まれた白米の球を差し出した。
「最近、食が細くなったし、遠慮するよ」
典巻は言った。
二人がうどんを食べていると、食堂に設置されているテレビでニュースが始まった。
『こんにちは。お昼のニュースです』
フワフワに毛並みをセットした雌ヒツジのアナウンサーがニュースを読み始めた。
『昨日南灯で発生した一斉停電について、警察庁南灯支部は、テロリスト集団ダイダイの犯行として捜査をすると、本日正式に発表しました。
現場で、ダイダイシンボルマークが印刷された紙面が発見されたとして、事件発生時より、関連性が推測されていました。
これで、国内で発生したダイダイによるテロは、十件を越えました。
各地では、ダイダイに対する抗議のデモが連日行われており、中にはダイダイは黄国と繋がりがあるとし、過激な主張をする団体も現れています』
テレビ番組は、ニュースから午後のワイドショーに変わった。
水玉模様のスーツを着た雄シマウマのキャスターがコメンテーターに話しかける。
『怖いですよね~。
ダイダイは本当に、黄と関係があるのでしょうか?』
『あのシンボルマークの焼き鳥イラストは、灯のと列島を侮蔑したものです。
かつて、灯のとが黄国より独立する際、反対派の黄国民が、焼き鳥の絵を掲げて抗議しました。
ダイダイもそれに由来し、使用していると思われます』
シロサイの男性が、コメントした。
『失礼だが、それだけでダイダイと黄を結びつけるのは危険だと、わしは思うのう。
黄は、世界を代表する大国であり、積極的に平和活動を進めておる。
そんな国が、このようなテロに関わるとは考え難い』
落ち着いた口調で反論したのは、雄の老タヌキだった。
雄シロサイは、返す言葉に困っていた。
「先骨先生か。
親父がファンで、後援会入っているんですよ。
俺には、直接その話はしないんですけどね」
シンバルはおにぎりを頬張りながら言った。
「現役の頃から人気があったからな。
今時珍しい位、不正も疑惑も無縁と言われている政治家だからな」
典巻もテレビの方を見ながら言った。
「ところで、軍がウチに協力する件はどうなりましたか?
うずしおの時は、特任が関与したって、警察内でも噂になっていますが」
シンバルが声を潜めて尋ねた。
「特任ではない。
ダイダイについて捜査する為に、軍の試用品を拝借するだけだ。
この後、兵機庁に向かう」
典巻も小声で言った。
「前に言ってた女少佐のところですか?」
「そうだ。女王様のお呼び出しだ」
「資料を準備しましょうか?」
「少佐からは何も持たずに来いと言われとる。
お前は、最新の捜査資料含め、全てデータベースに保管しておいてくれ」
「了解しました」シンバルは微笑んだ。
早々と食事を済ませたシンバルは、先に席を立つ。
テレビからは、ダイダイ関連の映像が流れている。
『この国を、大陸の脅威から守らなくてはならない!』
『我々は、黄に徹底抗議する!』
テレビに映る動物は、ダイダイシンボルの焼き鳥イラストに火をつけていた。
◇◆◇
串に刺さった鶏モモ肉を、豪快に口で外す。
「うん、美味い!」
サゴシは鶏肉を口に入れたまま言った。
ヒトの彼の場合、モゴモゴして聞き取りにくい。
兵機庁西灯支部家畜棟。
特殊任務専門家畜、特蓄専用の食堂。
と言っても、中央のダイニングテーブルと、端に炊飯器やポットが置かれているだけのものだ。
「俺達の飯は、支部の食堂の調理師が作ってるんだが、この塩だれはイケるだろ?」
タテガミも、サゴシのそれより一回り大きい鶏肉を頬張った。
塩だれの焼き鳥を食べているのは、サゴシとタテガミとサエズリだった。
サエズリは食事の際、二足歩行姿になり、他の特蓄達と同じように食べる。
三人が横並びに座り、向かいの席にムギと陸穂が座る。
二人の前の盆には焼き鳥はなく、野菜の煮付けと白米が置かれていた。
「たまには、馬肉も出してほしいんだがな」とタテガミ。
「是非、お前を連れて行きたい店があるよ。
タテガミの刺身が最高に美味いんだ。
キャンディ少佐に頼んだら、許可が下りるかな?」
サゴシが煮野菜を箸で切り分けながら言った。
※ヒトの彼の盆には、肉と野菜、炭水化物が全て用意されている。
「マジ!? アンタ、最高だな!」
タテガミは目をキラキラさせながら言った。
「サゴシ、俺達は兵器用だ。愛玩用ではない。
気紛れで連れ回すものじゃない」
陸稲がピシャリと注意した。
「分かってるよ、隊長」
タテガミは、少々ふてくされた様子で答えた。
皆の食事が半分程食べ終えた頃、セロリが食堂に現れた。
それに合わせて、夏(多分)がセロリの前に盆を置いた。
他の特畜には用意されていない、セロリスティックがあった。
ノースリーブの白いワンピースを着た彼女は、非常に疲れた目つきをしていた。
毛並みも、少々荒れていた。
「仕事が片付いたのか?」
タテガミが話しかけた。
「昼食の後、談話室に集合よ。
次の任務について説明されるわ」
セロリはシャキシャキとセロリスティックを齧った。
「あれはごほうびだ。
任務の前や、仕事終わりに好物をもらえるんだ」
タテガミはコソッとサゴシに説明した。
「随分と疲れているようだな。
今回の調査は過酷だったようだな」
セロリの隣に座る陸稲が言った。
身長差が60cmもある二人が並ぶと、親子のようだった。
「調査自体は、どうってことないわ。
疲労とストレスの原因は、長老よ」
セロリは困ったように言った。
「餡が?」サゴシが尋ねた。
彼の加入後、餡は一人、個室で食事を摂っている。
同種異性との接触を避ける為だ。
サゴシはこの数日、餡をほとんど見ていない。
「長老と私の個室は同じ階で、顔合わせることも多いんだけど。
あいつ、会う度に私の身体を撫でてくるのよ。
昨晩は大浴場で湯船に浸かってたら、後ろから抱きついて来たわ」
「勘弁してやれよ。
あいつは、スキンシップしたがる性質なんだから。
サエズリと一緒にいられないから、我慢できないんだよ」
「タテガミの言う通りだ。
四足歩行時なら、毛量も増えて、お前もそこまで負担を感じないだろう?」
陸稲も言った。
「元の姿で、湯船に浸かる訳ないでしょ?
溺れちゃうわ」
セロリの発言に、サゴシは想像した。
華奢な彼女の身体に、裸で抱きつく餡。
二足歩行姿の動物の女性の身体の前面は特に毛量が薄く、乳房も二つに減らしている。
つまり、首から下はほとんどヒトと変わらないのだ。
特殊な性癖の持ち主でなくとも、その姿は、中々良い光景に思える。
「サゴシ、お前何想像してんだよ?」
タテガミがニヤつきながら言った。
「べ、別に、俺は・・・」
サゴシは耳を赤くした。
セロリの方を見ると、彼女の目は、汚いものを見るものに変わっていた。
「この後、女主人と会話できるし。
俺みたいに、精子提供に協力するなら、交尾のチャンスをもらえるぜ」
タテガミがサゴシの肩に手を置きながら言った。
「いらねーよ!」
「じゃあ、アタシで良ければ、いつでもお手伝いしてあげるわよ?
個室はあなたと同じ階だし・・・」
ムギが意味ありげな視線をサゴシに送った。
「もっと、いらねーよ!」
サゴシは必死で断った。
「食事中だ! 慎め!」陸稲が一喝した。
「サゴシ、管理者がこの場にいなくとも、俺達は常にモニターで監視されている。
この会話も筒抜けだ」
その言葉を聞き、あの雌ジャガーに聞かれていると思うと、サゴシの顔は更に赤くなった。
タテガミは、馬肉の部位の一つです(ライオンのじゃないよ!)。馬の鬣の付け根部分です。腹田も刺身で食うのが好きです。