見学
特蓄達との対面が済んだサゴシが、談話室を出ると・・・
※説明が多めで、やや長文です。すみませんが、よろしくお付き合いください。
サゴシが談話室から出ると、グレーの作業着を着た雄トラ猫が立っていた。
「これから、特蓄の訓練を見学しに行きます」
「ああ、よろしく」
まだ誰か分からないので、サゴシは返事だけした。
病院とキャンパスが合体したような、清潔感のある廊下を、二人は歩く。
エスカレーターで上階に行くと、ガラス窓越しにトレーニングルームが見えた。
立派なジムマシンが並ぶ横に、木板が敷かれているだけの空間があった。
雄ライオンと陸稲が身体をぶつけ合っている。
二人共、レスリング用のワンピースに着替えていた。
赤いユニフォームを着たライオンの、隆々とした筋肉が、黄金色の毛皮越しに浮かび上がる。
黄色のユニフォームの陸稲は、堅肥りした茶色い身体を3m程まで大きくし、太い足でドスンと床を踏んでいた。
「冬、何か変じゃないか?」
廊下で見ているサゴシは言った。
取っ組み合っているようだが、接触していない。
ライオンと陸稲の間には、数十cmの隙間が常にある。
しかし二人共、必死の形相で踏ん張っている。
「タテガミは、身体強化・特化型の化け能力者。
パワーは、特蓄の中で断トツです。
本気を出せば、チーターの一流アスリートより速く走ります」
冬は説明する。
※この世界にも、スポーツに専念するアスリートの動物がいる。
陸上界の短距離スター選手は、やはりチーターが多い。
「特畜は全員『身体強化』が出来るのか?」
「いいえ。
陸稲・タテガミ・ムギ・餡の四人だけです。
サエズリとセロリは術を身に付けていません」
身体強化とは、特殊任務専門部隊のように、戦う目的で化け能力を使う場合、必須となる技術である。
一時的に筋力・感覚・皮膚を強化させることで、通常よりも優れた身体能力を発揮することができる。
身体強化は、技術そのものが武器と見なされる為、各国で厳しく管理されている。
身体強化した状態で、一般動物を怪我させた場合、重罪になる。
※余談だが、二足歩行で暮らす動物達は、種ごとに身体能力が異なる。
その差を埋める為に、身長制限を設けている。
また、強い者は力を押さえ、弱い者は避ける工夫をしている。
よって、体格や力の強弱では、罪の重さは原則変わらない。
どの動物も公平に審議され、裁かれる。
ただし、肉食動物が草食動物を故意・過失問わず、怪我・致死させた場合、罪が重くなる。
共存を維持する為に、その点は非常に徹底している。
「これは、タテガミの身体強化と陸稲の能力、両方の訓練です。
陸穂は、二人の間に空気の層を作っています。
空気をコントロールして、タテガミの力に対抗します。
それだけでは力負けするので、身体を少し戻しています」
※本来カバは、体長3m以上ある。
普段の二足歩行時は、かなり身体を縮めているのだ。
単純に見えるが、能力者同士でないとできない高度な訓練だ。
サゴシはガラス越しに、二人の真剣な表情や逆立つ毛並み、飛ぶ汗(カバ特有の粘液)を眺めた。
◇◆◇
サゴシと冬は、一つ下の階のトレーニングルームに移動した。
そこもガラス窓で区切られており、廊下から中の様子が見える。
黄や灯のと列島で、古くからあるスタイルの道場だった。
畳の上で、餡と雄柴犬(二足歩行姿)が、あぐらをかいて瞑想している。
二人は白い道着を身に付けていた。
「サエズリは、高度な技術を身に付けた、再生の能力者です。
餡は、消失と破壊の化け能力に特化しています。
相反しているようですが、化けの基本を極めているという点で共通しています。
基本だからこそ、精神を鍛え、コントロールする力を磨かなくてなりません。
特に餡の左腕は、味方を傷つける可能性もありますから」
サゴシは、瞳を閉じた餡の横顔をジッと見た。
額から首筋にかけて描かれるラインは、彫刻のように美しい。
「破壊に特化したタイプってのは珍しいな」
細胞の分裂・増殖・消失を意図的に促す技術が化けである。
化けを身に付ける際、この一連の流れを習得する必要がある。
「餡は特畜の中では、潜在能力が高くありません。
基本術を部分的に強化させるのが、最も良い方法だったのです」
そう言って、冬はサゴシの方を見上げる。
「ヒトでありながら、記憶操作という、難易度の高い化けを身に付けている方が珍しいですよ」
化け能力は、種によって得意不得意が存在する。
体の変化を必要としないヒトが、最も不得意とされている。
他の動物も、二足歩行以上の化け能力を身に付けるとなると、素質・努力によって個体差が生じる。
※化けが得意な種は、地域によって異なるが、灯のと列島では、タヌキ・キツネ・猫・シカが多いらしい。
「狸や狐が化けて人を驚かす昔話がこちらの世界にありますよ」と、序章に出てきた爺様に話したところ、「もしかしたら関連性があるかもしれないな」と興味深そうにしていた。
◇◆◇
今度は地下階までエレベーターで移動した。
二人が入った部屋は、コンピュータが無造作に複数置かれ、モニターが何台も起動していた。
あちこちで束になったケーブルが、中央の椅子へ伸びていた。
「セロリ、ちょっと見学させてもらうよ」
椅子に座っているキュウシュウノウサギに、冬は声をかけた。
彼女の姿を見て、サゴシは驚いた。
ウサギ家畜の細長い耳は個体識別タグ以外に、左右合計二十本近くのケーブルと繋がっていた。
どれも、血管が浮かぶ内側に刺さっていた。
無意識にサゴシも、自分の耳たぶに触れる。
彼の耳のピアス穴も、記憶操作用のケーブルを刺す為のものだが、ウサギのそれは尋常でない数だ。
「セロリは情報の化け能力者。
つまり、電子や電気信号を操ります。
記憶操作技術の応用で生まれた最新の化け能力です。
ここまで扱える者は、世界でも彼女位しかいません」
セロリは閉じていた瞳を開く。
黒く丸い瞳は、たちまち赤く光りだした。
「セロリは、うずしおビル事件の情報を集め、分析しています。
この結果をもとに、次の指令が出されるでしょう」
「俺も、試しに一つ繋いでみても良いかな?」
サゴシは腰を落とし、セロリの横顔を見ながら言った。
セロリは機械と一体化したかのように、ピクリと動かない。
「構いませんけど、気を付けてくださいね」
冬は、セロリの耳に刺さっているケーブルを一つ抜いた。
サゴシは右耳のピアス穴を一つ指で広げ、受け取ったケーブルを繋いだ。
「うぐぁ!?」
サゴシは尻もちをつき、すぐにケーブルを抜いた。
「何て、膨大な量の信号なんだ。
こんなのを、同時に処理しているのか?
脳みそが黒焦げになるぞ」
「それが出来るから、情報の化け能力者です。
動物が簡単に習得できない技術です。
ある意味、己の脳を棄てないといけませんからね」
冬は言った。
セロリは瞳の色を赤から青色に変えていた。
◇◆◇
一階に上がり、二人は中庭に出た。
家畜棟は、L字型の建物を二棟置き、四角形になるように設計されている。
中庭は、四方を白い棟で囲われており、空しか見えない。
それでも、サゴシにとっては二日ぶりの外だ。
身体を伸ばし、深呼吸する。
「もうすぐ昼食の時間です。
今日からサゴシも食堂で食事を摂ります」
背後で、冬が言った。
「了解。案内ありがとうな、ムギ」
冬はピンッと髭を立てた。
口元に笑みを浮かべながら、サゴシは振り返った。
「いつから、バレていたのかしら?」
冬は手の平を顎のあたりに添えながら言った。
「初めから違和感があったが、地下に行く途中で確信した。
冬のくせに、夏みたいな動きを見せる時があったし。
エレベーターで、手を伸ばしてボタンを押す動作が少しぎこちなかった。
普段は背が低くないんだろうなって思ったよ」
「そんなに見られていたなんて、ドキドキしちゃうじゃない」
ポンッと冬は姿を変え、雄ニホンジカに戻った。
服装は、作業着のままだ。
耳裏に貼り付けていたタグを、手でペラッと動かした。
「新しい家畜が来るって聞いたから、イタズラする為に服を用意していたの。
結局、動物のあなたを見学する為に使ったけど」
「化ける動物が悪かったな。
俺はこの二日間、あいつらとしか接触してないんだ。
嫌でも、二人の特徴は覚えるよ」
「大したものね。
アタシなんか、未だに見分けられないのに。
あなたって、思っていた以上に面白そうね。
ねぇ、座って話さない?」
サゴシとムギは中庭にあるベンチに腰をおろした。
決して幅が狭いわけでないが、ムギはサゴシに身体を寄せた。
丁度その時、小休憩をとっていた餡が中庭に出ようとした。
すぐ傍のベンチに先客がいたので、サッと入口の扉に隠れた。
「皆は、あなたのことを不安要素と思っているみたい。
動物だし、長老と同種の雄だし、仕方ないけどね。
でも、アタシは違うわ。
あなたにすごーく興味があるの」
「そうなんだ・・・」
サゴシは苦笑いした。
相手は艶っぽい雰囲気だが、見た目は立派な雄で異種だ。
馴れ馴れしく寄ってくるのが、少々迷惑だった。
「アタシは変身の化け能力者。
あなたの逆で、動物のフリをしないといけないの。
だから、動物と一緒に過ごせるのが、とても嬉しいの。
特にヒトは、変身技術の基本。
完璧にヒトに化けられないと、他の動物に化けても、動きが不自然になるの」
ムギはサゴシの腕に触れ、その手を背中の方まで移動させた。
「尻尾が無い二足歩行も、意外と難しいのよね・・・」
ムギの手が、腰から更に下へ進もうとした。
「よせよ!」サゴシは抵抗した。
「ウフ、ごめんなさい。
つい、調子に乗っちゃったわ。
昔から雌も好きだけど、雄にも興味があってね。
去勢してるけど、関係あるのかしら?」
ムギは口元に手を添えながら笑った。
「ねぇ、あなたって、リジェクトの指示ができるんでしょう。
皆は嫌がっていたけど、アタシは凄く歓迎しているの」
話題が変わり、サゴシは少し安心した。
「どうしてだ?
いきなり現れた俺に、命を握られているんだぜ」
「アタシ達が爆破する条件は、これまで二つだったの。
一つは女主人がリジェクトを発動させること。
もう一つは、自分の判断で自爆すること」
サゴシは表情を硬くした。
ムギの目は穏やかだが、強く訴えてくるものがあった。
餡もまた、陰で二人の会話を黙って聞いていた。
「アタシ達は、国軍最高機密の兵器。
他国にアタシ達の情報を与えるわけにはいかないの。
死後の細胞一つ、回収されてはいけない。
だから、この爆破装置もかなりの威力でね。
どんな小さな肉片も残らない様に設計されているわ」
ムギは自分の手を背中に回す。
「確か、この辺り。
脊髄を通して、全体が吹き飛ぶようになっているわ。
あ、でも勘違いしないで。
アタシは別に嫌がっているわけじゃないの。
ただ・・・」
ムギは空を見上げる。
「実際の現場では、その判断を下すのは、自分自身。
ミストレスは初めに指令を出すけど、過程はアタシ達に委ねられるの。
途中で、ミストレスが爆破指示する可能性は低いわ。
アタシがあなたを歓迎する理由は、あなたが現場で爆破指示をしてくれるから。
アタシ達は家畜よ。
動物の指示に従う為に生まれてきた。
だけど、爆破装置があるということは、自分の意思で死の選択ができるの。
死に方を選べるなら、どうして生き方も選ばせてくれないの?
駄目だけど、どうしても、そう考えちゃうのよ。
皆よりも動物に接する機会が多かったから、かしら?」
サゴシは何も言えなかった。
家畜とは思えない発言に、戸惑っていた。
「アタシは思うの。
家畜の本望は、最後の最後まで動物の目的の為にいられること。
目的を果たせないなら、動物の手で処分してほしい・・・」
ムギは、サゴシの左手を、両手でギュッと包んだ。
「あなたを見ていて思ったの。
きっとあなたは、仲間としてアタシ達と接してくれるわ。
だけど絶対、リジェクトする時は迷わないで。
あなたが責任を持って、処分して。
最後までアタシ達を家畜でいさせて」
サゴシは唇を噛みしめた。
家畜の意思を聞くなど、これまで経験がなかった。
「おい」
餡が中庭に現れた。
「昼食の時間だ。急げ」
そう言ってすぐに戻った。
「それじゃあ、今後ともよろしくね」
ムギはニコッと微笑み、先にベンチを離れた。
※の補足に、いきなり爺様(序章第一話で語りまくってたヒト)が出てきてしまい、失礼いたしました。補足の使い方が、まだ模索状態です。