対面
家畜のフリをすることで、記憶操作能力者のエス改めサゴシは、特蓄隊に加入した・・・
※少し文章が長めです。ヒロインが2話ぶりに登場するので、ご容赦くださいませ。
兵機庁西灯支部。
敷地内に白い棟が幾つもそびえ立つ。
サゴシは八畳程の洋室で、木製のチェアに腰かけていた。
着ているのは、兵機庁支給のシャツとアンクルパンツ。
上下とも白色でシルク製。着心地は悪くない。
シンプルな家具が揃い、ホテルのような室内は、家畜棟の飼育部屋だ。
『サゴシ、準備は良いかしら?
そろそろ夏か冬を、迎えに行かせるわ』
デスクに置かれたノートパソコンから、キャンディの音声が聞こえた。
サゴシがキーボードを叩けば、テレビ電話としても使える。
その判断を彼にさせるのは、(一応)プライバシー保護をしていると言う証だ。
『今度こそ、間違えないようにするよ』
サゴシは開いたノートパソコンの方を見ずに答えた。
彼は二日間、ほとんどこの部屋で過ごした。
パソコンの公式ニュースサイトと、毎朝届く国軍新聞以外の外部接触は禁止された。
渡された特蓄の資料を読み込む時間だけがあった。
雄トラ猫二人が、サゴシの身の回りの世話をしに来る。
扱いは家蓄と同じなので、会話がない。
おまけに二人は兄弟らしく、そっくりで区別がつかない。
推測で名前を呼ぶと大抵間違えるので、その度に睨まれた。
※読者側の世界の人間と比べれば、はるかに彼は動物を見分けることが出来るが、それでも見分けがつかないほど、トラ猫兄弟は似ている。
サゴシは左耳のタグを指でいじりながら待った。
彼の両耳には、合計六つのピアス穴が開いている。
仕事用に開けていて、普段は皮膚の色に似せたクリームを塗るので目立たない。
家畜の象徴である長方形のタグを、その穴の一つに通していた。
ドアをノックする音が聞こえた。
「サゴシ、談話室に行きますよ」
グレーの作業着姿のトラ猫がどちらなのか、まだ分からない。
サゴシは黙ったまま頷き、部屋を出た。
◇◆◇
遠隔家畜管理用モニタールーム。
使用管理責任者のキャンディは、正面の大型モニターに映るサゴシの姿を見ていた。
冬に案内されながら廊下を歩いている。
「少佐、サゴシは特蓄達とうまくやれますかね?」
雌三毛猫のマキが言った。
「見た目と匂いは、彼らと同じ条件にしたわ。
サゴシは元諜報部員。
相手を騙す演技はそれなりにできるでしょう」
そう言いながら、キャンディは渦巻き型棒付きキャンデーの封を外した。
ペロペロと大きな舌で舐める。
特蓄達の名前をそれぞれの好きな食べ物にしたのは、これが理由である。
もちろん彼女は名付けられた後に、キャンデーが好物になった。
「陸穂には、新しい特蓄が加入すると伝えているわ。
談話室で、隊員達に話しているでしょう」
◇◆◇
家畜棟内。
雄トラ猫は、銀色のドアノブがついた白いドアの前で止まった。
表札があり「談話室」と書かれていた。
「この中で、特蓄達が待機しています。
万が一危険を察知したら、緊急ボタンを押すか、大声で呼んでください。
どうか、無理なさらず」
「ありがとう、冬」
冬は微笑んだ。
自分に優しい方が冬だと、サゴシは気付いた。
軽く深呼吸し、サゴシは横開きのドアを動かした。
暖かみのある照明の光が室内全体を照らす。
窓が無く、天井と壁、タイル張りの床も白だった。
ドア正面側に、大きな薄型テレビが置かれている。
ドアとテレビを含めて輪を描くように、一人用ソファがある。
そのソファは合計七つあり、それぞれ色が違った。
ドアから入って左手側から順に、緑、ピンク、青、黄色。
次に正面テレビ、白、黒、赤色だった。
ピンク、青、黄、黒、赤色のソファには特蓄が座っている。
ピンクのソファには、角を短く切っている雄ニホンジカ。
青色のソファには、枯れ葉を思わせる茶色い毛並みのキュウシュウノウサギの雌。
黄色のソファには、精悍な表情の雄カバ。
テレビと白ソファを挟み、黒いソファには柴犬を抱いた雌ヒト。
右端の赤いソファには雄ライオンが座っていた。
「はじめまして。
今日から、ここに配属になったサゴシだ」
サゴシは落ち着いた声で言った。
「雄ヒトかよ・・・」
そう呟いたのは、雄ライオンだった。
特蓄達は、サゴシをじっと見ているだけだった。
サゴシも無言のまま、ドアの前で立っていた。
一通り見渡した後、脚しか見えない雌ヒトが気になった。
背もたれの角度を調整できるらしく、雌ヒトは床と平行になるように倒していた。
サゴシと同じ白い服だが、皆それぞれ形が異なっていた。
ショートパンツから、彼女のしなやかな素足が露になっている。
沈黙が続く中、雌ヒトがムクッと身体を起こした。
肩を越す位の長さの黒髪。
つるんとした肌。
少し太めの眉。
その下の黒い瞳はくっきりと開いている。
そこに添えられた小さく整った鼻と唇。
単純な表現をすると、美少女だ。
※この世界のヒトは、十五歳で成人としている。
雌ヒトが十代後半位の年齢であることを伝える為、「美少女」と表現したが、周りの動物達は、彼女を「少女」とは思っていない。
柴犬が彼女の胸に顔を埋めているので、山の形や大きさが分かる。
(随分と羨ましい場所にいるもんだ)
サゴシは思った。
雌ヒトは、サゴシを見ると、スッと立ち上がり近付いた。
柴犬はピョンと隣の白いソファに移動した。
彼だけ何故か四足歩行だ。
サゴシは美少女の頭から足元まで眺める。
タンクトップに左袖だけを繋げていた。
布の流れで身体の曲線が想像できる。
無表情のまま潤んだ眼差しに、サゴシは惹かれた。
(まるで、愛玩用人形だな)
無意識に口元が綻ぶ。
その瞬間、雌ヒトの眉間に皺が寄った。
彼女の右拳が、サゴシの腹を打つ。
「うぐっ?!」
衝撃と痛みに反射した身体は前に折り畳もうとする。
雌ヒトは下がったサゴシの襟を掴み、足を払い、床に倒す。
「長老?!」
雄ライオンが声をあげる。
「女主人に報告しろ!
こいつは家畜じゃない、侵入者だ!」
雌ヒトの言葉に、全員立ち上がった。
◇◆◇
『ミストレスに報告しろ!
こいつは家畜じゃない、侵入者だ!』
遠隔家畜管理用モニタールーム。
キャンディ達は、大型モニターで談話室内を見ていた。
「もうバレたの?」
「五分経ってないぞ」
マコと若葉が呆れたように言った。
「少佐!
あいつ本当に特任諜報部だったんですか?
餡を見てニヤついてるし、全然駄目じゃないですか?!」
マキは怒り口調で言った。
「バレるとは思ってたけど、こんなに早いとは思わなかったわ」
キャンディは、バリッとうずまきキャンデーを歯で割った。
◇◆◇
家畜棟談話室に、緊張が走った。
「お前は誰だ? 目的は何だ?」
サゴシをうつ伏せに押し付けた状態で、雌ヒトは言った。
「ち、違うんだ、俺はその・・・」
関節を決められている為、サゴシは簡単に動けなかった。
本気を出せば逃げられるが、場を荒立たせたくなかった。
「言わぬなら、言わせるまでだ」
雌ヒトは左腕を天にかざす。
バチバチと左腕から音が発し、袖布がビリリと破れ散る。
「待て! 餡!」
そう叫んだのは、雄カバだった。
ドンッと、餡は衝撃波を全面に受け、ソファまで飛ばされた。
サゴシの身体は、自分の意思と関係なく起き上がった。
見えない大きな風船に挟まれていような感覚だった。
「抵抗すれば、お前の周りの酸素を全て抜くぞ」
サゴシの方へ手のひらを向けながら、カバは言った。
「ムギ、女主人に連絡しろ。
こいつが敵なら、ミストレス達も被害に遭ってるかもしれん」
「分かったわ、隊長」
ムギと呼ばれた雄ニホンジカは、テレビの電源を入れ、リモコンボタンを押した。
彼は、ノースリーブのカットソーと細身のパンツを履いていた。
「少佐、ムギが通信を希望しています」
モニタールームで、マキが言った。
「繋いで。
こちらの映像も向こうに流してあげて」
キャンディは、新しい飴の袋を破きながら言った。
『陸穂、彼を離しなさい』
談話室のテレビに、キャンデーを舐める雌ジャガーが映った。
雄カバは、スッと手を下ろした。
身体が軽くなり、反動でサゴシは膝を床につける。
『餡、どうして彼が家畜でないと分かったの?』
「顔の筋肉だ。
こいつの皮膚は無駄に動きすぎる。
ヒト家畜は勝手に表情を動かすことを禁じられている」
餡は淡々と答えた。
『なるほど。
それと貴女の、雌としての防衛本能かしら?』
サゴシは気まずそうに下を見た。
『サゴシ、気にしないで。
貴方の不備ではなく、特蓄の優秀さを実感してほしいわ』
「ええ、仰る通りですよ」
サゴシは苦笑いした。
『全員、聞きなさい。
彼は、記憶操作化け能力者の動物です。
ダイダイの捜査の為にここに来ました。
表向きは、特蓄として行動します。
貴方達に命令します。
彼が家畜だと、周りに思わせるように行動しなさい。
いかなる時も、彼の命を最優先で守りなさい』
特蓄達は黙ったまま、テレビに映るキャンディを見る。
「しかし、女主人。
同種異性は共に行動しないことが、家畜の原則です。
我々には餡がいます」
陸穂が濁すように言った。
「そうだぜ。
しかも、二人はピチピチのお年頃。
いつどこで、子作りされても、文句は言えねーぜ」
雄ライオンは軽い口調で言った。
それに対して、餡はギッと睨み付けた。
『サゴシも任務としてここにいます。
動物なのだから、理性を備えて行動するでしょう。
ですが、もしもそのような事態が起これば・・・。
私は、餡よりも先に、サゴシを処分します』
その声は、女性とは思えぬほど低く響いた。
サゴシの背中がゾクッと震えた。
「あらら。
残念だったな、イケメン君」
雄ライオンは、ドカッとソファに腰をおろした。
『今後の生活も、サゴシは貴方達と過ごします。
それについて、一つ知らせておくことがあります』
キャンディは、棒つきキャンデーを口から出した。
『私は彼に爆破命令権を与えました。
爆破指示の合図【リジェクト】を彼は使えます。
覚えておきなさい』
特蓄達は皆、サゴシを見た。
サゴシは「リジェクト」のことを予め聞いていた。
体内に爆破装置を取り付けられた特蓄に、自爆を促す言葉。
彼らの目を見て、それがいかに重いものかを実感した。
『話は以上です。
次の指令が出るまで、引き続き訓練をすること。
解散』
キャンディがそう言い終えた直後、テレビはブチッと切れた。
◇◆◇
コンコンコンコン
談話室のドアをノックする音が響く。
「各自、訓練に戻りなさい」
ドアを開けた雄トラ猫が言った。
多分彼は夏だと、サゴシは思った。
陸穂、ムギ、雄ライオン、ノウサギは部屋を出た。
サゴシと、ソファで柴犬を抱いている餡が部屋に残った。
餡は柴犬をソファに残し、再びサゴシに近付く。
「な、何?」
サゴシは肩に力が入る。
餡は黙ったままサゴシと向かい合い、距離を縮めようとする。
彼は戸惑い、後退りする。
サゴシの背中がドアの傍の壁に到達した。
餡は左手を伸ばし、そっとサゴシの顔の横辺りの壁に触れた。
餡の顔が近付く。
ほのかに桃色をした頬。
閉じた唇は、柔らかそうだ。
サゴシは鼓動が速まり、体温が上がるのを感じた。
自分も左腕を伸ばそうかと思った。
「サゴシ」餡の唇が動く。
「覚えておけ。
私は兵器だ。愛玩用ではない。
決して用途を誤るな。さもなくば・・・」
バチバチバチッ!
サゴシの顔の真横、餡の左手の平から火花が飛ぶ。
餡が手を離すと、壁のその部分だけ、ひび割れ砕けた。
「死ぬぞ」
そう言って、餡は部屋を出た。
「・・・・おっかねぇ女だ」
サゴシが呟いていると、今度は柴犬がやって来た。
ポンッと、四足歩行から二足歩行姿に化けた。
黄土色の毛並みを、Tシャツとハーフ丈パンツが覆っている。
幼そうな雰囲気だが、ちゃんと成人した柴犬だ。
「なおします! なおします!」
柴犬はサゴシの傍でピョンピョン跳ねる。
手の届かない壁のひび割れを、彼の目は捉えていた。
察したサゴシは、彼を抱き上げた。
柴犬はひび割れの壁に両手を触れると、バチバチと音を鳴らす。
ほんの十秒程で、壁は綺麗に修復された。
「なおしました!」
柴犬は、サゴシの手から離れ着地し、部屋を出た。
「生き物以外も直せるのかよ」
サゴシは感心した。
彼の化け能力は、一般的な化け医療術だった。
しかしそれは生物を対象としており、無機物を修復できる能力者はかなり少ない。
「実力は申し分ないと言うことか」
サゴシは首をコキコキ鳴らしながら、談話室を後にした。
「キャンデーを口に入れたまま、喋るなよ」と思いましたが、第1章第1話ビル占拠の時に、動物達は、話すときにそこまで口を動かさないと書いてましたね。「ああ、だからか」と思いました。