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 キャンディ少佐と典巻警部の前に現れた、エスと名乗る特任の雄ヒトの目的は・・・

 兵機庁西灯支部。

 遠隔家畜管理用モニタールーム。


 「エス」と名乗る雄ヒトの侵入者は笑みを浮かべていた。


「そういうことね。

 マコ、席に戻りなさい」

 対峙する雌ジャガーのキャンディは、状況を理解し、緊迫した表情を解いた。


「は、はい」

 背後にいた雌黒猫は、サササッとエスが座っていた場所に向かった。


「なぜ、特任がここに・・・?」

 雄オランウータンの典巻は現状が把握できていなかった。


「マキ。

 彼の動画を特任に向かって中継配信して。

 彼が特任かどうか確認するわ」


「はい!」

 雌三毛猫のマキは慌ててパソコンのキーボードを叩く。

 隣で立っていた雄チーターもカメラ撮影の準備をする。


「『エスが来た』と伝えれば、話が早いと思うよ」

 エスは言った。


「とりあえず、貴方が特任と仮定して話を進めるわ。

 なぜ私のところに?

 確かに、諜報部員をこちらへ派遣するよう、特任に依頼していたけど」


「そうなのか?!」

 典巻は驚いた口調で尋ねたが、キャンディは無視した。


「だけど、何も返答がなかった。

 断る意味すらないと、判断されたのかと思っていたわ」


「ええ。

 諜報部のお偉いさん達が言ってましたよ。

用具係(・・・)共は、弾の在庫が合わず、困っているのか』って」


 エスの言葉に、キャンディは眉間に皺を寄せる。


「だから、これは特任からの派遣ではない。

 俺の意志で、志願しに来た」


「え?」


「俺は正直な性格でね。

 少佐からの依頼書面を勝手に見たことと、兵機庁に行くことを、ちゃんと上に言ってきた。

 後は、あなたがどうするかだ」


「それは、特任の返答と、貴方の能力を確認してからよ」


「俺の実力は、ここに居る時点で証明されているでしょう。

 兵機庁西灯支部ここに、俺が入館した記録は一切ない。

 少佐とお嬢さんが、モニタールームを離れた隙に侵入し、残った二人に気付かれずに待っていた」


「マキと若葉わかばに気付かれなかったのは、なぜ?」


「それは・・・」

 エスは、右手をスッと上げた。

 手の平から、微かにパチパチと音がした。

「俺が、少佐ご所望の『記憶操作の化け能力者』だからです。

 加えて、催眠術も少々」


「記憶操作だと・・・!?」

 二人の会話を聞いていた典巻は言葉を失った。


 記憶操作。

 他者の脳機能を操るトランスフォーメーション。

 この世界には、個体の脳にある記憶を「たね」と称す外部保管機器に移す技術がある。

 逆に種の中にある記憶を、他者の脳に植え付けることもできる。

 だが、個体の記憶や脳を操ることは、非常に注意が必要な為、各国で厳しく管理されている。


「つまり、彼らの記憶を操り、ここに居るという訳ね」


 キャンディの髭を逆立て、閉じていた口から牙を見せた。


 ガルルッ!


 彼女は短く唸り声を上げた。

 エスに近付き、胸ぐらを掴んだ。


 ジャガーである彼女は、その辺の動物よりも力が強い。


「よくも、私の部下の脳を触ったわね!」


 その場にいる動物達は黙ったまま、二人の様子を見た。


 エスは、自分の胸ぐらを掴むキャンディの手に触れた。


「安心してください、少佐。

 記憶を操ることはしていませんよ。

 寝起きのように脳が活動しきっていない状態にしただけです。

 負担はほとんどなく、一時的なものです。

 俺の力を見てもらうには、これが一番手っ取り早いと思って」


「少佐!

 エスについて、返事が来ました。

 それも・・・元帥げんすい直接から・・・」


 空気を遮るかのようにマキの声が響いた。


「何ですって!?」

 キャンディの手の力が緩み、スッとエスは離れた。

 彼女もそれに気付いたが、放っておいた。


「元帥からは何と?」


「『エスは特任だ。

 兵機庁が正式に彼を迎え入れるなら、彼の情報は全て渡そう。

 煮るなり焼くなり好きにしなさい』

 と・・・」


 マキは震える声でメール文を読み上げた。

 元帥とは国軍の頂点に立つ動物で、兵機庁含め国軍に属する者にとっては絶対的な存在である。


 キャンディは苦い表情をしたまま、エスの方を見た。


「俺がここに入る為の条件は全て揃いましたね」

 エスはニコッと笑った。


     ◇◆◇


 マコの案内で、典巻とエスは、モニタールーム内にあるドアから小さな会議室へと移動した。

 二人を向かい合うように座らせ、コーヒーと茶菓子を用意した。


 典巻がコーヒーをすすり、クッキーをボソボソと食べ始めた頃に、キャンディが現れた。


「お待たせして申し訳ありません」

 キャンディは典巻の隣に座った。


「全くだ。

 わしは君に随分多くを尋ねばならんようだしな」


 キャンディは苦笑いした。


「エス。

 たった今、貴方は正式に兵機庁に配属されました。

 元帥から返事をもらえたおかげで、素早く手続きができたわ」


「それは良かった。

 これからよろしくお願いします、少佐」

 エスは着席したまま頭を下げた。


「では早速、貴方にはこれから家畜として過ごしてもらいます」


「「は?」」


 キャンディの発言に、雄二人は目を丸くした。


「え?

 テロリストの情報を得るために、俺を入れたのでは?」


「その通りです。

 ですが、私は蓄局の動物。

 兵士ではなく、家畜を動かします。

 その為、私の下で働くには、家畜になる必要があります」


「そんなこと、依頼文には書いてなかったぞ」

 エスは表情をひきつらせながら言った。


「当たり前です。

 ここで初めて口に出したのですから。

 私の記憶を見ない限り、事前に知ることはできないでしょう」


 キャンディは机の上に肘を置き、身を乗り出した。


「テロリストの正体を突き止め、壊滅させるには、表に出る前の情報が必要です。

 私の特蓄には、情報を操る化け能力者がいますが、あれは機械と変わりません。

 本当に必要な情報を得るには、それ(・・)と判断できる動物が、特蓄の傍にいないといけません。

 それが出来るのは、化け能力者部隊である特任だけなのです」


 キャンディは一呼吸置き、チラッと典巻を見た。

 典巻は鋭い目で彼女を見つめていた。


「ですが、公安に特任が関わっていることが知られると面倒です。

 しかも、敵が最も排除したい諜報部員、それも記憶操作能力者。

 敵に知られれば、真っ先に狙われる存在です」


「ああ、その通りだ」エスは言った。


「特蓄は、情報を収集する貴方の命を守る為に使用するとお考えください。

 そして、隠れ蓑として、家畜のふりをする。

 普段の生活も、西灯支部で過ごしてもらいます。

 食事、訓練、衛生全て、特蓄同様に我々が貴方を管理します。

 ですが、最低限のプライバシー保護と、許可を得ての外出をお約束しましょう」


「家畜とひとつ屋根の下で、一緒に飼われろと言うことか」

 エスの口元から笑みがこぼれた。


「ちょっと待て!

 少佐、それはあまりにも彼の個生権を無視した行為だ。

 彼を家畜として派遣させるなら、公安は協力を断る!」


 典巻が椅子の上で立ち上がり言った。


「君もどういう理由でここに来たのか知らんが、やめなさい。

 君はまだ若く、これから何十年と生きる長寿動物だ。

 他にも道はいくらでもあるだろう」


「目的の為には、個生権を遵守ばかりしている訳にはいきません。

 なぜ、特蓄が生まれたのか。

 それは、昨日のうずしおのように、動物が安易に踏み込めない場所に彼らを送る為です。

 特蓄達は、使い捨てが可能ですからね」


「彼も使い捨てにするつもりなのか?!」

 典巻は声を荒立てた。


「失礼、その・・・警部さん?

 俺は構いませんよ。

 是非、家畜として使ってください。

 特任にいた頃は、単独行動の自己責任。

 それに比べれば、家畜が身体を張って俺を守ってくれるんだ。

 ありがたい限りですよ」


「決まりね」

 キャンディはニッと微笑む。

「どうか、警部もご理解を。

 彼はこれ以上にない戦力なのですから」


 典巻は何も言わずに椅子に座り直した。


「では、ここに貴方の好きな食べ物の名前を幾つか書いて」

 キャンディはスーツからメモ帳とペンを取りだした。


 エスは不思議そうにしながらも、言われた通りに書く。


「イクラ、鮭、とろろ昆布、ホタテ・・・。

 海産物が好きなの?」


「生まれ育ったのが、北島(ほくとう)でして。

 海の幸については、舌が肥えているんですよ」


 エスは七つほど書き上げ、キャンディに渡した。


 メモとエスの顔を繰り返し見た。


「では、今日から貴方を『サゴシ』と呼びます。

 この後、若葉を呼ぶから一緒に家畜棟に行きなさい」


「サゴシ、ですか?」エスは戸惑った。


「特蓄には、個体管理番号とは別に、私が名前をつけています。

 彼らの好きな食べ物の名前をね」


「はぁ。

 あの、今から家畜棟に行くんですか?

 寝泊まりするなら、その前に自宅に戻りたいんですけど」


「駄目です。

 匂い、衣服、胃の中のもの、全て兵機庁西灯支部ここの管理にする必要があります。

 明後日、特蓄と対面させるので、それまで外部接触を一切不可とします。

 自宅の片付けは、こちらで手配するわ。

 特任と言っても、住んでいるのは軍の寮なのね」


「はぁ・・・」

 エスは、典巻に助けを求める為、視線を送った。


 しかし、典巻は「諦めろ」と言いたげに首を横に振った。


     ◇◆◇


 若葉を同行させた上で、支部を出るまでの間、エスと話をすることを、典巻はキャンディに頼んだ。


 動く歩道(かなり速い)に横並びで二人は立った。


「少佐は聞かなかったが、何故君は兵機庁に入ろうと思った?」


 典巻は額のフランジ越しに、エスを見上げた。


「俺の目的を果たす為には、特任にいるより、こっちに来た方が良いと思いましてね」

 エスは正面を向いたまま答えた。


「君の目的とは何だ?」


「悪いことじゃないですよ。

 とある記憶のたねを探しておりまして。

 それで、記憶操作の特訓をしたんですよ」


「記憶の種?」


「俺の瞳が、夢と空想に溢れキラキラしていた頃の記憶です」


 エスがそう言い終えた頃に、若葉が声をかけた。

 サゴシはこれ以上先に進めないとのことだった。


「それでは、これからよろしくお願いします、警部」


「無茶はするなよ」

 典巻はノソノソと拳で地を踏みながら、出口へ向かった。

「サゴシ」とは、さわらの小型魚のことです。鰆は出世魚です。読者様の世界でいう瀬戸内海近辺の市場に出回ることが多いらしいので、エスは大人になってから、この魚の味を覚えたのでしょうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エスは家畜として扱われることを受け入れても、成したいことがあるのですね。 特畜としてのお名前はサゴシさん。 好きな食べ物から選ぶなら一歩間違うと、とろろ昆布さんになっていたのですね。サゴシ…
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