駄々
2021/12/08修正。管理センター建物を5階から10階に変更しました。この話以前も修正済です。
灯のと中央生態保護区管理センター
10階管制室
特畜隊とブランマンジェは、自由観察圏内にいる巨大イグアナキメラの背中を、窓越しに見ていた。
ブランマンジェはスピカと意思疎通が出来るように、自身の脳に特殊なキメラ脳細胞を移植していた。
ブランマンジェは管理センターに潜入後、培養保存していたスピカの卵を強制的に孵化させた。
スピカは急速に成長し、自由観察圏から外側を攻撃し、近隣動物を撤退させた。
センター占拠に成功した後から、徐々にスピカが指示を聞かなくなってきた。
念じればスピカはその通りに動くはずだったが、何度念じても全く違う行動を取り始めるのだ。
「注意しても、スピカは限定観察圏に行こうとするんだ……」
屋上へ行き、大声を出し、身振り手振りしてようやく従う。
しかしまたすぐに勝手に移動を始め、身体を変形させる。
目が離せなくなったブランマンジェは、管制室から出られず、自身の寝食もまともに出来なくなった。
力尽き、気が付いた時には、特畜隊が彼を介抱していた。
「何でこんな面倒なところで孵化したんだよ」
サゴシはブランマンジェの方を見て言った。
ブランマンジェは椅子を並べた簡易ベッドの上に座り、背もたれに腕を置いていた。
「下等生物を征服させるには、人質を取った方が良いと、大地のお声は仰せだった。
僕も保護区を本気で襲おうなんて思ってはいない。
でも保護区に平伏すのは、高等生命体のすることではないから……」
ごにょごにょとブランマンジェは言っていたが、サゴシはもう耳に入れていなかった。
窓の向こうのスピカはこちらを振り返り、顔を見せていた。
背中よりも更に柔らかそうな白い鱗に覆われた顔は、巨体にはアンバランスな程幼く弱々しい。
目はイグアナのそれだが、怯えているような気配がした。
ギィエエエーーー
窓に向かってスピカが鳴くと、ガラスが震えた。
黒く硬そうな鱗の足で地団駄を踏んでいる。
持て余した手で自らの胴体を叩き、更に鳴き出す。
頭部の突起物2本がぐるぐる回っている。
「スピカに指示を送っているのか?」
サゴシは尋ねる。
「いや、もうとっくにそんなことしてないよ……」
ブランマンジェは沈んだ声で答えた。
サゴシは再びスピカを見る。
ほとんど直感的に言った。
「駄々をこねてやがる」
「はぁ?」とブランマンジェが声を出す。
「生まれて2週間程度のガキだろ。
伝えたいことが伝えられなくて苛ついている状態だ。
家畜なら、母親が世話したり、飼育者が力や道具で抑えたりする。
でも、あいつにはそうしてもらえる術すらない」
「随分詳しいんだな」
タテガミが言った。
「ああ、お前に言ってなかったな。
俺は子供の頃、酪農牧場にいたんだ」
「ヒトの乳って流通してるのか?」
「ちげーよ。飼育する側に決まってるだろ。
ヤギやヒツジの世話を手伝っていたらさ、たまにいたよ。
聞かん坊みたいなやつ。
大抵成長すれば落ち着くけどな」
そう言った後、サゴシはふと餡の方を見た。
床に仰向けになり、泣きながら暴れる餡と、それにたじろぐ萩を思い出したのだ。
ブランマンジェは呆気にとられた顔をしていた。
耳がピンと立っている。
「子どもの駄々……?」
◆◆◆
ギィアアアアアーーー!!!
スピカが先程とは異なる音域の声を出した。
すると、胴体がズドンと下がり、直径が拡がった。
首も胴に埋もれるように下がり、目元だけが管制室を見つめている。
「また、変形を始めた!」
ブランマンジェが叫ぶ。
スピカの胴体の鱗は膜を張るかのように伸びている。
滑らかに見える皮膚の動きと身体の変形は、回っているろくろに乗った形成中の土器のようだった。
「止めるように念じてみろ」
サゴシが言う。
「さっきからそうしてるさ!
変形するな! 動くなって!」
ブランマンジェは既に半泣きだった。
簡易ベッドから立ち上がり、腕を横に広げて振る。
スピカの動きは止まらず、埋もれた目は管制室の反対側、観察圏内側を見ていた。
黒い尻尾の何本かが、進もうとしている。
「『身体を縦にしろ!
目を10階の窓の高さまで持って来い』
と、命令してみるんだ」
サゴシは言った。
ブランマンジェは不思議そうにサゴシを見る。
「いいから試してみろ!」
ブランマンジェはスピカの方を向き、グッと黙った。
すると、スピカは拡げていた胴の直径を元に戻し始めた。
スルスルと背が伸びていき、目線が管制室と合う。
「言うことを聞いた……?!」
ブランマンジェは、ズサっと簡易ベッドに座り込んだ。
「サゴシ、スピカのこれまでの様子を撮影したデータがまとまった」
セロリが言う。
「サエズリ、見てくれ」
サゴシが言うと、サエズリは簡易ベッドから降りて、セロリの方へ向かう。
セロリがディスプレイに、スピカを上から撮影した定点観測等、様々な映像資料を出す。
サエズリはパネルと操作しながら、それらの映像に素早く目を通し、時折繰り返し再生した。
キャンッとサエズリが吠える。
「スピカは外見はイグアナだが、哺乳類に近い性質を持っている」
セロリが機器を操作しながら淡々と話し始めた。
サエズリの通訳をしていると、特畜達は理解した。
「動物と脳信号を共有出来ることから、思考力があるはずだが、未熟で使いこなせていないと思われる」
「彼女は何者だ?
情報の化け能力者みたいだけど、医学知識もあるのか?」
ブランマンジェが呟いた。
サゴシは聞こえていたが無視した。
「変形の前後に、自分の体を叩く動作をしている。
体内に異変が生じ、思考に影響を及ぼしていると推測する。
変形型キメラは、変形を指示する信号核を体内に所有している。
この信号核を破壊しないと変形を止めることは出来ない。
しかし、この核は体内を自在に移動出来る。
精密検査をしないと、第三者が核の位置を特定することは不可能だ。
この巨体では、信号核のみを探り当てて破壊することは困難と思われる」
「信号核は常に移動しているものなのか?」
サゴシが尋ねる。
「スピカに当てはまるかどうかは不明だが、過去の研究データによると、変形に応じて移動するが、通常時は留まっている。
しかし、場所は決まっていない」
「信号核がどこにあるかってのは、所有する本体に自覚はあるのか?」
「変形させなくとも、状況に応じて核の位置が変わるというデータがある。
信号核自身も脳指示によって移動していると推測されている。
となると、本能的に位置を把握出来ている可能性が高い」
サゴシはタグのついた側の耳たぶを摘む。
餡の方を見る。
彼女はずっとスピカを見つめていた。
「どこにあるか、スピカ自身に聞くしかないな」
サゴシは言った。
「餡、俺がお前とスピカの脳を繋ぐ。
お前がスピカから直接信号核の場所を聞き出すんだ。
出来るだろ?
家畜にも意思があるんだからな。
聞きだしたら、お前の能力で核をスピカの身体ごと破壊しろ」
餡がサゴシを見る。
その美しい目元から、感情を読み取ることは出来ない。
「承知した」と餡は返した。
◆◆◆
「スピカの身体を破壊だって?!」
ブランマンジェは再び身を乗り出す。
「そうするしかないだろ。
信号核だけ破壊は出来ないからな」
サゴシは言った。
「内側に行かせないようにすれば良いじゃないか!
僕がそうさせないようにするから!」
ブランマンジェは訴える。
キャンキャン! とサエズリが鳴く。
機材の上に乗り出し、窓の向こうを見下ろした。
「それはやがて難しくなるだろう。
スピカが保護区に向かうのは、空腹だからだ」
セロリが淡々と通訳した。
サゴシとブランマンジェの表情が硬くなる。
「スピカは土も食べる草食性だ。
建物とスピカ周辺の土が根こそぎ抉られている。
キメラの性質上、少量の食糧で生命維持は可能だが、それでも周辺の草木や土では足りないのだろう。
内側に向かうのは、そちらの方が食糧が豊富だからだ」
サゴシはスピカの更にその向こうを見る。
山裾に構えるセンターから見える景色は、緑豊かな山々の並びだった。
「そんな……。
草食なんて聞いてない。
大地のお声は、スピカは空気中の微生物を取り込んで栄養にすると仰せだったのに」
ブランマンジェの声は震えている。
「大地のお声が何者か知らねぇけど。
そいつは脅しの為にスピカを放ったのではなく、はじめから保護区を襲うつもりだったんだろうな」
サゴシが冷たく言うと、ブランマンジェは黙り込んだ。
「陸稲、空気膜でスピカの動きを止めることは可能か?」
「いや。尻尾一本分を数秒が限界だ。
それでは無意味だろう。
酸素を抜くにしても、範囲が広すぎて無理だ」
陸稲の回答にサゴシは再度耳をいじる。
「よし。
では餡、今から10分以内に俺と二人でここを出る。
準備しろ。
陸稲も俺達と一緒に出て、後方支援しろ。
スピカを止めようとしなくていい。
サエズリはブランマンジェの看病を継続しつつ、スピカの行動観察を。
セロリはサエズリの指示に従いデータ収集。
外部に情報が漏れないようにアクセス制限しろ。
外の機動隊にこちらの様子が探られないようにしておけ」
「「「承知した」」」
餡と陸稲は素早く行動を始める。
サエズリはキャンと鳴いた。
「タテガミはここでセロリとサエズリの護衛。
万一ここが危なくなったら、3人を連れて避難するんだ」
「またおんぶ係かよ」タテガミは言った。
◆◆◆
サゴシ、餡、陸稲は、管理センターの屋上に到着した。
ズン……ズン……とスピカの仕草一つ一つが空気に乗り振動として伝わってくるようだ。
発酵して乾いたような土草の臭い。
スピカの排泄物からだろうか。
目の前の巨体が生きているという、恐ろしい事実を思い知る。
「行くぞ」
サゴシは言った。




