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歴史

西灯大学キャンパス

先骨専用研究室


 先骨は、応接用ソファの向かいに座る典巻と、背後で立つ部下二人を見る。


 3人の耳元には、小さな四角いタグが揺れている。


「最近の警察は興味深いものを身に着けておるんじゃの」

 先骨は言った。


「これは軍用家畜のタグです。

 脳操作防止機能がついています。

 脳信号を監視されるので、本来動物が付けるものではありません」

 典巻が説明した。


「典巻殿には、警察の誇りは無いのかね?

 軍の家畜に成り下がるようなことを。

 部下のお二人が気の毒じゃ」

 先骨はポリポリと顎の毛を掻いた。


「儂は捜査に必要な機器を拝借したまでです。

 軍と警察は目的が異なるだけの対等な機関。

 そして、目指す先は同じです」


 典巻の目に揺らぎは一切ない。


「わしが催眠を使えることをどうやって知った?」


「ある特殊な環境に置かれた動物からの提言です。

 あなたがメディアに出演し発言する様子を見て、あなたが『集団催眠』を発動していると気付いたのです」


「その動物も化け能力者か?」


「提言した者のことは教えられません。

 ただ、催眠にも種類があると軍から聞きました。


 短時間効果で、強い催眠をかけるタイプ。

 長時間弱い催眠をかけて、集団心理で浸透させるタイプ。


 優秀な化け能力者が強い催眠をかければ、このタグも通用しないようです。

 しかし弱い催眠なら、遮られるそうです。


 そして社会性を持たない家畜に、動物の集団心理は通用しません」


 額のフランジで、典巻の目元が陰る。


「まるでその動物は、家畜と同じ環境にいるようじゃのう」


 先骨の言葉に、典巻はあえて黙った。


「あなたが催眠を発動している可能性を知り、我々はあなたについて捜査を始めた。

 しかし、あと一歩辿り着けないのです。

 不思議な感覚でした。

 直前で意識から消えるのです。

 部下も同様の体験をしました。

 その為、儂は軍に催眠を遮る道具を借りたのです。


 すると、様々なあなたの痕跡が見つかりました。

 それを所有していた動物は誰も気付いておりませんでした。


 集団催眠のコツは、コソコソしないことだそうですね。


 あなたは長い間政治舞台に立ち、引退後は講演やメディア出演で、多くの動物に『自分は不正に縁のない、誠実な政治家である』と催眠をかけ続けた。

 一方で今儂らにしたように、案件に関わる動物には自ら会い、記憶をはぐらかす催眠をかけた。


 あなたが催眠を発動した証拠を抑えた今、儂らが集めた証拠も全て効力を持ちます」


 先骨は手の平で目を覆い、前かがみになった。


「先骨先生。

 警察に無断で催眠をかける行為は、脳医療違反、公務執行妨害にあたります。

 まずはこの件で、同行願えますでしょうか」

 シンバルが一歩近付き言った。


 指の隙間越しに、先骨の黒い瞳が見えた。


     ◆◆◆


 先骨は杖を拾い、立ち上がる。

 杖をつきながら、シンバルの方へ向かう。

 先骨とすれ違う時に、典巻は再び話し始める。


「先骨先生、あなたが改正した障害者雇用法のおかげで、儂は警官として働けております。

 どうして、テロの誘発などなさったのですか?」


 先骨は歩みを止める。


「そなた達のことだ。

 わしの政治活動最古の記録に辿り着いておるじゃろ」


「ええ。驚きました。

 国立図書館所蔵の歴史資料にありました。

 70年程前だったかと」


「当時の灯のとについて、学校で習ったじゃろう」


(ホァン)からの独立間もない頃ですね」


 先骨はソファーに座る典巻の背後に移動する。

 二人は向き合わず、そのまま話を続けた。


「黄占領下だった頃の灯のとは、大陸から動物がやって来る以前と変わらない暮らしを続けられていた。

 在来種にも、繁殖や物流・技術発展のメリットがあった。

 じゃから黄占領をそこまで問題に捉えておらんかった。


 しかし一部の移住動物達が独立運動を始めた。

 ヴァージャーランドといった、黄以外の出身者が主導した。

 国と認められるには、国際基準に則った社会構成が必要じゃ。

 独立推進派動物(あいつら)は最悪の手段を取った」


「選別期間、ですね。

 儂もこの国の払拭出来ない酷い史実だと思っております」


 シンバルと泉は、歴史の教科書のページを頭に浮かべた。


 灯のと独立時、動物と野生動物の区分けが実行された。

 一定期間の間に、二足歩行姿生活と動物宣言が出来ない在来種を野生動物とし、各地で定めた生態保護区の中から出られないようにした。

 動物宣言をした者は、保護区不可侵宣誓を義務付けられた。


 1ページにも満たない文章だが、実態は在来種達を強制的に引き離し、個生権を奪う行為だった。

 独立前後、在来種の反発運動が起き、政府との交渉の結果、和解したとされている。


「そなたらは、わしのことを化けダヌキだと思っとるじゃろ。

 それは誤りじゃ。わしは半化けダヌキじゃ」


 先骨は杖の頭を強く握る。


「わしの母君は動物にならなかった。

 残された一族と共に生きる選択をした。

 そして一族の恨みを晴らすべく、化けダヌキとの間に子をもうけた。

 それがわしじゃ。


 化けダヌキだったら、世の(ことわり)に従う必要もなく、のんびり気ままに暮らしていけたじゃろう。

 だが、わしはちょっと寿命が長く、催眠が出来る程度の半化けじゃ。


 わしは母君や一族の思いを継ぎ、忌まわしき境界を破壊する宿命に従ったのじゃ」


「それがあの、観察圏に現れたキメラですか?」


 シンバルは、典巻が震えていることに気付いた。


「わしも驚いたよ。

 環境を整えてやると、あんなものを作れてしまうのじゃ。


 才能があっても法に邪魔される動物は、いつの世にも一定数おっての。

 ようやく時期に恵まれ、稀有な程集まった。

 研究者、医者、交渉者、調停者(コーディネーター)、テロリスト。

 キメラ開発、個体へのキメラ移植、資金繰り、隠蔽工作。

 テロ活動も見事に実現させた。


 共通目標を持たせると、集団催眠は効果的じゃ。

 空想的と現実的なものを上手く混ぜると、崇拝と敵意が明確化し、一層団結させやすくなる。


 灯のと独立反対思想は、黄に実際にあった。

 じゃが黄は、ヘイト問題をなくす取組を続けておるので、近年ほとんど表に出ることはなかった。

 今更灯のとを叩いても、黄に大したメリットがない、というのもあるじゃろうがな。


 灯のとで埋もれている動物達に『最高生命体進化』と『反灯のと』いうフレーズは、非常に浸透性が高かったわい」


「その動物達は、あなたに(そそのか)され、法を破り死んだ。

 心身を酷く傷めた者もいます。

 それについてはどうお考えですか?」


「それだけ、わしの目指す先は険しいのじゃ。

 致し方無い」


「致し方無い、だと……? ふざけるな!」


 典巻は両手でソファーの背を持つ。

 長い両腕で身体を振り上げてソファーを乗り越えた。


 ドシンっと、先骨とシンバルの目の前に着地する。


 典巻の両腕は床から離れた。

 曲げていた膝は伸び、身長約120センチの先骨を越えていく。


「どんな理由だろうと、動物の命を奪って良い訳あるか!


 あんたの野望から国の平和を守る為に、殉職した若者もいるんだぞ。


 そして今も、キメラの保護区侵入を止める為に、個生権を捨て命懸けで戦っている動物もいるんだ!」


 典巻の身体は小刻みに揺れ、目は充血させていた。


 シンバルは典巻の身体のことを聞いている。

 怒りに震えているのか、激痛に耐えているのか、彼には計り知れなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 崇高な目的のためには……、そういう輩がいますよね。犠牲がつきものとか、貴い犠牲とか。絶対そんなこと思っていないだろうな。先生のセリフにも「どうです、上手くいきましたよ」感が滲んでいる気がしま…
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