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記憶☆

西灯大学キャンパス

特別教授研究室


 彼に与えられた個室は、学長室並に随分広い。


 壁一面の本棚には、見栄えを意識し、彼の執筆本や辞典が置かれているが、手に取ったことは一度もない。


 応接用の黒い革製ソファにも、ほぼ座ったことがない。

 にも関わらず、ソファテーブルの上には、新鮮な生花が小瓶に活けられている。


 中央生態保護区の異常事態で、央灯は混乱していた。

 デモは日に日に激しくなっていく。

 煽るマスコミ。対応に追われる警察。

 少しずつ街の一部が機能しなくなっていた。


 彼は周囲に懇願され、避難するように西灯に来ていた。

 逃げたように見えないよう、優秀な秘書達が西灯での仕事を組んでくれた。


 午前一番の特別講義を終え、今日の仕事はこれで完了だ。

 内容の浅いレポートが、参加学生から届く。

 それは全て、秘書が雇ったスタッフが処理してくれる。


 築の浅い建物がもつ空気。彼は嫌いではなかった。

 彼は「現状を変える」ことが好きだからだ。


 広いデスクで書類に目を通していると、廊下の方から慌ただしい声が聞こえてきた。嗅ぎ慣れぬ臭いもする。


 悪い予感がする、と彼は思った。


「アポは取っているんですか?!

 これ以上は困ります!」


 カンカンカンと複数の靴音が近付いてきた。


 ノックが4回。


 彼は「どうぞ」と返す。


「失礼いたします」

 逞しい雄ゴリラがドアを開ける。


 先に入ってきたのは、老いた雄オランウータンだった。

 リーダーの象徴であるフランジ。

 ただ者ではないと一目で予感させた。

挿絵(By みてみん)


 オランウータンは二足歩行姿をしておらず、ノシノシと拳を床につきながら部屋に入った。


 次に雄ゴリラ、最後に雌ヒトが入室した。


 その後ろで、秘書のリスがあたふたしている。

「すみません!

 今、警備員を呼んでますので!」


「構わない。君は下がっていておくれ」


 彼の声はとても落ち着いていた。

 椅子から立ち、デスクの前に出る。


 雌ヒトは扉を閉める。


 彼は常磐色の正絹の羽織と着物姿だった。

 コツコツと杖をついている。


「警察庁公安局新興テロリスト対策課の典巻と申します」

「シンバルです」

「未来です」

 3人は同時に警察手帳を見せる。


「ダイダイ捜査でご協力頂きたく参りました。

 お時間よろしいでしょうか……


 ……先骨先生」


 雄の老タヌキが両手で杖に体重を乗せながらフーッと息を吐いた。


    ◆◆◆


「どうぞ、ソファにお座りになってください」

 典巻が先骨に言った。


「お言葉に甘えて。貴方達もどうぞ」


「では儂も失礼いたします」


 ソファに先骨と典巻が向かい合って座り、典巻の後ろにシンバルと泉が立った。


「テロリスト対策課ですか。

 ダイダイの所業や、国民達の感情の露呈には、わしも胸を痛めていた。

 日々苦慮されている警察の方々へは、出来る限り協力させて頂きたいものです。

 しかし、わしにはお力になれるようなものは何も……」


「あなたは大地の声ですね?」


 典巻の言葉に、先骨の鼻が僅かに動く。


「大地の声……? 何のことだか……」


「行燈山違法建築物の中に、不審な通信記録がありました。

 履歴を辿った結果、あなたが所有する電子機器からのアクセスだと判明いたしました」


「なるほど。

 わしの所有物の押収を希望ですかね?

 構いません。

 秘書に持ってこさせますね」


「今は結構です。

 もう一つ別の履歴をお見せしましょう。

 通信機器は同じです。

 あなた所有でない方の機器の位置情報を調べると、灯のと中央生態保護区管理センターでした。

 一番目の日時は、行燈山騒動の翌々日。

 その後、数日間通信履歴があります。

 センターが機能不全になり、職員が撤退した後も通信記録はありました」


 典巻はソファテーブルにA4用紙を置いた。


「わしが、管理センターにいる()()()()の者と連絡を取ったと言いたいのか?」


「はい、儂らはそう思っております」

 典巻は先骨を見つめる。


「環境省からの依頼で、わしは保護区管理に携わっておる。

 異常事態に()()()に連絡することもある。

 機密事項もあるので詳細を伝えることは控えたい。

 典巻殿が見せた履歴とそれが一致しているか分からんが」


 先骨はテーブルの方へ手を動かしたが止めた。

 秘書が不在で茶を出していないことに気付いたのだ。


「そうですか……。

 では、こちらはいかがでしょうか?」


 典巻は安物のグレースーツの胸ポケットに手を入れる。


 取り出したのは、精悍な雄トラの顔写真だった。

「この青年をご存知でしょうか?」


「いや……心当たりがないですな」


「彼はヴァラン。

 うずしお本社ビルを襲ったダイダイテロの首謀者です」


「あれも、衝撃的な事件じゃったの」


 先骨は右手で杖の頭を撫で回す。


「ヴァランは我々の取り調べに対し、マスターと名乗る動物と、大地の声と名乗る動物と接触した経緯を供述しました。

 前者は記憶捜査とも一致し、事実と承認しました」


 先骨の指は動きを止めなかった。


   ◆◆◆


 典巻の背後で、ニシローランドゴリラのシンバルは、懸命に平静を装い立っていた。


 典巻はある仮定に基づいて動いている。

 一歩間違えれば、自身だけではなく、警察全体にも大きなダメージを与える。

 それだけの相手と、典巻は手探りで対峙していることが、赤毛の垂れた後ろ毛から伝わってくる。


 ヴァランの記憶捜査が実施される当日朝。

 典巻は自ら脳捜査室に赴き、中断させた。

「操作開始直後に、予め仕掛けられていたと思われる脳神経破壊装置が発動。捜査不可能と判断し中断」

 と、記録に残した。


 つまり、嘘の報告をしたのだ。


 責任は自分が負う、と記憶捜査担当班達を説き伏せた。

 紙にもデータにも真実は載っていない。

 ヴァランは警察病院に入院となった。


 典巻はヴァランに破壊装置のことを伝えた。


 彼はダイダイと、幹部になる約束をしていたらしい。

 なのに、ビル襲撃以前に装置を埋め込まれた。

 ダイダイははじめから、約束を守る気がなかったのだ。

 ヴァランはショックで取り乱した。


 施術者を特定しない限り、装置を発動させずに取り除く術を知ることは出来ない。

 典巻はヴァランにとある提案をした。

 ヴァランもそれを了承した。


 記憶と心の関連性について、化け医療でも解明出来ていない。

 記憶と感情は共に刻まれる。

 感情ごと記憶を抜き取れば、それは心を奪うことになり、動物個体ではなくなってしまう。

 その為、動物が記憶の種を作成する場合、心を奪わないように感情はコピーする。


 記憶と感情のコピー技術は、社会的発展に貢献した。

 抜き取るよりも脳への定着率は低いが、学習目的であれば充分効果があった。

 記憶コピーはテキスト記憶という形で改良され普及した。


 しかし、記憶を抜き取っても、それに付随する感情が残っている場合、稀に記憶が復活することがある。


 脳の仕組み、化けの仕組み、動物という思考生命体。

 最先端医療技術をもってでも、この現象について、明確な答えが出ていない。


 抜き取られた後に記憶が蘇ったとしても、それは情報として取り扱わない、というのが国際的ルールになっている。

 それでも、典巻は捜査の手がかりにすべく、ヴァランに記憶を復活を試す提案をした。


 ヴァランはひたすら己の感情と向き合った。

 典巻も多忙な中、合間を縫ってヴァランに会った。


 シンバルも一度だけ典巻の同伴で病室を訪れた。

 ヴァランはベッドの傍でしゃがみこんでいた。

 身体は痩せこけ、体毛はあちこち抜けていた。

 爪を出して頭を掻きむしる為、頭部を分厚く包帯で巻かれていた。

 新聞紙や画用紙やコピー用紙。

 鉛筆、ボールペン、筆。

 様々な紙と筆記具が散らばり、どの紙もぐしゃぐしゃに書き潰されていた。

 床や壁に、絵の具やインクが飛び散っていた。


「ヴァラン、少し休もう。

 食事を摂った方が良い」


 典巻の声がけにヴァランは顔を上げる。


「二人じゃなかった」


「「え?!」」

 典巻とシンバルは同時に反応した。


「一人だから、『安心』したんだ。

 イザとなれば逃げられると思ったんだ。

 だから『穏やか』な気持ちだったんだ……」


 ヴァランの眼に、光が宿った。


「ヴァラン、相手が一人でも、強そうなら安心せんよな?

 つまり、相手は君より……」

 典巻は彼に近付き、慎重に話しかける。


「『チョロい』と感じた。弱そうだったから……」


 ヴァランは突然、典巻の胸ぐらを掴む。


 シンバルが引き離そうとしたが、典巻が止めた。


「草食動物か? それとも小動物? メス?」

 典巻は静かに尋ねる。


「違う……違う……」


 ヴァランはジッと顔を近付ける。


「草食じゃない……

 小型じゃない……

 メスじゃない……」


 バッと、ヴァランは手を話した。


「老タヌキだ」


   ◆◆◆


 先骨はフーッと息を吐いた。


「テロリストが老タヌキと会ったからと言って、わしに結び付けるのは無理があるじゃろう。

 わしだと言う証拠はおありかね?」


「ありません。

 次にこれを見てください」


 典巻が言うと、未来が机に写真2枚を置いた。

 そして直ぐに背後に戻る。


 写真を見た先骨の目が見開く。


「行燈山の違法建築の規模を考えると、首謀者の一人とされている雄サラブレッドのブランマンジェでは、年齢的に不可能です。

 水面下で秘密裏に行うには、通常よりも遥かに時間が必要です。

 しかし、ブランマンジェの父親の記憶を調べても、違法建築について出てこなかった。

 代わりに、父親とあなたは、キメラ研究推進で交流があったことが分かりました」


 典巻は先骨の表情を注意深く見る。

 先骨の鼻が再びピクと動いた。


「違法建築について、行灯周辺の建設会社を調べました。

 すると、あなたがサインしている請負契約書が見つかりました。

 社長も誰も知らないと言っていました。

 無理もないです。

 40年近く前のものですからね」


 典巻は視線を落とす。


 机上の写真は、先骨の署名捺印が入った契約書のページだった。

 日付もはっきり書かれている。

 そしてもう1枚は、今と変わらぬ羽織姿の先骨と、背広姿のイタチが写っている。

 背景のカレンダーは、契約書と同じ年月だった。


「先骨先生……

 あなたは今おいくつですか?」


 先骨は杖の先を両手で撫で始めた。

 口元に笑みを浮かべている。


「ほっほっほっ。

 この年齢になると、数えるのも億劫でな」


 先骨は、典巻、シンバル、泉と、順に顔を見る。


「よくぞ、ここまで調べたな。

 褒めてやるぞ。

 まぁ、すぐ忘れるじゃろうが」


 そう言うと、杖をパッと手放した。

 ソファとテーブルの間に倒れ、カシャンと鳴った。


 ビー! ビー! ビー!


 突然警告音のような音が響く。


 先骨は部屋を見渡す。


 音は直ぐに止んだ。

 3人は、耳元に触れていた。

 後ろのゴリラとヒトは、明らかに困惑していた。


「今の音は……?」先骨が言う。


「先骨先生。

 我々はこの瞬間、証拠を抑えました。


 あなたは、催眠の化け能力者です」


 ベリッと典巻は耳裏に貼り付けていたタグを外した。

次回も引き続き典巻活躍回です!


2023/04/23迫力満点典巻イラストを加純様から頂きました!

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[一言] この人物、間違いなく化けるの上手そうですよね。しかも古〇〇〇だから、狡猾そう。 典巻警部、一対一の真っ向勝負。頑張れ!!
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