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保護

灯のと中央生態保護区管理センター

10階階段


「奥に馬がいる。状態ヤバそうだぞ」

 タテガミが言った。


 特畜達は急いで管制室に向かう。

 管制室は施錠されていなかった。


 籠もった空気から、し尿の臭いが強く刺してきた。

 サゴシは反射的に鼻を腕で覆う。


 消灯しているが、一面ガラス張りの室内は、ヒトが充分視認できる明るさだった。


 窓側には、ディスプレイや操作機器が設置されている。

 セロリは陸稲の肩から降り、機材に触れ始める。


 中央には、四足歩行姿のサラブレッドが横たわっていた。


「サエズリ! 応急処置だ!

 身体を小さくさせろ!」


「わかりました!」

 サエズリはタテガミの背中から飛び出た。


 サラブレッドの身体に破れた青い生地が纏わりついている。

 服にこだわる動物は、伸縮加工生地を嫌うことがある。

 伸縮性のない服を着たまま元に戻れば、当然こうなる。

 黒いボクサー下着は伸縮生地だったらしく、大きな腰回りを覆っていた。


 動物達の二足歩行化けは徹底している。

 伸縮性のない服を着たまま元に戻る。

 それは、体調に異変をきたしているということだ。


「しっかりしろ!」


 よだれが乾いて固まっている口元。

 まだ息はあった。


 サゴシはサラブレッドの首を持ち上げ、ポーチから携帯水分を取り出して飲ませた。


 サエズリはサゴシの隣で、サラブレッドの蹄に触れる。

 手を動かすと蹄が消え、白毛を帯びた五本指に変わった。


 ガクンッとサラブレッドの上体が動く。

 高く掠れるような鳴き声が漏れる。


 他者の力で無理矢理化け()()()()()行為は、大変な苦痛を伴う。

 深刻な後遺症が残る場合もある。

 他者が無断で誰かを化けさせる行為は、傷害や暴行の罪に問われる。

 例外は、緊急時である。

 大型動物が元の姿に戻ると、救命搬送する側にとって危険である。

 また、摂取する栄養や薬の量が増える為、災害時の医療負担に繋がるのだ。

 その為医師等の化け能力者に限り、処置として姿を変えさせることがある。


 サラブレッドの体長は2メートルを超え、体重は300〜400キログラムにもなる。

 それを身長170〜80センチ程度に縮め、体重も半分以下にするとなると、骨や筋肉の密量、内蔵の質量や位置の変更は相当なものになる。

 彼らは体調を慎重に見極め調整し、維持しているのだ。


「苦しいだろうが、耐えるんだ」

 サゴシはサラブレッドの首を抱え、肩や鬣を撫でた。

 サラブレッドは衰弱していた。

 脱水と栄養失調状態に陥っているとサゴシは判断した。


「手際が良いな。

 四足歩行の扱いに慣れてやがる」

 タテガミがサゴシの様子を見て言った。


「タテガミ!

 3階に備蓄庫と職員休憩室がある!

 水と食料とタオル類、あれば服と衛生用品も持ってこい!

 鍵は壊していい!」

 サゴシが悶えるサラブレッドを抱えながら指示した。


 タテガミは素直に「承知した」と言い、場を離れた。


「陸稲!

 管制室の隣は集会室だ。

 ここに簡易ベッドを作るから、椅子を運んで来い」


「承知した」

 セロリの身の回りを整えていた陸稲も部屋を出た。


 ズンッ!


 地震のように建物全体が揺れた。

 キメラの仕業だろうとサゴシは判断した。


「大型麻酔も効かないだろうな。

 尻尾にかけても意味ないからな」

 サゴシは二足歩行姿に変わったサラブレッドの身体を消毒綿で拭きながら言った。


 皆、目の前の事態に応対している中、餡だけは窓の向こうにいるキメラをジッと見ていた。

 観察圏を一望できるはずの管制室から見えるのは、巨大な生き物だった。


「どうしたらいいのか、分からないんだな」

 餡はポツリと呟いた。


     ◆◆◆


灯のと中央生態保護区管理センター

10階管制室


 タテガミが大量のタオル等備品を持って戻ってきた。

 ペットボトルや避難時用のレトルト食品をシーツで包み、口に加えていた。


 陸稲が持ってきた集会用椅子を、背もたれが外側を向くように2列に並べる。

 そこに敷布団とシーツを置き、サラブレッドを寝かせた。

 未開封の雄用下着とパジャマがあったのでそれを着せる。

 サラブレッドは瞼をおろし、ゆっくり呼吸を続けている。

 傍らに座るサエズリが、彼の口元にペットボトルを近付けるとゴクゴク飲んだ。

 次に水で緩くふやかしたオートミールを与えると、少しずつ口に入れて飲み込んだ。


 タテガミと陸稲はサゴシの指示で、汚れた床をタオルと消毒液で二度拭きした。


「自家発電設備に問題はない。

 水も通っている。

 システムの起動に時間がかかったが、間もなく復旧する」

 セロリが言った。


「承知した。

 おい、サラブレッド。

 俺達はお前の保護をしに来た訳じゃない。

 酷だろうが、話してもらうぞ」


 サゴシはサラブレッドを見下ろした。

 背もたれに囲まれたサラブレッドはサゴシの方を見る。

 意識ははっきりしているようだ。


「お前は、ブランマンジェだな。

 こいつがお前を二足歩行に変えたんだ。

 違うなんて言わせないぞ」


「……言うことを聞いてくれないんだ」

 ブランマンジェはポツリと喋った。


「どうして、スピカ……

 僕達は一心同体じゃなかったのか?」


「スピカ……?」


 サゴシは自分が外を確認していなかったことに気付いた。


 振り返り、ガラス張りの向こうを見る。


 指示が無く、ずっと立ったまま餡の隣にサゴシも立つ。


 巨大なイグアナのような鱗の背中が視界に拡がった。

 だがその鱗は尻尾のそれと違い、薄桃色を帯びており、まだ不完全な様子だった。

 10階建ての建物を超えそうな位置に頭部があり、顎を上げている。

 腕は肩から脇腹にかけて、合計4本視認出来た。

 上部の腕2本で頭部を掻き、首を振っている。


 ズーン……ズーン……!


 建物に当たっていないが、キメラの動きが振動で伝わってきた。

 金属音のような高い音も聞こえてくる。

 キメラの鳴き声だと、サゴシは思った。


「どんなゲテモノかと思ってたけど、イグアナちゃんかよ。

 折角だからツラも拝んでみたいもんだな」

 タテガミがサゴシの隣に来て言った。


「スピカは今どういう状態なんだ?

 麻酔弾を尻尾に撃たれているはずだ」

 サゴシが言った。


「麻酔弾?!

 ああ、またそんな、刺激を与えるものを……。

 スピカは暴れていないか?」


 ブランマンジェはヨロヨロと上体を起こす。

 サエズリがそれを支えた。


「これは暴れている状態か?」

 サゴシはブランマンジェが窓を見られるように立ち位置を変える。


「いや、遊んでもらえて機嫌が良くなってる」


「サゴシ、機動隊の報告が出た。

 麻酔弾は全発命中したが、キメラの動きは止まず。

 周囲を損壊の上、センター裏に引き込んだ。

 様子を見て、明日機動隊を自由観察圏内に侵入させるかの判断をするとのことだ。

 現在、機動隊は小隊交代済。

 完全監視体制に戻っている」


 セロリが振り返って言った。


「明日侵入しても、この様子では負傷者が出るな……」


 サゴシはスピカの背中を見ながら言った。


「全ての管理塔とのアクセスが復帰した。

 保護区とキメラの全貌状況を確認する」

 セロリが言うと、機器のあちこちの電灯が光り出した。

 ディスプレイも明るくなり、地図が表示された。


「あと、ブランマンジェ(こいつ)の通信機器も調べた。

 ここにあったからな」


 セロリはスマートフォンを手にしていた。

 スマートフォンは充電中になっている。


「こいつは、ダイダイ幹部の一人でバルゴと呼ばれている。

 『大地の声』と名乗る動物の指示に従い行動していたようだ」


 ブランマンジェは椅子から乗り出そうとしたが、力が出ず、サエズリに止められた。


「大地のお声は、動物みたいな下等生物じゃない。

 我々を導く御方だ……」


「ダイダイの首謀者はこいつじゃなかったんだな」

 サゴシはブランマンジェを見ながら、奥歯を噛んだ。


「大地の声は何者なんだ?!

 ミストレスにデータを送れ!」


「それはしない。

 管理システム復旧が優先だ。


 それに必要がない。


 警察にもマトモな連中がいるらしい」


 セロリはニヤリと口元に笑みを浮かべた。

次回、典巻警部活躍回です!

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― 新着の感想 ―
[一言] ついにダイダイのラスボスが尻尾を出しましたね。 典巻警部の活躍に期待をしています。
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