願い
生態保護区は生態観察圏に囲まれている。
そして生態観察圏の外側は、保護区周辺地域だ。
一般生活は可能だが、他に比べ色々制限がある。
生態観察圏は2層になっている。
外側が自由観察圏、内側が限定観察圏。
自由観察圏は、誰でも管理センターを許可を得て入れる。
主に観光目的で訪れる場所だな。
限定観察圏は、センター職員と環境省が承認した動物しか入れない。
承認を得る難易度はかなり高い。本来はな。
俺達は灯のと中央生態保護区管理センターに侵入する。
管理センターは現在機能不全に陥っている。
正確な情報は、環境省が人工衛星から得たものになるが、どうしてもタイムラグがある。
セロリにセンターのシステムをハックさせて、現状を把握する必要がある。
キメラ第一発見場所は、自由観察圏と保護区周辺地域の境界。
そこからキメラは、徐々に範囲を拡げ、限定観察圏内まで及んでいる。
だが、不定期で規模や侵食範囲が変わっている。
キメラの核部分を攻撃して変形を止めることが重要だ。
◆◆◆
サゴシは一通りの説明を終えた。
プロペラ機内待機室から、立体映像は消えた。
「キメラ全体を爆撃すれば済むのに。
何で俺達がわざわざ行くんだ?
保護区に入らずとも、空から攻撃は出来るだろ」
タテガミは言った。
「出来ない理由は1つ。
保護区に一切動物の痕跡をつけたくない、という絶対的な『動物の願い』があるからだ。
攻撃先を観察圏内にしたとしても、キメラの破片や火花が保護区内に入るかもしれないだろ?
爆風すら保護区内に入れたくない、てのが動物の考えだ。
セロリ、もう一度地図を出してくれ
限定観察圏と生態保護区の境界が分かるやつを」
再び地図が中央に浮かび上がる。
「地図の、赤く線が引いてあるところが境界だ。
でも、現地には境界を示す杭やロープは一切ない。
代わりにそこで自生する花を、境界線上に植えている。
これは花の境界線と呼ばれている。
通年花が咲いているように、咲く時期が異なる花を植えて、管理センターが厳重に手入れしている。
枯れたり雨風以外の理由で、花が散らないようにしたい。
それが動物の願いなのさ。
だから爆撃は出来ないんだ」
「なるほどね、うっかり踏んづけちゃったらヤバいんだな」
タテガミはわざとらしく、頑丈な靴底を見せる。
「ああ、そうだ。
家畜のお前達も動物の痕跡の1つだ。
だから可能な限り慎重に行動してほしい。
ただ、心理的ハードルが動物に比べたら低いはずだ」
「まぁな。
仮に緊急時に保護区に入り込んでも、気にならねぇな。
入った瞬間、死ぬ訳でもないのによ。
動物の感覚が分からねぇな」
タテガミの言葉にサゴシは微笑む。
夏と冬も静かに聞いているが、表情は固かった。
「俺も、正直よく分からない。
保護区は、動物が二足歩行の生活に変えたことにルーツがある。
でも、ヒトは元々二足歩行だ。
寝る時以外は四足歩行じゃない種の気持ちは分からない。
それでも子どもの頃から、周りの動物達が保護区を大切にしてきたのを見てきた。
俺の故郷には、灯のとで一番デカい保護区がある。
観光で行った時、周りの大人達が遠くて見えない保護区を見つめていた。
何度も何度も世代が変わっても、長い時間をかけて動物達が守り続けてきたものを、分からないから・気にならないからで、踏み潰して良い訳じゃない」
サゴシはふーっと息を吐く。
「今回の首謀者が、保護区をどう思っているのか、測りようがないけどな」
「あと10分で到着する。
最終の支度をしろ」
サゴシの話を遮るように、セロリが言った。
中央の立体映像は再び消えた。
◆◆◆
『こちら操縦席。
外部と連絡が取れないので、着陸は無理だぞ。
上空からの出動は可能か?
高度は限界まで落とす』
パイロットの音声がスピーカーから聞こえてきた。
「パラシュートの準備をするか?」
サゴシが言う。
「それは不要だ。
俺が空気のクッションを作って着地衝撃を抑える」
陸稲が答えた。
「分かった。頼んだ。
いいぜ。
降りるポイントに着いたら知らせてくれ」
『了解』パイロットは応えた。
やがてパイロットから到着したと報告が来た。
夏がハッチを解錠し、レバーを握る。
冬は夏の傍で立ち止まっている。
爪は引っ込み、手は下ろしている。
「開けたら速やかに降下しろ」
夏が言う。
「承知した。
俺、タテガミ、餡とサゴシの順で出るぞ。
身体強化した状態で飛び降りるんだ」
陸稲が言った。
セロリは陸稲の、サエズリはタテガミのダウンの背中ポケットに入っている。
「夏達は速やかに退避しろよ。
もう、催眠は解いてるしな。
管制も元に戻っているはずだ。
怪我をさせて悪かったな」
サゴシは夏と冬を見る。
夏の頬にはガーゼが当てられている。
機内で彼はサエズリの治療を断り、自分で応急処置をした。
「一旦西灯に戻るが、物資と燃料を補給後すぐに戻る。
特畜を回収しないといけないからな」
夏は言った。
「そうだな。
着陸地点が分かれば連絡をくれ。
そこに行くようにこいつらに指示するよ」
「何を言っている。
俺達はサゴシ含む特畜達の生活管理担当だ。
お前も回収するに決まっている。
狙撃手が動いているだろうが、生き延びて俺達と合流するんだ」
夏の目は真っ直ぐサゴシを見ていた。
「サゴシは、ムギの願いを叶えてやったんだね。
あいつが幼少期に受けた仕打ちはあまりにも酷い。
当時の記憶も感情も取り除かれていても、賢い奴だ。
何も思わなかった訳ないはずなんだ……」
冬の目から再び涙が流れていた。
「必ず、全員回収するからね」
「承知した」とサゴシは返す。「行くぞ!」
陸稲・タテガミ・餡・サゴシの身体からバチバチと音が発す。
4人は順番にプロペラ機から飛び降りた。
◆◆◆
飛び降りて間もなく、硬いマットレスにぶつかるような衝撃を全身に受けた。
以降、スピードは落ち着いていき、見えないパラシュートが開いたかのように、身体は縦に安定していく。
スライダーを滑り降りているような感覚と景色が流れる。
「ハハッ! 楽しいな、これ」
サゴシが言った。
すると、陸稲がグイっと腕を引っ張った。
「あまり離れるなよ。
俺の空気のコントロール範囲から出ると死ぬぞ」
サゴシは苦笑いで返した。
強化した脚で、地面に踏み込む。
立ち上がる時に、サゴシの身体が少しフラついた。
餡がすぐに身体を支える。
「大丈夫だ。久しぶりなだけだ」サゴシは言った。
餡はすぐに離れた。
着地点は、北灯中村の公営運動場だった。
フェンスの向こうに民家が見えるが、動物の気配はない。
北側の先に、管理センターがある。
「ザッと空気を見たが、建物周辺に怪しい生物反応がある。
センター内部にまで生物が及んでいるからは分からない」
陸稲が言った。
「情報収集出来るまでは、下手に攻撃するな。
攻撃されても応じず、センターに侵入することを優先しろ」
「「「承知した」」」
サゴシの指示に、特畜の3人は返事した。
4人は再び身体強化し、北に向かって駆けた。




