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従う

兵器庁西灯支部

特畜専用モニタールーム


 中央のモニターには、飛行場へ向かう夏と冬と特畜達とサゴシが映っていた。


 キャンディは庁内電話の受話器を置いた。

 行燈山トラブルに始まり、ダイダイ捜査、生態保護区の未確認キメラ問題。

 ()()()()()片付ける案件が大量に押し寄せて来た。

 上席や本部に呼ばれる度に、仕事がどんどん増える。


 服を整える余裕がなくなり、今はフリルたっぷりのブラウスではなく、Vネックのシンプルなインナーを着ていた。


 マキとマコは「Vネックの方が良いよね」「今日若葉、休みだから見れなくて残念ね」「そちらの方がお似合いですよ、て後で伝えてみようよ」とこっそり話していた。


 キャンディはジャケットからスマートフォンを取り出す。

 彼女の私用携帯電話だ。


 デスクに座る形で寄りかかり、斑模様の長い脚を組む。

 キャンディー立てに置いてある齧りかけのキャンディーが乾き切っていた。


『はい、典巻です』


「ご無沙汰しております。

 キャンディですわ。

 少しよろしいかしら?」


『はい。どうかなさいましたか?』


「大変なことが起きましたの。

 貴方にも伝えるべきだと思いまして」


 キャンディは一息吐き、片方の手で耳に振れる。


「サゴシが特畜を連れて中央生態保護区に向かいました。

 私の命令に反してです」


『何だって?』


「特畜の無断持ち出し。

 管理者である私の指示無視。

 隊員への傷害疑惑。

 以上を踏まえ、彼を処分する決定をいたしました」


『処分だと……?

 サゴシはどうなるんだ?』


「説明いたします。

 サゴシの処分方法は、特任と同じ方法です。

 対特任専門の狙撃手(スナイパー)がサゴシを銃殺します。

 化け能力者である特任を殺傷出来る実力者です。

 ただ、特任は希少な存在。

 これは試練の意味も含めています。

 狙撃手が発砲するのは1回だけ。

 場所や時間は決まっていません。

 狙撃手が確実にターゲットを殺傷出来、かつ周囲の動物を巻き込まない瞬間を狙います。

 しかし発砲後、負傷なく生き残れたならば、処分対象者は引き続き特任として軍に在籍することができます」


『サゴシが生き残れる見込みはあるのか?』


「正直絶望的ですわ。

 行燈山で負傷後、ずっと療養していましたもの。

 身体能力は通常時よりも落ちているはずです。

 催眠や化け能力に問題ないようですが、姿を見せない相手に術はかけられません」


 キャンディはマキとマコが不安そうな面立ちでこちらを見上げていることに気付いた。


 サッと立ち上がり、モニタールーム直結の応接室へ向かう。


『状況は分かりました。

 しかし、少佐。

 何故それを儂に話したのですか?』


「フフフ。

 私もサゴシを何とかしてやりたいと思っておりますの。

 ですが、立場上そういう訳もいかず……。


 サゴシは、ダイダイが生態保護区を狙っていることを掴んでおりました」


『何だって?! ダイダイが……?!』


「因果関係は不明です。

 サゴシの発言は情報として取り扱っておりません。

 妄言であることも否定出来ませんからね。

 ただ……」


 キャンディは軽く鼻をすする。

 目が潤んでいるのを自覚した。


「もしも、保護区のキメラがダイダイのものであると、証明することが出来れば。

 サゴシの行動は、軍の名誉回復に貢献したとして、処分が取り消しになる可能性もございます。

 でも、もう我々には調査することが出来ません」


『少佐……』


「お恥ずかしいことですわね。

 軍の動物が警察にお願い、なんて……」


『何を言ってる。

 警察と軍は、目的が異なる対等な機関ですよ。

 そして、目指す先は同じです。

 時に協力し合うこともあって当然です』


「警部……」


『儂らもこの2週間、何もしていなかった訳じゃない。

 少佐、ダイダイのことは儂らにお任せください』


 キャンディは噛み締めていた奥歯を少し緩ませた。


   ◆◆◆


警察庁西灯支部

第3ブロック公安局新興テロリスト対策課


 キャンディとの電話後、典巻は2箇所に連絡を入れる。


 1つは、泉と一緒に行動しているシンバル。

 そして、もう1つは……。


 連絡を済ませ、典巻は窓から景色を眺める。

 中央保護区のキメラ対策で、西灯支部所属の機動隊も派遣されるとのことだった。

 ジワジワと、動揺と混乱の波が、こちらにも及んでいる気配を感じていた。


 生態保護区。

 動物が踏み込むことを頑なに躊躇う場所。

 しかし家畜にその概念は無い。

 特畜にしか、あのキメラの対応は出来ないだろう。

 だが、()()で特畜を動かすには、()()が必要だ。


 スマートフォンを持つ手に力が入る。

 時間は限られている。


     ◆◆◆


特畜専門運搬プロペラ機内

待機室


 特畜達は用意されたダウン等に着替える。


「これは何だ?」

 サゴシが畳まれた服の一番上にあった瓶を持つ。

 中は白濁の液体のようだ。


「保護液だ。

 普段使用しているものより弱いが、必ず肌に塗ってから着替えるように。

 粘膜奥までは塗るな。表面までにすること」


 夏が答える。

 彼と冬も、サゴシ達と同じ待機室にいる。

 冬は口を離し、鋭い爪を常に夏の首元に当てていた。


「なるほどね」

 サゴシは白い服を脱ぎ、液体を塗っていく。

 全員下着も替えるので、互いに視線をそらす。


 着替えを終え、特畜達は楽な姿勢で待機した。

 サエズリは餡の脇で寛いでいる。

 彼の毛並みを撫でながら、餡はうたた寝をしていた。


 セロリが管制システムをハックし、パイロットへ目的地を指示している。

 このプロペラ機がどこに向かうのか、外からは誰にも分からない。


 サゴシは窓から外を眺める。

 空も雲も穏やかに流れていく。

 

「眠いなら寝ろよ。

 催眠が解けた瞬間、俺がお前の脳みそ喰ってやるからな」

 タテガミが話しかけた。


「悪いが、寝ても簡単に解けるような術じゃねぇよ」

 サゴシは返す。


 タテガミは髭を逆立てて睨む。


「てめぇのせいで、特畜隊はめちゃくちゃだ。

 ミストレスにこれ以上迷惑かけたら許さねぇからな。

 ムギだってそうだ。

 お前がすぐに退避していれば、ムギはオトリにならずに済んだんだ」


 サゴシの眉間に皺が寄る。

 否定出来ない点である。


「おまけに混乱して、余計なリジェクト命令をしやがった。

 そのせいでムギはリスクを犯してまであんなやり方で……」


「それは違う」


 全員、視線を変える。

 発言したのは餡だった。

 餡は、真っ直ぐ前を見て続けた。


「サゴシはムギの願いを叶える為に、無理矢理リジェクト命令を出したんだ」


「ムギの願い?

 何だそりゃあ? 変なプレイの約束でもしてたのかよ」

 タテガミが難癖をつける。


「サゴシが我々に初めて会った日。

 ムギはサゴシに頼んだんだ。

 その時が来れば、リジェクト命令を出してくれと」


 餡はサゴシの方を一瞥する。

「私もその場にいたから聞いていた」


「意味が分からねぇ。

 命令は既にミストレスから出てるし、自己判断でも出来るやつだ」

 タテガミは頭を掻く。


「ムギは言っていた。

『どう生きるかを選択出来ないのに、何故どう死ぬかの選択はさせるのか?

 最後まで動物が命令し、自分を家畜でいさせてくれ』と」


 夏と冬の目が見開く。


「サゴシの行動は、ムギにとっては誤りではない」


 餡は再びサゴシに視線を送る。


「私はお前の指示に従う」


「ハァ?! 俺達に命令するのはミストレスだけだろ?」

 タテガミが大声で言う。


「ミストレスは今、我々に指示を出せないようだ。

 でも我々は動物の指示がないと動けない。

 それが出来るのは、サゴシ、お前だけだろ?

 あと、私にはサゴシの護衛任務もある」


 餡の眼差しに、サゴシは黙って頷いた。


「私もサゴシの指示に従う。

 理由は餡と同じだ」


 セロリが言った。

 陸稲とタテガミが戸惑いの表情を浮かべる。


「隊長、どうすんだよ。

 どいつもこいつも勝手なこと言いやがって」

 タテガミが陸稲に話を振った。


「……俺にはセロリの護衛任務がある。

 セロリがサゴシの任務に赴くなら、俺も当然に付随する。

 サエズリも同じだ。

 特畜とサゴシの治療担当だからな」


 陸稲が静かに言った。

 サエズリは四足歩行で立ち、尻尾を振りながら、キャンと一鳴きした。


 サエズリと陸稲に視線を送り、次いでサゴシはタテガミを見る。


 タテガミは周囲を見渡す。

 他の特畜達は視線を落とし、待機姿勢に入っている。


「……ムギもお願いしたんなら、俺も2つ言わしてもらうぜ」


「なんだ?」


「1つ、この任務を成功させろ。

 ミストレスに迷惑かけんじゃねぇぞ」


「そのつもりでいる。

 もう1つは?」


「俺にリジェクト命令を出すな。

 お前の命令で死んでたまるか。

 俺はミストレスの命令で自爆する。

 上書きするんじゃねぇぞ」


 サゴシはフッと笑みを浮かべる。

「分かった。

 でも任務優先だ。

 お前がミスれば、俺はリジェクト(命令)するぞ」


 タテガミは勢いよく立ち上がる。

「馬鹿にすんじゃねぇ!

 俺はただの家畜じゃねぇぞ!

 てめぇの指示くらい聞いてやらぁ!」


「頼んだぜ」サゴシは静かに言った。


 タテガミが座り、空気が変わる。


「セロリ、目的地まであとどれくらいだ?」


「約30分だ」


待機室(ここ)の真ん中に立体映像は出せるか?

 保護区とセンター周辺の地図だ」


「承知した」

 セロリがそう言うと、中央に立体地図が現れた。


 サゴシは特畜達に言った。


「種を植えている暇は無いからな。

 自力で脳みそに書き込めよ」

キャンディ少佐の服についてのエピソードは、参加中のイラスト交換企画で、キャラクターのヴィジュアルについて、あーだこーだ意見を出し合った中から採用いたしました。人様と作品について話し合うと、自分では気付けない発見があり、実に有り難いものです。

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― 新着の感想 ―
[一言] これでサゴシとタテガミのわだかまりは解けたのでしょうか。作戦を成功させること、それは特畜隊の使命でもあり、念願でもありますものね。ムギのためにも、成功することを祈っています。 というより、サ…
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