4、キャンディ少佐 ☆
うずしお本社ビル占拠事件は、正体不明の化け能力者達によって、犯人逮捕に成功した……
2022年1月より、加純様の家畜の意思イラストが随時挿絵掲載されます。
うずしお本社ビル占拠事件から一夜明けた日の午後。
兵機庁西灯支部に、雄オランウータンが一人、ノシノシと拳で地面をつきながら現れた。
額から両頬にかけて大きく膨らんだ出っ張り(フランジ)。頭部から首にかけて垂らしている赤茶色の毛並みの具合からそれなりに年齢を重ねていることが分かる。紺色のネクタイと安物のグレースーツが、歴戦を刻んだ身体を覆っていた。
正面入口で、ゴールデンレトリバーの警備員が、金属探査と匂い検査を行う。
四足歩行のドーベルマン家畜が、オランウータンの匂いを嗅ぎ「ワンッ」と吠えた。
「異常なし」の合図だった。
「ご協力ありがとうございます」
検査を終え、警備員が言った。
オランウータンは、ドーベルマン家畜をチラリと見た。
耳に付けられた長方形のタグが光る。
国軍章が刺繍された朱色のチョッキ以外は、何も着ていない。ハーネスをつけ、一仕事終えた後も背筋をピンと伸ばしたまま座っている。
優れた嗅覚で、膨大な数の指名手配犯の匂いを記憶し、瞬時にそれか否かを判断する。
流石は兵機庁警備の家畜だと、オランウータンは感心した。
一階エントランスホール中央にある受付に向かうと、オランウータンはのっそりと近くの台に上り、カウンター越しに雌紀州犬に話しかけた。
※灯のと列島では、成体動物は二足歩行時身長を100~200cmの間で調整しないといけない。あらゆる建造物は、身長140~180cmを基準に設計されている為、100cm前半の動物用に台が常備されている。
このオランウータンは二足歩行姿にならずに、本来の姿のままでいる為、背丈が足りていない。
「公安の典巻と言う者だ。
畜局研究部のキャンディ少佐に取次願いたい」
典巻は警察手帳を見せながら言った。
「少々お待ちください」
数分後、雌黒猫が受付カウンターに現れた。
「典巻警部、ようこそお越しくださいました。
さぁ、こちらへ」
雌黒猫は身長120cm程の細身の身体を、ベージュ色のキュロットタイプの制服で包んでいた。オリーブ色に潤んだ瞳と艶やかな毛並みは、彼女がまだ随分と若いことを想定させる。
典巻は、黒猫について行きながら、白い廊下を歩いた。
政治経済の中心部から少し離れた山間にあるこの施設は、広大な敷地内に、多くの白い棟を構えていた。
その中で、国家機密レベルの危険な兵器や武器、家畜の開発が行われているのだ。
棟と棟の間を動く歩道(かなり速め)で幾つか渡り、一際大きな四角い建物に入った。
◇◆◇
「典巻警部、お待ちしておりました」
出迎えたのは、身長180cmはある、雌のジャガーだった。
上質な紺色の生地で作られたタイトスカートタイプのスーツ。ブラウスの胸元には、フリルがふんだんにあしらわれていた。形良く膨らんだ胸と尻を弾ませ、尻尾穴から出した尾をユラユラ揺らす。毛量を抑え斑点模様だけを目立たせた脚は、ピンヒールが良く似合っている。
「キャンディ少佐。
昨日のうずしお本社ビル占拠事件について、現場担当からの報告書を見たのだが、それについて幾つか聞きたいことがある」
目線が1m以上高い動物に対して、典巻は淡々と用件を述べた。
「どうぞ、歩きながらで良いかしら?」
二人は横並びになり、その後ろを黒猫が黙ったまま歩いた。
「今回の事件、表向きは公安が動いたとなっている。しかし、現状はとても考えがたい。
一つ目、人質だった役員達の話によると、警察と思わしき動物が壁を壊して会議室に突入したそうだ。しかし、機動隊が入室した際、壁は崩壊しておらず、銃撃痕すら残っていなかった。
二つ目、その突入した動物は、拳銃を持った犯人グループ全員を、ほとんど素手で倒したらしい。
三つ目、雄のニホンジカが、人質を一階まで案内したらしいが、機動隊が保護した際、そのような動物の姿はなかった。
最後四つ目、ビル内に出現した200匹のサソリキメラは、全て何らかの衝撃で潰されていた。
しかし、毒腺のある尾の先端だけは潰されず、毒が周囲に散乱していなかった。
キャンディ少佐は、公安に何を送ったのだ?
こんな芸当ができるのは、特任くらいだ。まさか特任を派遣したのではないだろうな? 下手に軍隊を動かせば、国際問題に繋がりかねんぞ」
典巻が重い声で言った。
「兵機庁の少佐に過ぎない私が、元帥直属の特任を動かせる訳ないでしょう、警部。
昨日送ったのは、私達が管理している兵用家畜ですよ」
「一体どういうことなんだ?」
「順番にご説明しましょう。
一つ目は、再生の化け能力を持った家畜が、室内を元に戻しました。
二つ目は、身体強化能力を身に付けた家畜二人が犯人グループを制圧しました。
三つ目は、変身能力を持った家畜が、敵の注意を惹き、人質を誘導しました。
四つ目は、大気中の成分や圧力を操る、通称・空間の化け能力を持った家畜がキメラを倒しました」
「まさか!? あり得ん!
自発的なトランスフォーメーションと、言語による意志疎通が出来ないことが、家畜の定義ではないのか?」
典巻は歩みを止めた。キャンディと黒猫も立ち止まる。
「その通り。彼らは、これまでの常識を覆す、我が国最先端の兵用家畜。
私達は、化け能力と言語対話能力を持つ特殊任務専門家畜・特蓄の生育に、世界で初めて成功したのです!」
キャンディは、誇らしげに両腕を横に広げながら言った。
「反逆の可能性はないのか?」
「それについては十分対策済みです。
特蓄達には、生後直後からの徹底した教育と、定期的な記憶調整を施しています。また、体内には爆破装置を埋め込んでおり、遠隔操作で殺処分が可能です。
しかし、まだ彼らは試作品。軍兵器として使用するにはリスクがあります」
「それでお試しとして、公安に派遣させることにしたのか」
「公にされていないので、特に問題はないかと」
ギッと睨み付ける典巻の口元から、犬歯が覗いた。
「警部のお気持ち、お察します。
警察は軍の傘下ではないと。目的が異なる対等の機関だと思っていることでしょう。
ええ、私もそう思っています。だから私は、派遣先を貴方が課長を務める、第3ブロック公安新興テロリスト対策課に決めた」
キャンディはしゃがんで、典巻と目線を合わせた。
「貴方は、テロリスト集団『ダイダイ』を追っている」
「ああ。昨日のうずしおの件も、ダイダイによるものだった。だが、実行犯は末端のチンピラで、ロクな情報は得られておらん」
キャンディはジャケットの胸ポケットから紙を一枚取り出した。
そこには、ダイダイのシンボルマークが印刷されていた。
橙色に塗られた灯のと列島を南島から北島に向かって黒い棒が貫いている。
それはまるで焼き鳥の串のようだった。
「貴方は、ダイダイが黄国と関係しているとお思いですか?」
「全く無関係とは言わんが……。違う、と思っている」
灯のと列島の国としての歴史は浅い。
諸大陸から移住してきた動物を中心に社会は構築されており、原住動物達の地位は高くない。
また、灯のとが国として成立した背景には、本島西側の海を越えた先にある、世界最大級の大国のひとつ・黄からの独立がある。
しかし、未だ黄の土地だと主張する者も少なくない。灯のとは大陸から千切れた肉の破片だと言う意味で、「焼き鳥」いう蔑称もある。
「やはり、私の判断は間違っていなかった。
これは黄への嫌悪感を煽らせる為のもの。つまり、世論を動かし、軍を動かそうとする、何者かの策略。我々が本当にすべきことは、テロリストを捕まえることじゃない。
テロが活性化する前に、ダイダイの正体を突き止めること。もし、本当に黄が関係してるなら、必要なのは軍でも兵器でもない。毅然とした政治的外交です」
キャンディは紙を胸ポケットに戻した。
彼女の目は、先程と明らかに違っていた。
「私と貴方は、同じ考えを持っているはず。
絶対に阻止すべきは、この国で戦争を起こさないこと。この国の動物達を、国外の戦地へ行かせないこと」
典巻は少々戸惑った。
兵機庁も国軍の一部。少佐という階級を持つ以上、彼女も軍人だ。
「戦場に立った経験は? 少佐」
「私はありません。
ですが、父と兄が、支援目的で、国外遠征へ。どちらも敵側の襲撃を受け、殉職しました。兄は生前、貴方の隊に所属しておりました」
典巻の目は、フランジからはみ出そうな程見開いた。
記憶が瞬時に甦る。
聡明なジャガーの青年。
良く見れば、確かに面影が似ている。何故、思い出せなかったのだ。彼の死が、自分を軍から退かせるきっかけになったのに。
典巻は奥歯を噛み締めながら、キャンディを見つめた。
「彼らはきっと良い働きと成果を残しますわ。
さぁ、早くモニタールームへ行きましょう。対面はできませんが、隊員達の姿を見てやってください」
キャンディの表情は柔らかさを取り戻した。
立ち上がり、再びカツカツと歩き出す。
「隊員? その家畜は、兵として階級を持っているのか?」
「いいえ、彼らは兵器なので、階級も隊名もありません。ですが、私達研究チーム内ではこう呼んでいます。
兵機庁直属特殊任務専門家畜部隊、特蓄隊とね」
キャンディはニコッと微笑む。
「彼らを見れば、きっとそう呼びたくなりますわ」
◇◆◇
キャンディが使用責任者を務める、特別な家畜遠隔管理用のモニタールーム。
白い壁と一体化した、ノブの無い扉の傍で、キャンディは指紋と網膜認証を行う。
扉がほとんど音もなく横に流れるように開くと、近未来の宇宙船内のような空間が広がっていた。
正面に大きなモニターが設置され、その周囲には中型小型モニターが並ぶ。
フロア内は段差があり、二段下がったところのデスクで、動物が横に三人並んでいる。
皆、手元のコンピューターで作業していた。
「警部、どうぞお入りください……
マキ! 貴女の隣にいるのは誰!?」
キャンディは中に入った瞬間、大声で言った。
※見ずとも匂いで判断できる動物は多い。
「え?」
マキと呼ばれた雌の三毛猫は、真ん中の席にいた。
右手側には雄のチーター、左手側には雄のヒトが座っている。
「ひっ! キャッ!」
マキとチーターはガタッと椅子から立ち上がった。
「キャンディ少佐。
どうか彼女達の不備を指摘するのではなく、俺の能力を評価してもらえませんか?」
雄ヒトはクルッと椅子を回転させて立ち上がり、キャンディ達の前にやって来た。
黒いスーツを、ネクタイもつけずに着崩している。灯のと列島に多い顔立ちをした青年だ。黒髪はさっぱり短くしている。
「貴方は何者なの?」
キャンディは冷静を保ちながら尋ねた。
その後ろで、典巻と黒猫は、心配そうに対峙する二人を見た。
「今は『エス』と呼んでもらえれば。
元帥直属特殊任務専門部隊諜報部の者です」
「特任、だと?!」
典巻が思わず声をあげた。
「ご所望だったはずでしょ、少佐」
エスはニッと微笑んだ。
話を途切らせない為に、諸々の補足はすっ飛ばしました。二足歩行する動物達は、体つきはほとんどヒトと変わりません。毛皮は纏ってますが、服の下はかなり薄めにしている(でないとごわごわするし、暑いでしょ)とか、尻尾を通すときは生地が伸びて穴ができるけど、通さないときは伸縮して穴が消える尻尾穴がどの衣服にもついているとか。細かいところはまた後程書いていきたいです。