ある老紳士からの補足事項
ついにここまで来てしまったか。
長いような短いような道のりだったね。
私の話も、あともう少しだ。
でもその前に、君に謝りたいことがある。
実は、君にまだ言っていないことがあったのだ。
それは、私が生きる世界の基盤とも言えるはずなのに、どうやって説明すれば良いのか。
ずっと悩んできたままここまで来てしまった。
いよいよ説明しないと、この先の話が分かりにくくなるので、今一度この場を借りて伝えようと思う。
唐突で戸惑うかもしれないね。
それは仕方ないだろう。
代理で文字を起こししている腹田氏ですら、私が伝えようとしていることを、未だ理解しきれていないしね。
◆◆◆
第4章の終わりでサゴシが言った『生態保護区』。
それが敵の狙いだと知った時の動物達の凍るような反応。
どうして彼等がああなったのか。
先に結論を言うと、こうだ。
動物が絶対に踏み入れてはならない「聖域」を、動物が侵そうとしているからだ。
詳しく説明しよう。
まず、生態保護区について。
「生態保護区とは、自然生態系を保護する特別区域である。
保護区と呼ぶのが一般的で、世界各地に存在し、各国がその区域の保護観察に尽力している」
これが簡易的な説明で、既に話の中に登場している。
君の世界にも、生態系や歴史文化を守るために、自然保護区や世界遺産というものがあるらしいね。
それに近い存在だとまずは思ってくれ。
ただ、この世界では君が考えている以上に、保護区は重大な意味を持つ場所なのだ。
生態保護区内にいるのは「野生動物」のみである。
君は私の話を聞いていて、不思議に思ったことはあるかい?
二足歩行姿で歩くヒト以外の動物。
そこに何故、ワニやダチョウといった爬虫類や鳥類が出てこないのか。
答えは簡単だ。
私の世界における動物とは「ヒト含め、二足歩行姿で社会を構築する哺乳類」であるからだ。
よって、哺乳類以外の種は、そもそも動物ではないので、登場動物として出てこないのである。
では、私の世界に鳥類や爬虫類は存在しないのか。
それは違うと分かってくれるだろう。
家畜のワシが出てきているからね。
哺乳類以外の種は家畜として存在している。
動物と家畜という概念は、社会を構築していく中で生まれた。
「野生動物」は、それらが生まれる前から存在している。
保護区とは、そのような進化の基盤を象徴する野生動物が暮らす場所なのだ。
動物は哺乳類のみと言ったが、全ての哺乳類が動物という訳ではない。
なので動物として存在しない種の野生の哺乳類もいる。
動物として進化した種でも、野生動物として存在もしている。
これは私の世界で定着した論だが、動物は「ヒトの社会的進化に付随して二足歩行姿に進化し、同じ社会で共存するようになった」とされている。
ヒトの真似をして、本来の生き方を捨てた。
この事実が、多くの動物の心の片隅に消えずに残っている。
生物の進化を図式化したものを見ると、枝分かれしているのが分かる。
生命は正しい道1本を真っすぐに進んできたのではない。
幾重もの失敗と成功を繰り返し、命を繋ぎ、今もその過程にいるのだ。
自分達も生命の長い道のりの枝分かれの一つに過ぎない、という証が、野生動物の存在だ。
生命存続の願いを込め、動物は野生動物に敬意を払い、保護している。
保護区内は動物が暮らす社会ではない。
野生動物の生きる場所は触れてはならない。
動物と野生動物が混ざり合った時、いずれか或いは両方の消滅を意味すると考えられている。
故に、君達の世界の言葉を借りると、生態保護区とは絶対的な「聖域」なのだ……。
◆◆◆
とりあえず、生態保護区の説明はここまでにしておこう。
保護区についての考え方は動物の間でも様々だ。
これは、一般的な考え方の1つだと思ってくれ。
今後本編の中で、具体的な保護区運営について説明も出てくるだろう。
それでは。