命令
この話で第4章最後です。
行灯の高級割烹『蕪』
VIP専用個室
ここからは見えるのは行燈山の北側である為、機動隊の様子ははっきり分からない。
しかし、第一ブロック公安が手配した護送船が港の方へ向かっているのは見えた。
「しげる会長。
現場から報告がありました。
施設最上階で身元不明の雄ヒト1名を確保したとのこと。
現在、動物管理データと体毛と体臭を照合中です。
重要参考動物として同行に応じた為、港へ移動します」
雄土佐犬はスマートフォンを片手に言った。
「大変なことになったな。
灯キ協は極秘施設を建設し、生態管理区に穴を開けてしまった」
しげるは焦る様子もなく、立って景色を眺めている。
手を後ろに組み、雄土佐犬を一瞥する。
「そんな灯キ協と関わりがある組織だと知れたら、君達も困るだろう」
雄土佐犬は、視線を落とした。
「捕まえた雄ヒトが誰だろうと、化けていようと、どうでもいい。
犯人も記者会見シナリオも全て用意しろ。
命令だ。
だが、安心しろ。いくらでも協力してやる。
灯キ協だ。『造る』のは得意だぞ」
「は、はい……」
雄土佐犬はそう答えることしか出来なかった。
◆◆◆
行燈島北側
生態管理区内
ムギを除く特畜達が集合した。
タテガミは脱いだダウンを敷き、サゴシを寝かせた。
サエズリがサゴシを診て、キャンキャンと鳴いた。
「ミストレス。
サゴシの副鼻腔内に異物があり、炎症を起こしている。
それが原因で脳神経にも影響している可能性が高い。
化け医療と脳医療の両方で検査と施術が必要だ」
セロリは淡々と報告した。
「何でお前が報告しているんだ?」
タテガミの言葉を、サエズリとセロリは無視した。
『今移動すれば、警察に見つかる確率が高いです。
間もなくムギが護送船に乗ります。
そうなれば順次包囲網は解除されていくでしょう。
そのタイミングで分散して退避しなさい。
サゴシを運ぶ手段は別途手配します。
サゴシの容態が悪化しそうな場合はすぐに報告しなさい』
「わかりました!」サエズリが言った。
特畜達は木陰に忍び待機した。
ゼリー飲料で栄養補給したり、陸稲が持参していた携帯トイレを使用したりし、次の命令に向けて準備した。
「セロリ……」
サゴシは寝転んだまま、声を出す。
「ムギは、もう港に着いたのか?」
「警察の通信機器の電波受信によると。
ムギを連れた機動隊は資材搬入口から外に出た」
資材搬入口はサゴシと餡が侵入した場所である。
そこまで来れば、東行燈港は目と鼻の先だ。
サゴシは重い頭を動かし、上体を起こした。
身体にかけられていた緑色のダウンがずれ落ちる。
「どうした?」
隣で仮眠をとっていたタテガミが尋ねる。
「すぐ戻る」
サゴシは立ち上がった。
足の身体強化を発動すると、バチバチと音が鳴った。
「え? おいっ!」
タテガミが止めようとする前に素早く跳ね、東の方向へ走って行った。
◆◆◆
東行燈港
貨物上屋
機動隊がゾロゾロと歩いてやって来た。
その中にサゴシに化けたムギもいた。
取り乱さず同行に応じた為、手錠はかけられていない。
機動隊の一人が敬礼し、護送船担当者と引き継ぎを行う。
ムギは不自然にならない程度に周囲を見渡す。
なるべく周囲を巻き込まないように自爆しないといけない。
この状況だと、船に乗る直前で海に入り、海中で自爆が最適な方法だろう。
(ホント、死に方だけは、自分の意思で決められるのね)
口元にうっすら笑みを浮かべる。
「……では、これより雄ヒト1名乗船させます……」
ムギに付き添っていた起動隊員が声をかける。
「行きましょう」
ゆっくりとムギは頷いた。
「リジェクト!!」
突然、上から雄と思われる声が聞こえた。
その場にいた動物全員が一斉に顔を上げる。
「何だ?」
「どこから聞こえた?」
「近辺に誰かいるか?」
「嗅覚センサーは?!」
警察や港関係者がざわめく中、ムギは涙をこらえていた。
自分は今、命令された。
(ありがとう、サゴシ。
ちゃんと命令した動物が視認出来るようにしないとね)
ムギは機動隊をかき分け、その場を離れる。
捕まえようとする彼等の手を払い、大きく跳ねた。
◆◆◆
山側から叫んだ次の瞬間、追いかけてきたタテガミにサゴシは捕らえられた。
二人は北側に戻らず、山頂近くの茂みに隠れる。
「馬鹿野郎!
見つかったらどうするんだ?!」
タテガミは声を殺しつつも、怒りを露わにしていた。
サゴシのワイシャツが千切れそうな程引っ張られる。
後続の餡もすぐにその場に着いた。
興奮しているタテガミの腕に触れ、クールダウンを促す。
「……何でわざわざこんなことしたんだよ?」
タテガミは手を緩めた。
「それが動物の役目だからな」
サゴシは服を整えながら言った。
タテガミは、理解出来ないという表情だった。
その時、木々を揺らす音が聞こえてきた。
「……来る」餡が呟いた。
後方から、巨大なバッタように、猛スピードで山道を跳び進む姿が見えた。
ワイシャツを着た雄ヒトが通り過ぎて行った。
「ムギ……!」
サゴシは展望台の方へ向かう。
二人も慌ててついて行く。
幸い、他の動物はいないようだった。
ムギは展望台付近の街灯を足だけで登り、空高く跳んだ。
空中で大きく円を描くように身体を反らす。
サゴシはムギと目が合ったような気がした。
彼は微笑んでいた。
行燈山山頂から10メートル程離れた上空で、ムギの身体は爆発した。
爆音は行燈島全体に響いた。
展望台周辺の花壇の花達が爆風で舞い散った。
行燈島各所にいた警察関係者達は、騒然とした。
あちこちで伝達業務が行われ、異常事態でも冷静を努めていた。
封鎖された行燈橋の向こう側では、スマートフォンを掲げた野次馬動物達が一斉に声をあげた。
その後しばらくネット通信がパンク状態になった。
中には、躍りながら海に飛び込む者もいた。
◆◆◆
騒動の余韻は夜まで続いた。
施設内の捜査は、翌日に持ち越された。
封鎖された橋を警察車両が行き交い、夜間警備担当の機動隊と交代する。
一段落した頃、今度は一般動物達が騒ぎ出した。
橋を無理やり渡ろうとしたり、私物ボートで島に近付こうとしたりする連中が後を絶たず、機動隊は対応に追われた。
中には家畜の鳥にカメラをつけて、生態管理区に侵入させようとする者もいた。
※生態管理区に、許可なく外部生物を入れることは禁止されている。
特畜達も管理区内に潜伏しているが、見つかれば当然違法行為である。
夜の方がむしろ慌ただしい状況は、特畜達にとって好都合だった。
手薄になった警戒網の隙間をくぐり抜け、随時脱出した。
セロリとサゴシを乗せた担架を、ワシ家畜の鉤爪に繋ぎ、二人は島を出た。
行灯から離れたところで、小型の救急飛行機に移り、西灯へ戻る。
飛行機内で兵器庁所属の医師が、改めてサゴシを診察した。
医師から処方された薬を飲み、サゴシは横になる。
機内のベッドの上で頭痛はようやく和らいできた。
「少佐、聞いてくれ」
『少佐は休憩に入っている。用件は?』
マキの声が、機内スピーカーから響く。
「本日の記憶捜査について口頭報告だ。
中断したからデータを送れていなかったんだ」
『その報告は不要だ。
データが無い以上、記憶情報として採用出来ないからな』
「分かっている。だが、重大事項だ。
少佐に伝えてくれ。
しばらく混乱していたことは認める。
今ようやく思い出せたんだ。頼む」
『だったらなおさら、採用出来ないだろ。
混乱してたなら、正確な徴集記憶か判断出来ない』
マキの言っていることは正しかった。
餡にケーブルをタグに刺すまで指示しなかった自分に落ち度がある。
サゴシは頭を掻きむしる。
「せめて伝えるだけはしてくれ……!
ダイダイの狙いは、生態保護区だ……!」
スピーカーの向こうと、傍にいた医師の空気が凍った。
次回第五章です。
物語最終章です。