表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/54

暗黒

行燈山内部最上階

幹部談合室入口扉前


『あと20秒で解錠する』とセロリが言った。


「ムギ、餡。

 中に誰かいれば速攻記憶を読むぞ。

 俺の介助を頼む」


 サゴシは二人を見た。

 ムギと餡は、黙ったまま頷いた。


『3、2、1、解錠』


 木製とは思えない機械音と共に、扉が開く。

 餡を先頭に3人は入室した。


 明るい室内の中央に疲弊した表情の雄キンイロジャッカルがいた。

 拳銃を手にしているのが見える。


 餡は一歩進みかけた……


『緊急指令! 今すぐ退避せよ!』

 3人のタグにキャンディ少佐の音声が届いた。

 餡とムギの動きが止まる。


「あ?!」


 雄キンイロジャッカルが銃口を自身の側頭部に当てるのをサゴシは見た。


「止めろ!」

 手を伸ばし、催眠で静止しようとした。

「ぐっ……?!」


 発動の際に、頭に激痛が走った。

(異物(カワウソ)が残ってやがったか?)


 クッキーは意図せず自分の手が動くことに気付く。

「ううう……!」

 言うことを聞かない右腕を左手で押え、引き金を引いた。


「クソッ!」

 充分に催眠が発動せず、キンイロジャッカルは発砲した。

 脳は避けられたが、男はその場で倒れる。

「早く来い!」

 サゴシは走りながら叫ぶ。

 キンイロジャッカルの身体を起こす。

 肺を損傷したらしいが、まだ息はある。

 サゴシは自身のピアス穴にケーブルを繋げる。


「でも、退避命令が……」

 ムギがそう答えてる内に、餡がやって来た。


 サゴシは餡をじっと見る。

「いいか、餡。

 こいつの息の根が完全に止まる直前に、ケーブルを抜け。

 こいつが死んだら、こいつの意識の中にいる俺も戻れなくなるからな」


「承知した」

 餡は大きな瞳を真っ直ぐサゴシに向けて言った。


「頼んだぜ」

 サゴシはキンイロジャッカルの耳にケーブルを差した。


   ◆◆◆


「うわっ?!」


 大きな竜巻の中央にいるようだった。

 無数のセル画や写真が、轟音と共に上へ回転しながら昇っていく。


「死に際の脳内ってのは、こんな感じなのか?」


 記憶捜査とは、自身の意識を相手の中に潜り込ませることである。

 死とは、その意識空間の遮断であり、二度と開かない。

 つまり捜査する側の意識も戻らず、死と同義になる。

 よって意識喪失状態の脳には絶対触れてはならないのが、記憶捜査のルールだった。


 警備室へ侵入した際、ダイダイの目的や計画を知る者は、幹部以外いないことが分かった。

 幹部の内3人と特畜達は接触済だが、情報を得る前に死んでいる。

 タテガミと戦った動物は、ムギが入手した資料から、ヴァラン同様駒扱いであると判断した。

 このキンイロジャッカルに賭けるしかなかったのだ。


 サゴシは宙に浮いた状態の足元にある写真に気付く。

 ケーブルをしっかり握り、腕を下へ伸ばす。


 使命を果たせ……。

 大地の声の大いなる計画……。


「な……何だって?!」


 ガガガガ!!


 竜巻から、今度は周囲がどんどん崩れ去っていく景色に変わった。

 無数にきらめく記憶の壁が崩壊し、絶望的な暗黒がサゴシの目に映る。


「マズい! 戻らねぇと!」

 サゴシはケーブルが伸びている先へ泳ぐように進んだ。

 泳げる場所が砂のようにサラサラと消えていくようだ。

 手足を動かしても、思うように前に行かない。


「餡! ケーブルを抜けー!!」


   ◆◆◆


「ヤバいわ! 抜いて!」


 脈や呼吸を確認していたムギが叫ぶ。


 餡は、キンイロジャッカルの耳からケーブルを外す。


「起きろ!」

 餡はサゴシの上体を抱え、声をかける。

 サゴシの瞼は開こうとしない。

「サゴシ!」

 餡はサゴシの頬を数回叩く。


「う……く……」

 微かに漏れるように、サゴシの口元から声がした。


「ああ、良かったぁー」ムギが言った。


「まだ意識が昏迷している。

 脳を負傷している可能性がある。

 サエズリに応急処置をさせよう」

 餡は、自分より身長のあるサゴシを背負い立ち上げる。


『長老! ムギ! 応答せよ!』

 セロリの声がタグから届く。


「なぁに? どうしたの?」


『何やっているんだ?!

 ミストレスの命令が聞こえなかったのか?!』

 セロリの声は明らかに焦っていた。


「仕方ないじゃない。

 目の前にダイダイ幹部ぽいのがいたのよ。

 サゴシが記憶を取りに行っちゃってさ」


『もう無意味かもな』


「え?」


『警察の機動隊が行燈山内部に突入した。

 間もなく最上階にもやって来る』


「何ですって?!」

 ムギは餡達を見る。


 餡は元の入口からの脱出は諦め、壁に目を向けていた。


「行くぞ、ムギ」

 餡は、左手をバチバチと鳴らした。


「いいえ、アタシは行かないわ」

 ムギは微笑みながら餡達に近付く。

 背負われたサゴシを顔を両手で包む。

 サゴシは瞼を薄っすら開く。


「サゴシを確実に退避させる為にも、オトリを置いた方が良いもの」


「え……?」

 サゴシが呟くと同時にムギは彼の頬をそっと舐めた。

 一気にサゴシの目が覚め、餡から降りる。


「おい、ムギ……?」


 そこにはピンクダウンの雄ニホンジカはおらず、白いシャツと黒いズボンの雄ヒトが立っていた。


「上手く化けているでしょ。

 緑ダウンは目立つから省略するわ」

 声もサゴシのそれになっていた。


「さぁ、早く!

 長老、サゴシを頼むわよ」


「おい、待て!

 身代わりとかいらねーから!」


 餡がサゴシの腕を引っ張る。

 サゴシは力負けし、一緒に壁へ向かう。


「じゃーね」

 ムギはサゴシの姿のまま、二人にキスを投げた。


「ムギ!」


 サゴシの声は、餡が壁を破壊する音にかき消された。


   ◆◆◆


 餡はストラップ付小型ライトを額に巻き付け、強引にトンネルを作りながらよつん這いで進んだ。

 頼りないライトの灯り以外は真っ暗だ。通信は届かないらしく、セロリ達に助けを求めることが出来ない。臭いで辿ることが困難なヒト二人には過酷な状況であった。

 加えて後方のサゴシは体力をかなり消耗しており、進むこと自体が困難に陥りかけていた。


 ズズズズズ


 振動が二人を襲う。

 土がボソボソと落ちてくる。

「うわ……!」

 弱ったサゴシの声が耳に入る。


「サゴシ、私に掴まれ。

 身体強化し、外にでるまで突撃する」


「何言ってんだ。

 方向も距離もはっきりしないんだぞ。

 警察に見つかる可能性もある」


「サゴシの保護優先だ。むしろ警察に捕まった方が良い。

 私自身は証拠隠滅できる」


 サゴシはハッと思い出す。

 目の前に餡の背中がある。

 特畜達の身体には爆弾が仕込まれているのだ。


「そんなこと、させるかよ」

 空気も満足でない空間で、サゴシは苦しそうに言った。


「他に手立てが、私には浮かばない」

 餡はサゴシに手を伸ばす。


 ズズズズズ


 再び振動が起こる。

「何なんだよ! クソッ!」


 サゴシが苛立ちのあまり悪態をつく中、餡は自分が作っている最中の穴の向こうを見た。


「来る」


「はぁ?!」


 ドカァ!!!


 眼前の土が割れた。

 強い照明が二人の目を刺す。


「おお! いたぞー!」

 頭にライトをつけた雄ライオンが立っていた。

 彼の背後には、歩くのに充分な高さの穴が出来ていた。


「タテガミか」餡は静かに言った。


「サエズリもいるぜ」

 サエズリがタテガミの背中から顔を出した。

「隊長の空気スキャンでお前らの場所が分かった。

 ある程度最短ルートを進んでたのは流石だな。

 餡、お前は先頭を行け。

 俺がサゴシを抱える。

 サエズリは穴を塞ぎながら進め」


「承知した」

 餡はタテガミの背後に回る。

 タテガミはサゴシを肩に乗せた。

「それじゃあ行くぜ。

 サエズリ、殿(しんがり)を頼むぜ」


「わかりました!」


 タテガミの肩の上で揺られながら、サゴシは尋ねる。

「警察はどうなっている?」

「行灯島を完全封鎖しちまったぜ。

 どえらいスピードだよな。

 第1ブロック公安が主導してるらしいぞ」


 第1ブロック公安。

 灯キ協とのキメラ不正取引疑惑が噂されている連中。

 動くのも妥当かもしれない。


「ムギは……?」


「知らねぇよ。

 ミストレスがとっくにムギのタグ通信を無効化させたみたいだしな」


 サゴシは不規則な揺れに酔い、頭を抱えた。

 吐き気と戦いながら、懸命に思考を整理する。


「まぁ、通信切れたとこで問題ねぇよ。

 アイツがやることはもう決まってる」


 その時だった。

 不思議な程鮮明に、とある会話記憶がサゴシの脳に蘇ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ