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使命

行燈山内部

幹部談合室


『集会ホールにて、レオ様を発見いたしました。

 手足拘束、身体負傷の状態です』


『10階廊下にて、液状の哺乳類の死骸を確認。

 ピスケス様と推測しますが、検査してもよろしいでしょうか?』


『警備員のバイタル変動を確認した為、3階廊下へ移動。

 警備員2名は命に別状ありませんが、ジェミニ様が……』


 報告を全て聞き終える前に、バルゴは立ち上がった。

 天を仰いでいる。


「ジェミニがやられたんですか?

 セキュリティもネットワークも変化ありませんよ」

 マスターが驚いた様子で言った。


「つまり、既に虫の手に渡ったということだね。

 彼女を上回る情報の化け能力者に、ここのシステムを支配された」

 バルゴは机上のパソコン類の電源を全て切った。


「大地の声よ。どうか我々にお知恵をお貸しください」

 バルゴは部屋の中央に立ち、大声で呼んだ。


 マスターは慌てて席を離れる。

 大地の声を聴くのはバルゴだけと決まっている。


「君もここにいて一緒に聴こう。クッキー」


 ()()()()名前を言われ、マスターは少し戸惑いながらもその場に留まった。


 部屋の奥側の天井からスクリーンが降りてきた。

 照明が暗くなり、光がスクリーンに浮かび上がる。


「大地の声よ……!」

 バルゴは膝をつき、結んだ両手を差し上げた。

「虫の侵食は予想以上です。

 このままでは我々の大いなる計画が水の泡です」


『……ここを……』

 かすれた機械音のような低音が聞こえてきた。


「これが、大地の声……」

 マスターは小声でつぶやく。

 バルゴをここまで導いた未知なる存在。

 自然と髭が上向き、手が震えた。


『ここを……虫に差し出すのだ……。

 問題ない。ここは贄なのだ。

 大いなる達成の為に、己が最も為すべきことをせよ。

 安心しろ。

 既に虫を捕える策は動いている……』


「おおお! 大地の声よ!!

 仰せのままに!!!」

 バルゴの目から大粒の涙が流れていた。

 鼻を大きく膨らませ、感激の鳴き声をあげた。


『虫に……贄を差し出せ……。

 大いなる達成の為に……』


 スクリーンから光は消え、スルスルと天井へ戻った。

 やがて室内の照明は元の明るさに戻った。


「さてと」バルゴは立ち上がった。

 胸ポケットのハンカチーフを取り出し、目と鼻を拭う。

「僕はここを出るよ」

 彼は机上のパソコンのケーブルを抜いてから起動させた。


「ですが、どうやって?

 ハックされているなら、バレてしまうのでは?」

 マスターは戸惑いながら尋ねる。


「安心したまえ。

 大地の声から、予め別の避難方法を教えてもらっている。

 ここのシステムとは切り離しているから、僕以外誰も知らないのさ」

 バルゴは淡々と操作しながら言った。


「ただね」

 バルゴは椅子を回転させ、マスターと向き合った。

 その眼差しは穏やかだった。

「避難ボートは一人乗りなんだ」


 そう言うとバルゴはジャケットの内側に手を入れた。

 サテンのストラップ模様の裏地がさり気なく見える。


「クッキー。

 君がいなければ、僕達はここまで来れなかった。

 感謝している。だから、ちゃんとお互い使命を果たそう」


 バルゴが取り出したのは拳銃だった。

 それをマスターことクッキーの手の平の上に置き、彼の指で確かに握らせた。

「僕は君を信じている。

 為すべきことをするんだ」


「バルゴ様……?!」

 クッキーの顔からみるみる血の気が引く。

 無意識に口が小刻みに動く。


「虫に情報の化け能力者がいるということは、記憶操作の化け能力者がいてもおかしくないだろう?」

 バルゴは閉ざした口元の端を上げる。

「計画を知っているのは、僕と君しか残っていない。

 レオは元からオトリ役だから、知らせてないしね」


 クッキーの目が潤み出した。


「そうか、偉大なる使命に心震わせているんだね。

 僕も君のことを誇りに思っているよ。

 それじゃあ後は頼んだよ」


 バルゴはクッキーの手を今一度強く握り締めると、静かに立ち上がった。


 ドアとは違う壁の方に向かい、スライドして現れた出口から部屋を去った。


 滲んだ視界から、バルゴは消えた。

 重たく冷たい拳銃が照明に反射し煌めいていた。


     ◆◆◆


『やーっと、繋がったのー?!』


 ムギ本人の声がタグから聞こえてきた。

 サゴシと餡は廊下を進みながら音声を聞いた。


『こちら、ムギ。

 今は診察室みたいなとこにいるわ。

 すぐ隣の部屋は手術室てとこかしら。

 で、傍でおネンネしてもらってるのは、脳医者みたいよ。

 色々資料を見てたら、ヴァランの手術記録とかあったわ。

 写真撮るから、ミストレスにデータ報告してね、セロリ』


『承知した。

 もっとピントを合わせて撮れ。下手くそが』


『文句言わないでよ。

 巡回までにここから出なくちゃなんだから。

 ところで、アタシはどこで長老達と合流すれば良い?』


『幹部室へ向かえ。

 場所が判明した……』


 聞き終える前に、サゴシと餡は廊下の角に素早く隠れた。


 その瞬間、銃を連射する音が響く。


「止まれ。前へ進め!」

 リノリウムの床を踏む複数の靴音が一定のリズムで近付いてくる。


 サゴシは拳銃を構え、廊下に出ようと体勢を変えた。

 しかし餡が止めた。

「お前は出るな。私が行く」

 餡には動物であるサゴシの護衛も任務の1つである。

 武器を持った複数の敵の前にサゴシを出すべきではないと判断したのだろう。


 餡は角から姿を見せた。

 武装した警備員数名が即座に発砲した。


 バチバチバチ!

 餡は左腕を身体の前に出し、真正面から突入した。

 腕に当たった弾は、燃え尽きるように消えた。


 発砲しても尚、突進する餡に、警備員達はたじろぐ。

 その隙に餡は、前線の警備員達の顔側面を蹴り倒した。

 次に控えていた警備員達が銃を構えたが、餡が素早く殴打を繰り返し、その場に倒れ込ませた。

 餡は、指揮官らしい動物を捕まえ防弾ヘルメットを外す。

 左腕で重装備のラブラドールレトリバーを持ち上げる。


「幹部室はどこか教えろ」


 餡の左手がバチバチと音を鳴らす。

 熱さと痛みが、ラブラドールレトリーバーを襲った。


     ◆◆◆


行燈山内部

最上階エレベーターホール


 サゴシ達がエレベーターから出ると、ムギが立っていた。


「お疲れー。

 警備室も寄ってたんだってね」

 ムギが軽やかに話しかける。


「余計なものは近付けたくないからな。

 先に寝かしてきた」

 サゴシはピッと紙1枚をムギに差し出した。


「あらぁ」


 それは、ダイダイシンボルのデザイン指示書だった。


「セロリの方で解析済だ。

 フェイクは星の数程あるが、コイツが正真正銘の元データだそうだ」


 3人は緋色のカーペットの上を歩く。

 サゴシの鼻にも分かる、甘いアロマが漂っている。


「さっき幹部室のドアまで行ったんだけどね。

 そこのセキュリティ解除が難しいみたいなの。

 今、セロリが頑張っているわ。

 3人揃ったら開けるって。

 音声も嗅覚探知も効かないらしくって、セロリにも中はどうなってて、誰がいるか突き止められないのよ」


 ムギは立ち止まる。

 豪華に模様が刻まれた、重厚な木製の扉だった。


「でも、アタシの(センサー)がビンビンしてるわ。

 中に、動物はいる」


     ◆◆◆


行燈山内部最上階

幹部談合室


 クッキーは広い室内の中央で、小さくて重いそれを両手で持っていた。


 室内のパソコンや通信機器は全て電源を切っている。


 空調設備用キメラの呼吸による、独特の風がクッキーの耳を撫でる。

 この空調用キメラを使いだした頃、常に誰かから息を吹きかけられているような心地がしたが、今はすっかり慣れた。


 クッキーは顔を上げる。

 昔の出来事がくっきりと眼前に浮かび上がるようだ。


 父と一緒に行った、とても綺麗なホテル。

 スラッと整った服を来た動物が、滑らかな所作でクッキー達を案内する。

 靴のまま歩いて良いのか戸惑う程、柔らかな踏み心地のカーペットを歩き、水平線が一望出来る部屋に入る。

 真っ白なテーブルクロスが眩しかった。


 白毛と灰毛の斑模様の雄サラブレッドが近付き、父とハグをする。

 父のペラペラの背広と違い、サラブレッドのジャケットは繊維一つ一つが艶めいている。


 丸テーブルの席につくと、向かいにはテーブルクロスにも負けない真っ白なサラブレッドの男の子がいた。

 実年齢はクッキーより上のようだが、幼さが残っていた。

 男の子は表情崩さず、にんじんジュースを飲んでいた。


 料理が運ばれてきた。

 クッキー父子は美味しい料理に思わず毎回声が出た。

 ふと見上げると、男の子はほっそりとした指でナイフとフォークを持ち、ベビーコーンを食べていた。

 その姿があまりにも上品で、自分がとても恥ずかしい気持ちになったことを、クッキーは今でもはっきり覚えていた。

 それがブランマンジェと初めて会った日だった。


 二人が出会った理由を知ったのは少し後だった。

 老いた父の記憶の種をクッキーに植え付ける当日。

 ブランマンジェの父は彼の手を握って言った。


「君に託すよ。キメラ研究の未来は君にかかっている」


 父からの種は、とても複雑で重くて気持ち悪かった。

 今まで仕入れていた学業用のテキスト記憶や思い出が全て引っ張り出され、一生懸命作った本棚をバキバキ壊されるようだった。

 無理やり置かれた棚は、大きさも中身も違って、脳みそが丸々入れ替えられたようだった。こんな脳を持って生きなくてはならないのか。目覚めた時の照明の明るさが痛かった。


 慣れるしかない脳は、クッキーに父達の努力の過程を教え、引き継ぐ覚悟を与えた。

 その頃にはブランマンジェと親しく遊ぶ仲になり、二人で架空キメラ飼育本を作って遊ぶことが多かった。


 やがてクッキーは学業を終え、灯キ協職員に採用された。

 まだ学生のブランマンジェとささやかなお祝いをした。

 酔いに任せてクッキーは彼に尋ねてみた。

「父の記憶の種には慣れた?」と。

 するとブランマンジェは冷たい眼差しでクッキーを見た。


「父の記憶? そんなもの受け取っていないよ」

「え?! でも俺達に種を植えて、灯キ協運営継続を……」


「僕の脳に他者の記憶が入るなんてまっぴらだね。

 それにあいつら、テキストではなく感情含めた記憶を植えようとしたんだぞ?

 僕はあいつらの分身じゃない。

 だから父に言ったよ。

 種を植えるなら、僕は脳を手放す……死んでやるってね。

 そうしたら母親が父親に猛抗議して、植え付けは取り止めになったんだ」


 クッキーがこのブランマンジェについて行こうと決めたのはこの瞬間だった。

 迷うことすらせず、気持ち悪さを自覚しても記憶を受け入れた自分と、それを拒否した彼。

 尊敬。崇拝。

 彼の傍にいて、彼に従い、彼の考えを真似や実行すれば、自分も彼そのものになれる気がしたのだ。


「また非承認になった。この国はもう駄目だ!」


「話が分かる研究者がいるんだ。

 僕等が全力で支援しよう」


「この僕がこんな島国に尽力する理由などない」


「見たまえ、クッキー。素晴らしい景色だろ?

 僕の故郷さ、ヴァージャーランドは。

 断じてこんな焼鳥みたいな島じゃない」


「ヴァージャーランドに比べたら、ここは汚い庭さ。

 見苦しい庭は綺麗に整えるべきだよ」


「素晴らしいことだ。

 僕達をあらゆる面で支援してくださるのだ。

 大地の声。

 僕だからこそ、このお声を聴くことが出来たのだ」


「大地の声が仰せだ。

 僕はこの計画を実行する。

 君達にもこの計画は重要だ。

 動物の頂点に立つべき君達だからね」


 ガチャン! ウィー……


 入口の電子錠が外され、扉が開く。

 もう、ここに入る資格を持つ動物はいないはずなのに。


 使命を果たせ……。


 クッキーは銃口を自分の側頭部に当てた。

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