3、企業ビル占拠 ☆
※マークは、この作品を読む上での補足情報です。
灯のと本島西部。
国内第二の都市、西灯。
※日本でいうと、大阪府辺りに位置する。
オフィスビルが立ち並ぶ街で、緊張が走る。
海産卸業大手のうずしお株式会社の本社ビルが、突如武器を所持した動物達に占拠された。
人質は取締役員達。夕方、会議が終わった瞬間を狙われた。会議室は封鎖され、武器を持った動物達は、室内設置の放送機器を使用し、ビル全体に呼びかけた。
『我々は、お前達の悪行を許さない。
お前達は、焼き鳥民族の分際で、誇り高き黄海を汚した。焼き鳥共に、黄海の資源を盗まれる訳にはいかない。
人質を解放されたくば、黄海永久不侵入を宣誓せよ』
猛々しい声が、スピーカー越しに響き渡る。
だが、社員達はビルからの脱出に必死で、スピーチをに聞いている余裕はなかった。
第3ブロック警察機動隊第一隊隊長の小宮警部は、隊員が録音した犯人達の要請を聞いた。
シベリアンハスキーの彼は、左右で色が異なる瞳を、ビルの方に向けた。
「小宮警部!
役員会議室以外にいた社員は、全員ビルから脱出しました」
第一隊副隊長を務める敏明警部補が報告した。ヒトの彼は、小宮警部より背が高いため、警部の方が彼を見上げる。
「社員入館記録の人数と、脱出した社員数が一致しました。これから第二分隊を入館させ、中の状況を探ります」
「我々に急ぎで提出された記録は、社員のみだ。
来客用、業者用までは確認できていない。
こちらからの攻撃は極力避け、まだ脱出できていない動物を探せ」
「了解しました」
敏明警部補は敬礼し、その場を走って去った。
急な出動にも関わらず、第一隊の隊員たちはよく動いている。
うずしお社員達は、非常事態に混乱し、化けを維持できず、四足歩行姿に戻っているものもいた。大きさを制限していたキリンなどの大型動物が、スーツを着たまま元の姿に戻り、興奮して走り回る。二次被害を防ぐ為、隊員たちは止むを得ず麻酔銃を打つ。
大きくしていた身体が元のサイズに戻ったネズミなどの小動物は、逃げ惑う社員達の足を避けきれず、怪我を負っていた。
泣き声か鳴き声か。高低入り混じる音が、ヘルメット越しに小宮警部の耳を震わせた。
救急車のサイレンが鳴り響く中、敏明警部補が戻ってきた。
「小宮警部、緊急事態です。
二階部分へ侵入しようとした隊員より、サソリキメラと思われる生物の発見報告が入りました」
「サソリキメラだと?」
「報告によると、体長1m超のサソリが数十匹以上、二階フロアにいると目視・嗅覚判断されました。
先発隊員の一人が、サソリに刺され、重症。
猛毒所有のキメラである可能性が高いです。
現在、隊員達は一階にエントランスホールに退避しております」
小宮警部は奥歯を噛みしめた。
巨大化させたサソリをバラ撒く行為は、明らかに攻撃目的であり、テロと判断しても良い。
そうなると、迂闊に侵入できなくなる。猛毒を持つ巨大サソリ群の中に、隊員達を突入させることは、個生権の問題も出てくる。
この現場の指揮官が自分である以上、その責任を負わなければならない。
※個生権とは、個体生存権の略。
動物は唯一無二の一個生命体として尊重されるべき権利を有しているということ。
「人権」と意味が類似している。
「公安の奴らは、何をしているんだ……?」
小宮警部は呟いた。
■■■■■
『うずしおビル防犯カメラの映像と音声により、サソリキメラは二階と会議室下の十四階。そして屋上にいることを確認した。
ムギは十五階廊下小窓より侵入せよ。
隊長は一階エントランスより階段で二階に向かえ。
長老、タテガミ、サエズリは屋上からビルに入れ』
淡々とした雌の声が、耳に取り付けられたタグから聞こえてくる。個体識別用の四角いプラスチック製だが、彼らの耳についているそれは、色々と機能が備わっている。
「了解」
とあるビルの屋上で、雌のヒトは返答した。
左腕全体を覆っていたシリコンのように柔らかい黒いカバーを引きずり下ろす。
腰までの黒いダウンジャケットを羽織っているが、カバーを外した後は左袖が無い状態になる。
「何で俺達だけ、サソリがいる場所にわざわざ突っ込まないといけないんだよ」
雄ライオンはそうぼやきながら、近くにいた柴犬を呼んだ。
柴犬は白いダウンジャケット姿のまま、ポンッと四足歩行姿に身体を戻した。
雄ライオンは柴犬を抱き上げ、羽織っている赤いダウンジャケットの背中部分に入れた。
彼のジャケットの背中部分は、ポケットになっていて、小型犬位までならすっぽり収まる。
「行くぞ」
雌ヒトは右手を上にあげると、後ろにいた二羽の鷹が、両翼合わせて10mを越す羽を広げて浮上した。そして強靭な鉤爪で、ヒトとライオンの両肩をそれぞれがっしり掴み、飛び立った。ヒトとライオンは、まるでハンググライダーのように地上と身体を水平にして移動した。
■■■■■
ビル十五階にある役員会議室は静かだった。
役員の動物達は全員マスクを付けられ、手足を縛られていた。トラやウシの中型大型動物には、姿が戻らないよう薬品が投与された。
「我々の要請に対して、何も返答がないのか!?」
ビル占拠のリーダーと思われる動物が、苛立ちながら大声で言った。
役員達を壁に追いやり、中央に置かれた、艶やかな木製の長机にドカリと座り込んでいる。
リーダーは、身長190cmはありそうな体躯をしている。その他のメンバー達も比較的大柄な体つきをしており、それぞれ銃を持っていた。全員、頭頂から指先まで黒い布が覆い、ズボンの尻尾穴から尾も出していない。その布からは清涼感の強い匂いを発しており、視覚嗅覚で、種が分からない様にされていた。
リーダーは、椅子から離れ、窓から下の様子を見る。
虫のように蠢く動物達の姿と、行き交う救急車やパトカーが見える。
「警察はサソリにびびって、中に入ってこねぇようだ。景気づけに、猛毒で泡吹く会長さんの姿でも動画配信するか?」
リーダーは醜く笑いながら言った。
役員達は、身体をビクッと震わせる。
「私はそれでも構わない。
その代わり、私以外の人質を全員解放してくれ」
雄ヤギの会長は、筋張った首筋を捻り、リーダーに向かって言った。重ねた年齢を主張するかのように、長く白い顎鬚が、マスクからはみ出して伸びている。
※多くの動物達は、ヒトのように唇と舌を複雑に動かして発声しているのではない。
今、装着させられているマスクは噛みつき防止用なので、ある程度会話はできる。
ただし、口を大きく開けないので、吠えるなどはできない。
「会長!」「駄目です、会長!」
他の役員達が、戸惑いの声をあげる。
「君達の目的は何だ?
私達が黄海を汚したと本気で主張しているのか?
私達はこの国と国際基準の両方に基づき、漁業を行っている。他国を脅かす行為はしていない」
会長は語りかけるように言った。
黒ずくめのリーダーは、何も答えなかった。
「リーダー、逃げ遅れた馬鹿がいやがったぜ!」
バンッと勢いよくドアを開け、黒ずくめの男が片腕で雌のイタチを抱えながら入室した。
「殺すか? 犯すか?」
男はいやらしく笑いながら雌のイタチをリーダーに差し出した。
リーダーは雌イタチを見下ろす。
身長130cm程の小柄でしなやかな体躯。滑らかな茶色い毛並み。怯えた黒い瞳が潤んでいる。ピンク色のベストと黒いタイトスカートという、うずしお株式会社の制服が良く似合っている。
「この制服を脱がすところを、お偉いさん達の前で見せてやろうか」
リーダーは彼女のブラウスを掴む。
「い、いや……」雌イタチは小さく声をあげる。
「そんな……。
そんな悪趣味なことしている暇なんか、もうないわよ」
女の口調と声が変わった。
その瞬間、リーダーの巨大な身体が宙を舞い、床に叩きつけられた。
◇◆◇
ドシーン!
リーダーの身体が床に着地した頃には、雌イタチの姿は無く、代わりに女子制服姿のニホンジカが立っていた。角を短く切っている、れっきとした雄だった。
「誰だ、テメェは!」
他の男達が一斉に手にしていた銃をニホンジカに向ける。
その時、ドアから離れた位置の壁が突然ひび割れ崩れ落ちた。
破壊された壁から、左手のひらを前に突き出した雌ヒトが立っていた。
その背後に、真っ赤なダウンジャケットを前を閉じずに羽織った雄ライオンがいた。
「警察か?」
男達は突如現れた二人に向かって発砲した。
雌ヒトは怯むことなく、発砲する男達の方へ突進した。手刀や蹴りで、銃を持った手を攻撃し落とさせた上で、彼らをしばらく動けなる程度に痛めつけた。
雄ライオンは中央にあった重厚な長机を軽々と持ち上げ、それを盾にしながら近付いた。
机を豪快に振り回し、男共の頭をぶん殴った。
「あ~あ。
お高そうな机が穴だらけになっちまった」
「なおしますか!?」
ライオンの背中から、ピョコッと雄柴犬の顔が飛び出した。
「いや、まだいい」
「分かりました!」
柴犬はヒュッと顔を引っ込めた。
発砲が始まると、役員達は怯えながら身体を伏せた。
そこに先程の雄シカが近付いた。いつの間に着替えたのか、制服からピンク色のダウンジャケットと黒のスキニーパンツ姿に変わっていた。
「さ、落ち着いて、ゆっくり進みましょう。大丈夫、避難ルートは確保してますから」
雄シカは穏やかに話しかけながら、役員達の手足を縛るロープを切った。
「ナメた真似しやがって! これを爆発させるぞ!」
リーダーは立ち上がり、銃口を雌ヒトに向けた状態で、手榴弾を取り出した。
雌ヒトは、それを火力上げる為に特殊加工したものだと判断したが、構わずリーダーに向かって走った。その速さは、手榴弾を投げる暇を与えなかった。
雌ヒトは自分よりの背が高いリーダーを一発殴り、右腕で首を抱えた。左手を伸ばし、リーダーの手にあった手榴弾を掴む。
手榴弾は爆発することなく、バチバチと音を立てて破壊された。
「え?」
リーダーが驚いたのも束の間、雌ヒトは左手で、彼の顎下を掴んだ。華奢な腕からは想像もつかない怪力で、雌ヒトは左腕一本でリーダーの身体を持ち上げる。
左手のひらから、バチバチと音が鳴り、肉が焦げるような臭いと煙が発生した。
「ぎゃあああああ!」
リーダーは激痛に声をあげた。
「降伏しろ」雌ヒトは言った。
■■■■■
一階エントランス内で待機していた警察機動隊に連絡が入った。
それは公安からの指示とのことだった。
二階へ向かうと、サソリキメラの死骸が一面に広がっていた。どれも上から巨大ハンマーで叩かれたかのように、ベシャリと体が潰れていた。
一階エレベーターから役員達が飛び出し、機動隊によって無事に保護された。一緒にエレベーターを出たはずの雄シカの姿はなかった。
「警部、第三分隊が十五階会議室に到着。
黒ずくめの動物八人を取り押さえました」
敏明警部補はやや戸惑いを隠せない表情で報告した。
「公安が鎮圧させたのでしょうか?」
その問いに、小宮警部は黙ったままだった。
「警部、あれを見てください!」
ビルの傍を、色違いのダウンジャケットを着た動物二人がスタスタと歩いている。
敏明警部補は走って近付く。
「失礼。警察の者だ。あなた方は避難者か?」
ヘルメットを被り、装備を固めている敏明警部補は、随分とラフな服装の動物二人を見た。
内一人は、雌ヒトだった。
それも、若く、場違いな程に美人だった。
独身の敏明警部補は、思わず雌ヒトの顔をジッと見てしまった。
「いや、公安関係の者だ」雄ライオンは答えた。
「そうですか、協力ありがとうございます。
あ……」
敏明警部補は、雌ヒトの白くて細い左腕が剥き出しになっているのに気付いた。
「負傷されましたか? すぐに手当てを……」
敏明警部補が雌ヒトに向かって手を差しだした瞬間、彼は足を払われ、地面に倒れた。
受け身を取れたので、大したことはないが、それでも突然の対応に言葉が出なかった。
「私に触れるな。
私は愛玩用ではない、用途を誤るな」
雌ヒトはそう言うと、技をかけていた手を離し、スタスタと歩き始めた。
ライオンは警部補の身体を起こした。
「悪いな、兄ちゃん。
あいつは、同種の男に触られないように徹底しているんだよ。そう、命令されているからな」
「命令?」
敏明警部補は、立ち去ろうとする雄ライオンの耳についているタグに気付いた。
あれは、個体管理する為に、動物がそれらに取り付けるものだ。
「あの二人は、家畜、なのか?」
夜の闇を照らすライトから避けるかのように、彼らの姿は見えなくなった。
2023年1月、猫じゃらし様から小宮警部のFA頂きました。
ありがとうございました。
うずしおビル襲撃事件翌日のお話を、猫じゃらし様企画参加作品として2023/4/12投稿します。小宮警部が主人公のお話です。よろしければそちらもどうぞ。
2023/04/23加純様から餡ちゃんイラストを頂きました。これは場違いな程の美人〜。