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潜入

 オクモトの姿に化けたムギは、行灯キメラ飼育館の関係者用入口に到着した。

 飼育館は海岸に面して建っており、潮風が鼻をくすぐる。

 この入口は、通常の従業員も利用しないらしい。

 取手もなく、壁色と一体化し、四角い溝だけがかろうじて扉であろうと思わせた。


 スーッと左右に扉が開き、中から疲れた様子の雄キンイロジャッカルが現れた。


「こんにちは。クッキーさん」

 ムギは丁寧に頭を下げる。


「今日は急に時間をズラしてしまってすみませんでした。

 さぁ、こちらへどうぞ」


 クッキーはムギを建物の中へ招いた。

 廊下は薄暗く、コンクリートの冷たさがむき出しの天井と壁だった。


「今回のプレゼン、期待してますよ」

「あ、ありがとうございます!」


 適当な世間話をしながら二人はどんどん奥へ進んで行く。

 ムギは僅かな臭いや足音の響き具合から、地下に向かっていることが分かった。


『地下に進んでいるわ』


 ポリポリと側頭部をイジるフリをして、ムギは指のタップでメッセージを送った。

 些細な音だが、タグが拾い、セロリが解析するには充分だった。


『海中へ向かっているな』

 セロリのメッセージがタップ信号で返ってきた。

 音声だと、狭い空間では相手に聞かれる可能性があったからだろう。

『方角は行燈島だ』


     ◇◆◇


 行燈島は行灯から離れた孤島である。

 島の中央は小高く盛り上がっており、観光客は軽いハイキングとして頂上まで登り、景色を楽しむのが定番である。


「行燈山頂上まで飛んでくれ」

 陸稲の肩を巨大な鈎爪でガッチリ掴んでいる大鷹は、翼を羽ばたかせた。

 巨体が空を切り割くように進む。


 やがて滞空姿勢になった大鷹は鈎爪を緩める。

 陸稲は十数メートル上空から落下した。


 ブワーッ


 空気が彼の足元を覆い、目に見えないクッションが衝撃を吸収し、陸稲は静かに降り立った。

 数は少ないが観光客の姿が、木陰越しに見える。

 陸稲は無言でしゃがみ、両手を地につける。


 空間の化け能力者である陸稲は、山の空気を操作する。

 わずかに成分を変えた空気が、どんどんと山全体に広がっていき、地面の隙間へと潜り込んで行く。

 空気と物質の触れ合う感覚が陸稲に伝わってくる。


「この山の中に機械設備がある」

 陸稲は静かに言った。

「電気配線は、あの街灯と繋がっている」


 陸稲は観光客が記念撮影している傍の街灯を指さした。

 今は消灯している。


 セロリが陸稲の背中ポケットから顔を出した。

「潜入する」

 瞳が赤く光った。


     ◇◆◇


 サゴシ、餡、タテガミ、サエズリは特畜専用の運搬プロペラ機の中にいた。

 行灯に到着済のムギ、陸稲、セロリの状況は逐一音声で流れてくる。


『セロリ、侵入経路を指定しなさい』

 キャンディの声も時々混じる。


 しばらくすると待機室の中央に立体映像が現れた。

 青色の線は行燈島の形をしており、その中にある赤色の線は複雑な建物の形をしていた。


『電気系統配線より、行燈島内部の推測した』

 セロリが報告を始めた。


「あのデートスポットにこんなものが隠れてたとはな」

 サゴシが呟く。


『ムギが通ったルート以外に、資材搬入・運搬用、排水用、避難退出用の出入口がある。

 全てセキュリティロックがかかっている』


『敵にバレずにロックを解除しなさい』

 キャンディの声が響く


『資材用と排水用なら一時的解除が可能。

 先に排水用、次に資材用を解除する』


『では、排水用入口からはタテガミとサエズリ。

 資材用からはサゴシと餡が侵入すること。

 セロリ、待機地点の詳細と侵入時刻を指示しなさい』


『承知した』

 セロリの音声と同時に中央の映像も消えた。


 プロペラ機内の特畜用待機室には座席がなく、各自壁に背を向けて腰をおろしていた。

 土足のまま毛布やマットの上で寛いでいる。

 

 タテガミは絶え間なく流れていた機械越しの音声が止むのを待っていたかのように大きくあくびをした。

「やれやれ。

 また面倒なところから侵入しなきゃいけねーんだな。

 動物様はどうぞ優雅にお入りください」


 ボヤキに誰も付き合わないので、タテガミは不満そうに息を吐いて黙った。


『ミストレス、報告です』

 陸稲の低い声が流れてきた。

『山全体の空間調査が完了しました。

 機械設備施設の中に、200体以上の生物反応を確認済。

 動物、家畜、キメラの大小が混在している模様で、内訳までは把握出来ませんでした。

 また、武器用の火薬成分も検出いたしました』


『分かったわ。

 次はセロリと協力して、侵入経路のスキャンをしなさい』

 キャンディが言った。


『承知した』

 陸稲の音声は手短に終わった。


 サゴシは自身の顔が少し強張るのを自覚した。

 斜め向かいに座る餡を見た。

 餡はサエズリを撫でながら瞬きしただけだった。

 サエズリは餡の脇で目を瞑っている。


「面白くなりそうだぜ」

 タテガミは鼻息を荒くしながら言った。

 

     ◇◆◇


 薄暗い廊下の先に、入口と同じ取手のない扉が現れた。

 クッキーが扉に触れると静かに開いた。

 穏やかに微笑みながら、ムギを中に入れた。

 ムギは、重い紙袋身体の前に抱き直した。

 ガシャリと音が響いた。


「……支援を打ち切る方向だそうですね」

 クッキーはふと呟いた。


「え、いや、あの……」

 ムギは()()()()らしく曖昧な返事をする。


「でも、オクモトさんには期待していますよ」


「え……?

 ウグッ?!」


 ムギの首筋に鋭い痛みが走った。

 紙袋を抱えたまま、ムギは膝をつき、うつ伏せに倒れた。

 ガシャンと紙袋の中身が溢れる。


「オトリとしては期待できるけど、ビジネスパートナーとしてはサッパリだな」

 クッキーは冷たく言い放つ。

 溢れたものは、オモチャのサンプルで金属製だった。

 魚型で背びれ部分が割れていた。

「飼育館には精密機器が多いから、金属製は避けてくれと伝えていたんだけどな」


「金属探知を先に解除していて良かったですな。

 アラームが鳴って警戒されると厄介でした」


 倒れたムギの背後から白衣の雄ロバの姿が現れた。

 手には小型スタンガンを持っている。


「しばらくベッドに寝かしておきましょう。

 すぐには目覚めませんよ。

 壊れたガラクタの辻褄合わせをした方が良いでしょう。

 記憶の種を微調整してきます」


「ドクター、手間をかけて申し訳ない」


「国の面倒なルールに比べたら、何てことないですよ」

 ドクターと呼ばれた雄ロバが喉の奥で笑った。


     ◇◆◇


兵機庁西灯支部


 モニタールームに典巻がマコと共に現れた。


 シャワーを浴び、ワイシャツは変えた様子だが、ほとんど休んでいないことが一目見て伺えた。

 ただ、目だけは強い力を放っていた。


「今日はあまり時間がない。

 しばらくするとお暇させてもらうぞ。

 行燈島に潜入するんだな。

 潜伏場所は分かったのか?」

 典巻はいつもの革椅子に腰掛けた。


 キャンディがバナナ型の棒キャンデーを差し出す。

「山内部に無許可建築物を建てておりましたわ。

 特畜達が侵入を試みています」


 典巻はキャンデーを素直に受け取り口に入れる。

「こちらの捜査も大きく動き出しそうだ。

 同時に各方面から足止めを喰らうギリギリまで来てる」


 キャンディーを口から取り出し、フーっと息を吐いた。

「少佐。頼みがある」


 キャンディは振り向き、典巻を見下ろした。


     ◇◆◇


行燈島北側

 ここは、自然管理区とされている。

 自然管理区は、動物の介入を禁止された地区である。

 最も厳しい自然保護区よりは緩やかであるが、観光客はもちろん、島民も許可無く立ち入りは禁止されている。

 木々が茂り、尖った岩がむき出しになっている。

 波打つ岩場はフジコケが詰まっており、動物の通行を拒んでいた。


 タテガミは適当な場所に降り立ち、セロリの指示する場所へ向かった。

 ダウンジャケットの背中ポケットにはサエズリがいる。


「ここか?」

 タテガミは、岸壁を海面近くまで降りた。

 岩が入り組んでおり、海面が荒く揺れている。


『そこから約5メートル東へ壁沿いに進め』

 耳のタグからセロリの声が届く。


「簡単に言ってくれるな。

 壁にヒビや欠けが出来ても知らねーぞ」


『この辺りは野生のツキノワグマが生息しています。

 多少は問題ありません。

 進みなさい』

 キャンディの声も耳に入ってきた。


 機械越しでも、大型ネコ科動物の声は心地良く聴ける。


 タテガミは岸壁の僅かな凹凸に手足をかけた。

 掴んだ指の先にある壁がミシ……と鳴る。

 一箇所に重みが集中しないよう、手早く横へ移動した。


 フジツボが生えた岩の先端に足を置く。

 海水がタテガミのブーツを小刻みに濡らしていく。

『この壁の裏側辺りに、排水処理のタンクがある』


「てことは、この壁をぶっ壊せば良いのか?」


『そうだ。

 感知センサーを解除出来る時間は7秒だ。

 その間にサエズリの修復まで済ませ、内部20メートル先まで進め』


「りょーかい……って、無茶苦茶言うなよ?!」


『タテガミ、サエズリ、やりなさい』


 追い詰めるようにキャンディの声が耳に入る。

 タテガミはグッと息を飲んだ。


「岸壁・タンクの厚みと構造、排水路の大きさと位置は?」


 その問いには陸稲が答えた。

 タテガミはギリギリイケるだろうと返した。


『気になる点がある。

 岸壁の裏はタンクのはずなんだが、生体反応がある。

 形状は分からない。

 というより、()()()()()()()()()()()()んだ』


「はぁ?

 タンク形の生物がいるってことか?」


 すると、サエズリがヒョコッと背中から顔を出した。

 四足歩行姿のままダウンから出てきて、タテガミの腕を伝って岸壁に近付く。


「おい、どうした?」


 サエズリは鼻をクンクン動かした後、キャンっと吠えた。


『承知した。

 では、1分後センサーを解除する。

 サエズリ、タテガミ、準備しろ』


「ちょっと待て、どういうことだ?」


 セロリの唐突な指示にタテガミが苛立つように言った。


『岸壁とタンクの破壊・修整を共にサエズリが担当する。

 お前はサエズリを抱えて内部へ侵入、排水路を進め』


「え?! 分かったよ……」


 サエズリは二足歩行姿になっていた。

 タテガミは慌てて彼の体勢を支える。


『5…4…3…2…1、解除』


 ピシィ!!


 サエズリは予め触れていた岸壁に一瞬でヒビを入れた。


「キャアシャアアアア……」


「うえっ?!」


 高い鳴き声と共に、岸壁が鱗のように蠢き、パックリと内部を見せた。

 岩の下に見える破れ目は、金属でもコンクリートでもなく、赤く照った粘膜のような肉片だった。


 たじろぐ暇もなく、自分が入れる大きさになった瞬間タテガミは割れ目の中へ潜り込んだ。

 海水が流れ込み、潮と汚物が混じった異臭に鼻がやられそうになる。

 タテガミはサエズリを抱え、天井の粘膜を掴む。

 サエズリは天井の割れ目に触れバチバチと修復する。

「なおしま……」


 言い切る前にタテガミは走った。

 ヘドロが足元にまとわりつくが、強引に足を引きずり出して走る。


『…3…2…1、センサー復活!』

 タテガミは排水路内でスライディングし距離を稼いだ。

 コンクリートが焦げる臭いがしたが、汚水が煙を消した。

 警報音は鳴り出す気配はなかった。

 タテガミとサエズリは脇の通路に上がった。

 事前に膜を身体と衣服に纏っていたので、飛沫を飛ばすと汚水はほとんど落ちた。


「こちら、タテガミとサエズリ。

 潜入に成功した」

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― 新着の感想 ―
[一言] 謎の生体反応とサエズリの反応。 関係しているのでしょうか。気になりますね~。 どんどんストーリーがヒートアップしてきているので、ワクワクしながら読んでいます。
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