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始動 ☆

 気付けば日付が変わっていた。

 典巻は、後部座席で窓越しに外を眺めていた。

 定期バスが終了していたので、キャンディは兵機庁専用タクシーを手配したのだ。

 西灯都市部に続く深夜の高速道路。

 トラックやバスが走り抜ける。

 オレンジ色のライトが小刻みに彼のフランジを照らした。


 明日、特蓄達とサゴシはダイダイ本部に侵入する。

 ダイダイを追っていたのは自分達だった。

 その場所が第一ブロック管轄であることが悔しかった。

 今すぐにでも、部下を引き連れて行灯に行きたかった。


 典巻はキャンディから受け取った封筒のことを思い出す。

 背広の内ポケットから封筒を取り出し、太い指でベリベリと開封し、畳まれた便せんを開いた。

 典巻は目を見開いた。


 運転手の鼻歌を遮り、典巻は話しかけた。


「すまん、行き先を変えてくれ」

「どちらにですか?」

「警察庁西灯支部だ」


「今からですか?

 警察の方も大変ですね。

 分かりました」

 運転手は素早く車線変更をした。


 典巻はシンバルに電話をする。


「やはりまだ署に残っていたな。

 儂もこれからそっちに向かうぞ」


『どうかされたんですか?』


「今から言う動物を調べてほしいんだ」


 手短に会話を終えた。

 典巻は座席の背もたれに体重を預ける。

 鼓動が大きくなるのを感じた。


     ◇◆◇


兵機庁西灯支部家畜棟

特畜用談話室


 早朝、特畜隊はダウンジャケットを羽織り、各自席に座っていた。

 ピンク色のソファは空席だった。


『それでは任務を説明します』

 テレビ画面にキャンディの姿が映る。

『今から貴方達は、行燈島に向かいます。

 島のどこかに、ダイダイ本部があります。

 ダイダイと灯キ協は強い関連性があると推測します。

 貴方達の任務は、サゴシの護衛に加え、

 ①ダイダイ本部を見つけること

 ②灯キ協とダイダイの関連性を見つけること

 ③情報の化け能力者を見つけ出し、能力使用不可状態、或いは捕獲すること。

 ④違法キメラの証拠を入手すること。

 ⑤ダイダイ中枢を壊滅或いは捕獲すること。

 以上、です』


 特畜達は髭も眉も動かさない。

 画面は5つの任務が箇条書きされたものに切り替わった。


『今回の任務には、実弾を使用します。

 キメラと家畜の殺処分を許可します。


 ①②は、ムギ担当。

 既に行灯で現地調査を始めています。

 ③は、陸稲とセロリが主任務として行動しなさい。

 ④は、タテガミとサエズリ担当。

 そして⑤は、餡とサゴシが担当です。


 セロリは各任務を情報面でフォローすること。

 しかし、セロリの最優先任務は③。

 各自、情報が滞る可能性があることを念頭に置くように。


 現時点の情報は、移動中にたねを植えます。

 サゴシと餡には、資料が入ったタブレットを渡します。

 任務開始まで読んでおくように』


「「「「「承知した」」」」」

 特畜達とサゴシは声をそろえた。

サエズリだけは「わかりました」と言っていた。


     ◇◆◇


行灯キメラ飼育館

名誉館長室


 キンイロジャッカルのクッキーはパソコンのキーボードを叩いていた。


 毛の長いカーペットの床。

 曲線で形作られた模様が派手な壁紙。

 天井中央には小ぶりのシャンデリアがある。

 入口から見て一番奥に、木製の艶やかな机と、革製の椅子がある。


 現名誉会長の悪趣味が色濃く反映された部屋と、クッキーはいつも思っている。

 彼は名誉館長机とL字型になるように並んだ、2席の秘書机の一つにいた。


 コンコンコン


「どうぞ」クッキーは顔を動かさずに言った。


「ナデシコ君、あのアホ共はどこの店を用意しとるんだ?」

「個室割烹『かぶら』ですわ」


 しなやかな体躯の雌キンイロジャッカルと、ゴワゴワとしたダブルスーツ姿の雄秋田犬が部屋に入った。


「『蕪』か。

 新鮮なイノシシの霜降り刺身が出てきたら許してやるか」

 雄秋田犬は、舌でざらついた口元を舐めた。

 加齢で顔周りの毛先の流れが不揃いになっている。


「クッキー!

 ブランマンジェはどこだ?」


「まだ、来ておりません」


「何だと?

 副会長が俺より後に来るとは、どういうつもりだ?」

 雄秋田犬は、不機嫌そうに名誉館長の席に座った。


「申し訳ございません、会長。

 ここに来ると決まったのが、今から15分前ですので。

 朝番と昼番の従業員には伝わっていないのですわ」

 雌キンイロジャッカルのナデシコは、甘い声色で言った。


※行灯キメラ飼育館は24時間体制で、従業員は朝番・昼番・夜番に分かれて勤務している。

 昼番は朝9時出社。


「この俺がわざわざ来てやっているというのに、気の利かないな奴らだ。

 クッキー、館内にいる従業員を全員集めろ。

 説教してやらんと」


「今は引き継ぎ前で、朝番は慌ただしくしております。

 開館30分前に朝礼が15分程あります。

 その時にご挨拶頂くのはいかがでしょうか?」


「黙れ!

 そんなんで、たるんだ奴らの根性が直るか!

 俺が小便してくる間に、集会室に集めておけ!」

 雄秋田犬は立ち上がり、ナデシコの横切ろうとした。

 その時ためらいもなく、彼女の尻尾の根元をギュッと握り、上で滑らした。


「やだ、会長。おやめください」

 ナデシコはしっとりした口調で言った。


「公安との会食前に、服を買いに行こう。

 その服は少し地味だよ」

 雄秋田犬はニヤニヤと口角を動かしながら、部屋を出た。


「ナデシコさん、大丈夫ですか?」

 クッキーは彼女のもとへ駆け寄った。


「冗談じゃないわ!

 あのエロジジイ!

 早く目が覚めたからって、カフェを無理やり開店させて。

 ホテルに連れ戻そうと思ったら、ここに来るって急に言い出して」

 先程は変わり、気の強そうな甲高い声で、ナデシコは愚痴をこぼした。


 名誉館長席の机に尻を置き、脚を組んだ。

 黒いタイトスカートから太もも部分がむき出しになる。


「ブランマンジェさんとも話しているんだ。

 やはり、担当を交代しよう。

 君を会長の傍に置くのは不安だよ」


「良いわね。

 その後、私はセクハラを警察に相談しに行く。

 すると弁護士がやって来て『しげる会長に対する名誉棄損だ』って、紙を出してくるのよね。

 そうしたら私で何人目になるかしら?」

 ナデシコは皮肉っぽく言った。


 灯のとキメラ開発協会長兼、行灯キメラ飼育館名誉館長を務める秋田犬のしげるは、灯キ協に来る前は、第一ブロック公安の警視だった。

 分かりやすく、権力を自分の都合だけに使う男だった。


「でも、貴方がいるから頑張れるの。

 ねぇ、クッキー。

 ジジィは今晩女の子が居る店で遊ぶだろうから、私の予定は空くの。

 一緒に食事でもどうかしら?」

 ナデシコは眼差しを彼に送った。


「ありがたいお誘いだけど。

 しばらく支部に泊まり込みになるんだ。

 新グッズの企画が中々進まなくて」


「もう、貴重な同種異性。

 関係は大切にしたいと思わないの?

 貴方だって、子孫を残したいでしょ」


「僕は子孫より、実績を残したい。

 さて、皆には申し訳ないけど、アナウンスしないと。

 あと5分で大丈夫かな」


「10分よ。

 ジジイ最近キレが悪いのよ」

 ナデシコは鼻をフンと鳴らしながら言った。


     ◇◆◇


行灯駅中央改札前。


 朝の通退勤学ラッシュ時間帯。

 動物達が無言で行き交う。

 ムギは紺色のスーツ姿で、改札傍のカフェスタンドでコーヒーを飲む。

 角を化けの力で一時的に伸ばし、ただの雄ニホンジカとして、その場に溶け込んでいた。


※雄ニホンジカは、角の伸ばし方にこだわりを持っている。

 メキメキと伸ばすタイプもいるが、大半は約30センチ以内で留めている。

 伸ばし過ぎると、周りに迷惑がかかるからだ。

 ムギのように根元まで切り落とし、伸ばさないタイプもいるが、少数派である。


「灯キ協会長のしげるサンの今日のご予定は、第一ブロック公安の接待ゲスト側。

 タノイチ君クレームについて謝罪だって。

 副会長のブランマンジェ君は、キメラ飼育館のグッズ打ち合わせ。

 公安に絡まれると面倒だし、しげるサンと遊んでもらっている間に潜入したいわよね?」

 ムギは小声でつぶやいた。

 タグは耳裏に隠し、体毛の色と同化させているが、交信は問題なかった。


『公安の方は、後でいくらでも洗えるわ。

 今は副会長に絞って』


 キャンディの声がムギの耳に響く。

「承知した」


 ムギがコーヒーを飲み終える頃、目当ての動物が改札から出ていくのに気付いた。


 シルバーグレーの鬣。

 紺色のカーディガンにベージュのチノパン。

 清潔感のある姿で、白毛の雄サラブレッドが通り過ぎる。


「ブランマンジェ君、みっけ。

 画像で見るよりタイプだわ」

 ムギは紙コップをゴミ箱に入れ、尾行を開始した。


挿絵(By みてみん)

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