接触
特畜隊が西灯留置所侵入と南灯派遣任務をこなした後、第3ブロック公安内でも動きが起きていた・・・。
警察庁西灯支部
公安局新興テロリスト対策課
(※サゴシ達の休息日と同日昼過ぎ)
雄ニシローランドゴリラのシンバル警部補は、作業員が空きデスクの上にドカドカを分厚いファイルを置くのを眺めていた。
作業員が部屋を出ていくのと同時に、典巻が現れた。
「警部、これは何ですか?」
「ああ、もう届いたのか」
典巻はファイルが置かれたデスク傍の椅子に登った。
「女王様がダイダイ捜査に関する資料を送ってきたんだよ。
電子データだとハッキングされるから、こんな立派なもので用意してくれたようだ」
シンバルはデスクいっぱいに縦に並べられたファイルを眺める。
ファイルの背表紙には数字が書かれており、その順に並べられていた。
「数字は時系列ですか?」
「いや、キーワードの一致率をベースに、関連性の高い順に並べているらしい。
女王様も1番から見るようにと仰せだ」
「ふーん……」
シンバルはニュッと太い腕を伸ばし、奥の数字の大きいファイルを取り出した。
「何で、そこから取るんだ?」
典巻は尋ねる。
「どうせ優先順位高いやつは、既に俺達が調べ尽くしているでしょ。
あえて低いところを見てみようかなと」
シンバルはドカッと椅子に座り、ペラペラとページをめくった。
「ほとんどゴシップ記事ですね。
『黄の美女スパイと、灯のと企業社長の蜜月関係の噂』
『灯のと建国記念日に起きた迷惑行為・妨害特集』
『脳医学者カップル略奪駆け落ち失踪事件』」
一通り見て、シンバルはファイルを置いた。
表情が切り替わり、深刻そうに典巻を見る。
「で、上からは何と言われたんですか?」
「捜査範囲が管轄外に及ぶ場合は、適切に協力要請をしろと言われただけじゃ」
典巻はフフフと笑いながら言った。
今朝、典巻は支部長に呼び出された。
第一ブロックの公安部から大クレームが入ったのだ。
シンバル班所属の巡査長、雄ニホンザルのタノイチが無断で第一ブロック公安管轄内に捜査として入り込んだからだ。
「嘘だ。
警察生命を断たれるとか言われたんじゃないですか?
俺は分かってますよ。
ぶつくさ言ってるのは、第一ブロック公安の雄土佐犬ですよね?
自称平和主義の嫌軍派」
「細かいところまで鋭いな。
死んだわしの嫁みたいだ」
「事あるごとに『軍は警察をゴミ箱にしている』てほざいてるらしいじゃないですか。
その典型例として、警部を話題に出す最低野郎ですよ」
典巻が陸軍から警察に転職したことを知る者は少なくない。
戦場で負傷し、軍に所属出来なくなったこと。
関節を痛め、二足歩行に化けることが困難になり、元の姿のまま警察官になっていること。
これを不愉快に感じている動物が、警察内には一定数いる。
※様々な理由で二足歩行に化けられない動物は、どうしても存在する。
多くは化け医療や介護サポートを受けるのだが、行動が制限される等不自由な待遇を受けざるを得ない。
しかし、主にサル科の動物等は個体差はあるが化けなくても行動が出来る場合がある。
(ただし、二足歩行姿と全く同じというのは難しい)
典巻の様に、化けられなくても日常生活を送れる種や動物を批難する考え方も存在する。
「安心しろ。
そこまで向こうもガミガミ言っておらん。
何せ、タノイチがアポイント取ろうとしたのが、灯キ協だからな」
典巻はニヤリと笑った。
「灯のとキメラ開発協会……
やはり、あの噂は黒ということですか?」
公安内で広がっている疑惑の一つ、第一ブロック公安と灯キ協の不正な繋がりである。
本来なら兵機庁を通さないと手に入らない警察用のキメラや関連製品を、灯キ協ルートで調達しているというのだ。
第一ブロック公安内で強い権力を持つ嫌軍派によるものと噂されている。
「ところで、タノイチはどうしたんだ?
わしのところに来させるように伝えたはずじゃ」
「それが警部、連絡が取れないんですよ。
昨日聞き込み捜査に出たっきり、電話もメールも。
職員にあいつの家を訪問させたり、親族に連絡させたりもしたんですが・・・」
「一緒に捜査している未来は何と言っている」
「未来は昨日体調不良で早退しています。
タノイチの指示で。
なので、その後は分からないそうです」
典巻は険しい表情を浮かべた。
嫌な予感がする。
「お疲れ様です」
弱々しい声と共に、雌ヒトの未来巡査が現れた。
「未来!
今日は一日休むんじゃなかったのか!?」
シンバルが驚いた様子で言った。
「すみません。
もう体調は大丈夫なので。
ご迷惑おかけしてすみません」
そういう彼女の顔色はひどく青かった。
「万全の状態になるまで、無理するな。
皆の足を引っ張ることになるぞ」
典巻が重い声色で言った。
「本当に申し訳ありませんでした」
未来は頭を深々と下げた。
一つにまとめた黒髪がだらんと前に垂れる。
「まぁ、慣れない内は余計な体力を使うもんだ。
それより、タノイチとは昨日どこで別れたんだ?
その時、あいつ何か言っていなかったか?
連絡が取れないんだ」
「えっ!?」未来の表情が引きつる。
「心当たりがあるのか?」典巻が尋ねる。
「そんな……タノイチ先輩……」
未来は歯をガタガタ震わせた。かなり動揺しているようだ。
「どうした? 落ち着け」
シンバルは彼女に近寄り、そっと肩を抱いて、傍の椅子に座らせた。
「何か、知っているのか?」
「すぐに、先輩を探してください。
お願いします……」
典巻とシンバルは不思議そうに彼女を見つめた。
◇◆◇
前日(特畜達が西灯留置所に侵入した翌日)
西灯から少し離れたとある繁華街。
タノイチと未来は、とある企業関係者への聞き込みを終え、コインパーキングに向かっていた。
「先輩、やりましたね。
あいつ、かなり黒いですよ。
ダイダイ情報と一致する部分が多いですし、話も言い繕っている感じがアリアリですし」
未来はタノイチに話しかけた。
ニホンザルのタノイチは未来より小さな背中を少し丸めながら歩いていた。
「先輩、ブスッとしないでくださいよー。
折角シンバル班が一矢報えるかもしれないって時ですよ」
「腑に落ちないんだ」
タノイチがボソッと言った。
「どういうことですか?」
「あまりにも簡単にボロを出し過ぎだ。
これまで調べてきた企業連中は手強く、中々グレーより濃くならなった。
なのに、今回は……」
タノイチは立ち止まる。
手を口に添え、考えているようだ。
日が傾き、雑居ビルの隙間からオレンジ色の光が差す。
二人の影が長く伸びる。
他に動物が近くにいないが、古い空調の音が微かに聞こえている。
「!?」
突然、タノイチは目を見開き、前を見た。
「どうしたんですか?」
「未来、俺にもっと近付け」
未来は意味が分からず、言われた通りにタノイチと距離を詰める。
タノイチは手帳のページを一枚千切って折った。
「これを持って、車に乗ってどこかなるべく離れた所、西灯以外の繁華街のビジネスホテルに泊まれ。
絶対警察であることは言うな。
明日になるまで、戻って来るな」
「どういうことですか?
あと、この紙は?」
「最低でも十二時間後以降に班長に渡せ。
それまで絶対に中身を見るな。
命令だ。すぐに離れろ」
声量は下げているが、タノイチの様子は必死だった。
未来は黙って頷き、一人でコインパーキングの方へ向かった。
タノイチは裏路地の方へ歩いて行った。
◇◆◇
「そして、お前は十二時間経ったから、戻ってきたのか」
シンバルが言った。
「すぐに担当の交番に連絡します」
シンバルが受話器を取った矢先、勢いよく警官がドアを開いた。
「典巻警部! シンバル班長!
大変です、タノイチが!」
「どうした?」
「遺体で発見されました。
今朝、通報があって地元警察が対応していたんですが、身元がタノイチだと分かったらしく……」
◇◆◇
兵機庁西灯支部
遠隔家畜管理用モニタールーム
無音で入口が開く。
マコと共に典巻が入ってきた。
「警部、お忙しい中お越しくださいましてありがとうございます。
お送りした資料はいかがでした?」
キャンディは舐めかけの棒付きキャンデーを、デスク上の専用ペン立てに差した。
「部下達の気分転換にはなったようじゃよ」
典巻が表情を崩さず言った。
「こんな夜に呼び出すとは、何事だ?」
キャンディは典巻と向かい合うように立った。
「一人の警官の尊い命が奪われたと聞きましたので」
「全く、警察は今後データを全てアナログに切り替えるべきじゃな」
典巻は苦笑いした。
「死因は窒息死。
しかし、絞殺と思われる外傷がない。薬物反応もなければ、脳を攻撃された形跡もない。
口元の毛並みに巡査長本人の唾液が少し多めに付着していた」
「少佐はどうお考えか?」典巻は尋ねる。
「特殊な能力で、巡査長の呼吸を止めたと考えられますわ。
つまり、化けですわ」
「ダイダイに化け能力者がいるというのか?」
「それ以上の存在とも考えております。
その存在は、タノイチ巡査長が亡くなる直前に接触を図ろうとした灯キ協とも関係があるかもしれません。
つまり、ダイダイと灯キ協の間に密接な繋がりがある可能性も」
典巻はハッとキャンディの方を見る。
「警部、我々は次の行動に出ます。
ダイダイに情報の化け能力者がいる。そこに遠隔攻撃をしかけます。
そうすれば奴らの拠点を掴めます。
代償として、我々側にも能力者がいることを知られますが」
「それは少佐にとって、最も避けるべきことでは?」
「ですが、そうは言ってられません。
恐らくダイダイは化け能力者が自分達を狙っていることに気付いている。
警官の命を奪ったのも、見せしめであると同時に、挑戦状とも捉えられます。
ならば、受けて立つのは、我々でしょう」
「特畜の存在はまだ知られてはマズイのじゃろう?」
少佐のやや笑みを浮かべた表情に、典巻は危機感を覚えた。
「特畜が公に出ずに処理できる口実は、これからの情報攻撃で確定します。
ダイダイの拠点が灯キ協だと判明すれば、兵機庁が動く十分な理由になり得るのです。
奴らが不正にキメラを流しているという疑惑を、我々が関知していなかったとでも?
最も、公安のおかげで、兵機庁査察部も苦労していたようですが。
ダイダイも、灯キ協に接触した警官を直接狙ったのは、警察が安易に捜査できないと分かっているからかと」
たっぷりの皮肉なのか、本当に悪意なく述べているのか。
典巻はキャンディの真意が読めぬまま彼女を見上げた。
「時間がありませんわ。
マキ、画面をセロリに切り替えて」
典巻はキャンディに促されるまま、席についた。
「それから、本日サゴシからメッセージを預かりましたの」
キャンディは白い封筒を手渡した。
「中々面白い意見ですが、事件に関係しているかどうかは、警部がご判断くださいね」
キャンディは自席に戻り、差していたキャンデーを手に取った。
遂にダイダイ捜査メンバーから犠牲者が出てしまった・・・。
特畜隊は危険を承知で次の任務に動き出す・・・。次話で第3章終了です。




