ロマンチスト
サゴシが特畜隊に入った理由は、幼い頃の餡の記憶を探す為だった。
更新が大変遅れて申し訳ございません。第3章ラストスパートです。
兵機庁西灯支部。
遠隔家畜管理用モニタールーム。
正面の大型モニターにはサゴシ、餡、ムギの姿が映っている。
敷地内の至るところに設置された監視カメラの映像だった。
『その雌が兵機庁からの派遣だと分かり、キャンディ少佐に自分を売り込んだって訳さ。
以上、話は終わりだ』
スピーカーからはサゴシの声が流れている。
「ロマンチストめ……。
聞いてるだけで胃もたれするわ!」
三毛猫のマキが言った。
「素敵。
十四年も一人の女性を探し続けるなんて。
猫が主人公のラブストーリーで、三代に渡って恋人を探す話があったなぁ」
雌黒猫のマコはうっとりとしていたが、マキの視線を感じ、慌ててデスクトップに視線を移す。
キャンディがモニタールームに入ってきた。
「少佐!
やっぱりサゴシの奴、餡が目当てで兵機庁に来たんですよ!
聞いてください!」
マキが先程の音声を再生した。
「サゴシを特畜達と一緒にするのは適切ではないと思います」
マキは言った。
「サゴシが餡の記憶目的であることは予測していたわ。
彼の経歴データで、餡の乳幼児期に彼がメル牧場にいたことは確認済みよ。
そして軍の訓練で、サゴシの脳内を探った際に『記憶の種を探している』とデータが録れたの。
何の記憶かは不明だったけど。
今回の発言で確定したわね」
「ご存知でしたら、何であいつを入れたんですか?
餡に何かあったら……」
マキは言った。
「真のロマンチストは、汚されることを嫌うの。
自ら餡を汚すことも、他者に餡が汚されることも。
彼程、餡の保護者に相応しい者はいないわ。
本当、馬鹿な動物よね……」
キャンディはキャンデーの包み袋を外しながら言った。
「サゴシを護るために、特蓄隊を同行させているんじゃ……」
マキは呟いた。
「そう見せかけて、実はヒト家畜の餡を護らせる為にサゴシを?」
マコも不思議そうに言った。
「同じロマンチストとして、奴の気持ちがよく分かるってことかしら」
二人は、妙に納得した気持ちで頷いた。
◇◆◇
兵機庁西灯支部家畜棟
特畜専用食堂
昼食の時間になり、陸穂、サエズリ、セロリ、ムギ、サゴシが集まった。
餡とは、家畜棟入口で別れている。
「タテガミは?」
サゴシは言ったが、夏も冬も黙ったまま机に料理を乗せた盆を並べている。
「野暮ね。
今、タテガミはランチを食べに来てる場合じゃないのよ」
ムギがウインクしながら席についた。
サゴシも思い出した。
タテガミは繁殖種のライオンと大事な任務中なのだ。
サゴシの隣にサエズリが座った。
彼の目の前には締めたばかりの鶏が一羽置かれていた。
サエズリの目はキラキラしている。
向かいに座っているセロリの盆にはセロリのピクルスが置かれていた。
他の特蓄には用意されていない。
「仕事が一段落したのか?」
陸穂が話しかける。
「公安の捜査資料をまとめただけよ」
セロリは答えた。
食堂のテレビにはニュース番組が流れていた。
『度重なるダイダイテロに対して、政府の対応が追い付いていないと、不満の声が頻出しております』
『灯のとは不完全な国政にも関わらず、改善や整備を怠ってきた。
昨今のテロ活動は、怠慢な国の態度への警鐘とも呼べる。
動物達の安全を脅かす行為は容認出来ないが、ダイダイの主張には賛同せざるを得ない面もある』
政治評論家という肩書きテロップと共に、雄パンダがコメントする映像が流れる。
『国民によるデモ活動も活発になってきており、中には反ダイダイではなく、ダイダイを支援する活動団体も見られるようになりました……』
女性アナウンサーのナレーションを聞きながら、ムギはポツリと呟いた。
「アタシ達、もうダイダイ捜査しなくて良いんじゃない?
世間は国の方が悪いって思っているんでしょ」
「下らないことを言うな、ムギ。
女主人が動けと言えば動く。
俺達はそれだけだ」
「分かっているわよ、隊長~」
ムギはマカロニを口に入れた。
場面が切り替わり、キャスターとコメンテーター達の姿が映し出された。
ベージュのスーツに身を包んだ先骨もいた。
『先骨先生はいかがお考えでしょうか?』
『あまり大きな反応を見せないことも大事じゃ。
ダイダイ関係者達は国が混乱することを望んでいると考えられる。
灯のとはテロに屈する国ではない。
我々に出来ることは、懸命に捜査をしている警察や、被害に遭った地域を救助する公的や民間の団体を支援することではなかろうか』
『流石、先骨先生。仰る通りですね』
画面に映る動物達は皆、先骨の話に頷いていた。
「全国の警察やボランティアにファンを作ったわね。
あのセンセ」
ムギは反応を求めてサゴシを見た。
サゴシは黙ったまま、テレビを見つめている。
「ねぇ、聞いてる?」
「え? うっ……?!」
サゴシは突然、両こめかみを手で押さえた。
「どうしたんだ?」
陸穂や離れて立っていた夏も異変に気付く。
「急に頭痛が……」
「サゴシのタグから通常と違う電波を感じる」
そう言ってセロリは椅子から降り、サゴシの左手側に立ち、彼の左耳についているタグに触れる。
「軽いバグが起きて、脳の神経を刺激している可能性がある。
ミストレスに指示をもらいたい。
私がタグのバグを解消し、サエズリが頭痛を治す為の指示を」
夏はすぐに携帯電話で連絡を取った。
「セロリ、サエズリ、少佐の許可が降りた。
対処せよ」
「了解」セロリの手からピシッと音が鳴った。
「サエズリ、後は頼む」
「なおします!」
セロリが離れると、サエズリはサゴシの頭を肉球と爪でかしっと掴んだ。
軽く手は拭いたようだが、腕周りの毛についた鶏の血がサゴシの顔や髪に触れる。
ポワッと温かくなり、痛みは引いた。
「なおしました!」
「セロリ、サエズリ、ありがとう……」
サゴシは苦笑いを浮かべながら、おしぼりで顔や頭を拭いた。
「敷地内を歩き回ったから、他の家畜管理通信電波を拾ったんだろう。
少佐の命令だ。
念の為、脳に異常は無いか午後に検査する。
対動物用の医者だ。
記憶は見ないから安心しろ」
夏は事務的に言った。
「呼びに行くまでに、シャワーと着替えを済ませておくように」
◇◆◇
兵機庁西灯支部家畜棟
サゴシの部屋
ふわふわのバスタオルで身体表面の水分を吸わせ、丁寧に畳まれた白い服と下着を身に付ける。
使用済みタオルを洗濯かごに放り込み、別のタオルで髪の毛を乾かしながらサゴシは居室に戻り、ノートパソコンを開く。
キーボードを叩き、マキにメールを送る。
キャンディに直接伝えたいのだが、マキを通さないと叱られるのだ。
室内にあるポットのお湯をマグカップに注いでいると、メール受信通知画面が表示された。
サゴシはコーヒーをすすりながら開く。
『承知した。
少佐に転送します。
推測とは言え、なかなか鋭いわね。
でも捜査に関連させるかどうかは少佐の判断だからね』
歯を磨き、ベッドの上に横になる。
正直、眠くない。
健康面でかなり手厚く世話してもらっているので、疲れも感じていない。
休めと言われる方が辛かった。
目を閉じ、瞑想しようとゆっくり深呼吸する。
『…………サゴシ、聴こえるか?』
サゴシは目を開く。
どこから聞こえてきたのか分からない。
『反応するな。
通常通り行動しろ。
私はセロリだ』
(どういうことだ?
タグを通して話しかけているのか?
少佐の指示か?)
『この通信は、タグの機能ではない。
食堂で私がわざとお前のタグにバグを起こし、それに触れて細工した。
結果、タグを媒介してお前の脳に直接信号を送ることが出来ている。
絶対に他言するな。
私に伝えたいことがあれば、頭の中ではっきり言葉で唱えろ。
大丈夫、お前の思考には触れないし、脳のダメージもほぼ無いはずだ。
サエズリがさっき、お前の脳を保護する処置をしたからな。
サエズリとは既にこの方法を確立している。
ミストレスには報告してないがな』
(全く、少佐はとんだ放任主義だな。
で、何の用だ?)
『お前に相談したいことがある。
ダイダイの情報を集める中、異質な通信を拾った。
だが、ミストレスに報告する為の根拠がない。
私の脳は大半を情報処理で費やしている。
私の推測が正しいか、お前の意見が聞きたい』
(動物を代表して答えろということね、どうぞ)
『すまない。
これは動物風に言うなら……。
「興味がある」だ』
(興味ね……)
『幾つかそれらを繋げると、次の言語として読み取れる。
助けて。
殺して。
君は僕を見つけてくれた。
お願い、助けて。
僕を殺して』
サゴシは目を閉じ、脳内に響くセロリの音声を聴いた。
『お前の意見は?』
(SOS信号と考えるのが妥当だが、どこか愛のメッセージのようにも聞こえるな)
『そうか……。
ありがとう。また通信する。
ちなみにお前が慣れると、タグ無しでも通信できるようになる。
つまり、情報の化け能力を手に入れられるチャンスがお前にあるということだ。
どうするかは、自分で決めてくれ』
その後、セロリの声は聞こえなくなった。
急に脳の疲労を感じる。
サゴシは眠りについた。
セロリが興味を示した信号は何を意味しているのか・・・。
第3章終了まで残り2話です。




